第149話 新しい家臣達とカタリーナ(後編)

「ここに深い穴を掘るのですか?」


「ほら、この前見つけた魔蔵庫の移築をするから」


「あれを移すのですか。スケールが大きいお話ですわね」





 結局、導師が見つけた地下遺跡は物資の保管庫で、保管する物資が経年劣化をしないよう、魔蔵庫まで設置されている優れものであった。

 とりあえず、中身の物資だけ魔法の袋に入れてバウルブルクに戻ったのだが、あまりの量に、カウントをしているローデリヒたちが音をあげている状態だ。

 カウントを後回しにして一時倉庫に仕舞おうとしたのだが、その倉庫自体がすでに一杯になってしまっている。

 そこで魔蔵庫を、魔の森からバウルブルクに移転させることにしたのだ。

 魔蔵庫を完備しているので、普通の食料や物資なども経年劣化を気にせず保管できるのはありがたい。

 コストの関係で一から魔蔵庫の設置はしたくないが、元から使えるものを移築するのであればなんの問題もないばかりか、かえってコスト削減にも繋がる。

 ただ、ブランタークさんと導師曰く、ブライヒレーダー辺境伯と、王国にも欲しいという話なので、屋敷近くの地下に設置されるのは残りの六つとなっていた。

 なお、移築をするのはあのレンブラント男爵である。

 彼は忙しいので移築は数日後の予定であったが、その前に移築しやすいように大きな穴を掘ることにしたのだ。

 俺だけでやってもよかったが、偶然ではあるが優秀な魔法使いと知り合うことができた。

 ならば、その人に……カタリーナに任せるのが自然の流れであろう。


「私も、御家再興の折には屋敷近くの地下にでも埋めましょうか」


「報酬の分け前は、現金で貰うのも地下倉庫の現物でも構わないけどね」


 だが今の時点では、貰っても持て余すだけであろう。

 なにしろカタリーナの御家再興の悲願は、現在でも叶っていないのだから。


「穴掘りはともかくとして、最近、土木工事の仕事が増えてきているのですけど……」


「それは、カタリーナが優れた魔法使いでちゃんと成果が出ているからだよ。我が家の家宰であるローデリヒが評価したってことは、このまま頑張れば、御家再興の日も近いかもしれない」


「そうですわよね。今はたとえ他人の領地でも、将来の自分の領地のためというわけですね」


「そういうことさ」


 カタリーナはこれまで土木魔法の経験はなかったそうだが、試しに教えてみると一番得意な風魔法の次に器用にこなせるようになった。

 才能があるのであろう。

 せっかく他の優秀な魔法使いに会ったので、お互いに魔法のネタを交換したり、一緒に鍛錬をしてみたりしている。

 つき合ってみると普通の素直な少女なんだと思う。

 最初は揉めたエルたちと魔の森で活動しても特に問題もなく、実は俺よりも冒険者としての経験があるから、結構やりやすいとイーナも言っていた。

 さらに、どうせ一緒にいる時間が多いので、つい先日ようやく建設途中のバウマイスター伯爵邸の中庭に移築した師匠の屋敷に居候をするようになっていたのだ。


『この屋敷、女ばかり増えていくな』


『エルヴィンさん、なにか文句でも?』


『いいえ……』


 カタリーナは俺の屋敷に住み始めた表面上の理由を、まだ正式に終わっていない地下遺跡探索で得た物資の分け前を誤魔化されないためだと、その大き過ぎる胸を張りながら答えていた。


『はいはい、そういうことにしておくわね』


 会って一番最初に激突したイーナであったが、彼女はもうカタリーナの口調に慣れてしまったようだ。

 それに、普段の口調はアレでも、実は意外と常識的なのにも気がついている。

 なにしろ屋敷に居候をするようになってから、律儀に宿泊費を支払っているのだから。


『貴族は貴族に貸しを作ってはいけませんから、ちゃんと宿泊費はお支払いいたしますわ。毎日お風呂に入れるからとか、ヴェンデリンさんと魔法の訓練ができることを考えるとこれは得……。いえ、私は将来貴族になるのですから、無遠慮に慣れ合うことはいたしませんから!』


『はいはい、そうだね。カタリーナ、その野菜剥いて』


『まったく……どうして高貴な生まれの私が料理などを……』


『とか言いつつ、手際がいいよね。それと、エリーゼは料理が上手だよ』


『そう言われてみるとそうですわね……』


 実はカタリーナは、料理が上手であった。

 アピールに使う装備には大金をかけているが、他ではかなりの締まり屋で、ちゃんと自炊をしてるのが丸わかりなほど、包丁捌きも巧みであった。

 彼女の貴族観では、貴族の令嬢は料理などしないと思っていたらしく、他人の前で料理をするのが嫌だったようだ。

 実はアマーリエ義姉さんを見ればわかるが、下級貴族の娘は嫁ぎ先によっては料理ができないと困ってしまう。

 あまり公にはしないが、ちゃんと教える親が大半であった。

 そこは勘違いしていたが、締まり屋というのは案外貴族に向いているかも。

 まともな大貴族は、ここは金をかけないといけないと考える部分と、ここは一セントでも無駄遣いしたくないという部分の線引きが、まあ見事なのだ。


『ヒラヒラ、白鳥みたい』


『ヴィルマさんも、エドガー軍務卿の薫陶がよろしいようですわね』


『私は義娘だからそうでも。食費以外節約を心掛けるのは生存本能』


『説得力ありますわね』


 なるほど、ヴィルマの表現は的確である。

 白鳥は優雅に水面に浮いているように見えるが、水面下では足を懸命に動かしていて、それがカタリーナによく似ていると言っていたのだから。

 ヴィルマも、なるべく自分の食い扶持は自分が動いて獲得しようとするから、貴族的ではあるのか。


『爵位が高い貴族家の女性は普段はあまり料理などはしませんが、たまに家臣や領民の方々に振舞うこともありますから』


 エリーゼがそんなことを教えてくれた。

 地方の中規模以上で比較的裕福な貴族家でも、収穫の時期などに奥さんや娘が料理を作って家臣や領民たちに振る舞うことも多かった。

 一種の行事でもあるのだけど、それが常となっているのは、母やアマーリエ義姉さんのような存在というわけだ。


『となると、これも将来のためですわね』


『ヒラヒラ、包丁の使い方が上手い』


『ヴィルマさん。私のあだ名、どうにかなりませんの?』


 なんだかんだで、女性陣は上手く行っているようだ。

 いまだにバウルブルクの屋敷は建設中であったが、すでに師匠の屋敷はその中庭に移り、俺たちはそこで生活を送っていた。

 俺は、魔の森の探索と、開墾、土木工事を交互に。

 エルも新しく軍人の家臣が増えたので、週に何回かは警備隊に混じって軍のことなどを習い始めるようになった。

 前世の会社だと、幹部候補生に対する教育ってやつだな。

 イーナとルイーゼは、槍術と魔闘流の道場開設の準備を始めている。

 ただ、町の建設において道場の優先順位は低かった。

 道場がなくても、その気になればその辺の草原でも教えられるからだ。

 二人は道場主としての登録だけを行い、実務はブライヒブルクから呼び寄せた道場主代理……同腹の兄や弟だそうだ。異母兄弟が混じっていないのは大人の事情だぞ……と数名の師範たちにすべてを任せている。

 彼らは、バウマイスター伯爵家の指南役家臣家の陪臣という身分になったので、はりきって準備を進めているみたいだ。


『暫くは、名ばかり指南役と道場主ですけど。イーナさんもルイーゼさんも、母親が側室ですからね。我が家の指南役本家においては微妙な立場だったのですが、バウマイスター伯爵のおかげで今や本家を超える勢い。とはいえ、彼女たちの異母兄弟はそこに参加できず。参加すると軋轢が予想できるので、私が止めますけどね。その前に、彼女たちの父親がさせなかったようですけど』


 ブライヒレーダー辺境伯も、事情があったとはいえ次男なのに家督を継いでしまった身。

 彼に不満を持つ一族や家臣というものを経験しているので、イーナとルイーゼが創設する指南役家に、正妻筋の子供を参加させなかった。

 揉めるのがわかっていたからだ。

 自分は正妻筋の子供だからすべてを取り仕切るなんて言い始めたら、指南役家創設の邪魔にしかならないのだから。

 こうした大人の事情で、正妻筋がブライヒレーダー辺境伯家で、側室筋がバウマイスター伯爵家に分かれたわけだ。

 だがいくらそこまで決めても、二人が俺の子供を生めなかったら、それはまた争いの原因となってしまう。

 だから今は俺の傍から離れず、二人の兄弟と数名の師範たちは警備隊の仕事も兼任し、開いた時間に希望者に少しずつ槍術と魔闘流を教えていた。

 道場は……完成に一年以上かかるそうだ。

 二人は建設費を一括で支払えたが、大工、資材不足なのでどうにもならなかった。


『助かった! これで槍術で飯が食える』


『助かった! これで魔闘流で飯が食える』


 それでも、二人の兄弟や師範たちは喜んでいた。

 大物貴族であるブライヒレーダー辺境伯家でも、道場は各一つしかない。

 元から女であるイーナやルイーゼは跡継ぎ候補から除外されていたが、同じく下のお兄さんや弟たちも邪魔者扱いであった。

 一族以外の師範もいるので、そう簡単に師範など増やせないし、そうそう外部に娘しかいない同流派の道場主などいるはずもなく、俺たちと同じく冒険者予備校を出て狩りをしつつ、アルバイトの臨時師範としてたまに道場で教えていたようだ。

 武芸で飯を食うって本当に大変なんだな。


『ヴェル、ごめんなさい』


『まあ、いいんじゃないの? バウマイスター伯爵には指南役家が必要だし』


 真面目なイーナは、兄弟たちをコネで押し込んだことに罪悪感を持っているようだが、いきなり得体の知れない槍使いを家臣にはできない。

 コネもそう悪いことではなかった。


『イーナが生んだ子供を、俺の後継者に押し込もうと画策しなければ?』


『それはないと思うわ。ブライヒレーダー辺境伯様が激怒するから』

 

 俺からすれば別に誰が家を継いでも構わないんだが、貴族とは本当に面倒な生き物である。

 陛下から、エリーゼが生んだ最初の男の子を跡継ぎにと言われていた。

 もし他の奥さんの子供を跡継ぎにしようと画策などすれば、排除されるのでやめておいた方がいいとイーナに忠告しておく。


『兄たちは職が得られたから、喜んで新弟子に稽古をつけているわ。ローデリヒさんのようなことはできないから、そんな野心は持たないと思う』


 槍は剣に次ぐ戦場の華で、平民出身の兵たちからすれば剣に勝るメインウェポンでもあった。

 だからなのか、俺が思っていた以上に多くの兵士たちが、空いた時間に稽古を受けていた。

 ここには戦争はないが、少しでもバウルブルクから離れると凶暴な野生動物たちがいるからだ。

 イーナもたまに手伝っているそうだが、ルイーゼは兄弟に魔闘流の指導を完全に任せてしまっていた。


『ボク、人に教えるのは下手だもの』


 導師からも天才扱いされたルイーゼであったが、彼女には天才故の欠点があった。

 人に教えるのが、もの凄く下手なのだ。


『そこでね。魔力を適当に腕に込めて拳をバーーーンと!』

 

 前世の某○人軍永久名誉監督も真っ青な指導を、導師に対しても平気で行うのだから。


『ふむ、なるほどである!』


 ただ、導師も同種類の人間だったので、彼からするとルイーゼの指導はわかりやすかったらしい。

 飛躍的に格闘戦能力を上げていたので、嘘ではないのだろう。


「今さらながら、さすがはアームストロング様と次期王宮筆頭魔導師の座を争っていたアルフレッド様の元お屋敷ですわね。そしてそれ以上のお屋敷がじきに完成して、地下には魔蔵庫まで設置される。私も頑張って貴族にならなければ」


 いつの間にかうちの屋敷で寝泊りするようになっていたカタリーナは師匠のことを知っていたようだ。

 今さらながら、自分が住んでいる屋敷を見て感嘆の声を漏らしていた。


「師匠を知っているんだ」


「ヴェンデリンさんは、相変わらず他の魔法使いの知識に欠けておりますのね。アームストロング導師様と共に、ヘルムート王国の双璧と呼ばれた存在だったのですが……」


 王宮筆頭魔導師の座を巡って争っていたというのが、当時の世間の噂であったそうだ。

 本当に争っていたのかは……師匠は貴族ですらあまり好きではなかったし、王宮勤めなんて堅苦しすぎて嫌がりそうな気がするな。


「まだ生まれていない頃の魔法使いなのに、よく知っていたな」


「冒険者予備校では、過去の偉大な魔法使いから学んで魔法の種類を増やすという講義があるではないですか」

 

「そんなのあったかな?」


「ありましたわよ」


 俺は、冒険者予備校の夏休みの時に王都に生活の拠点を移していたので、その講義を受けていないのであろう。

 王都の冒険者予備校には所属していただけで講義なんて受けたこともないし、別に知らなくても冒険者として問題があるとも思えない。

 それよりも、カタリーナはちゃんと講義を受けていたんだな。

 優れた魔法使いだから無理にそんな講義を受けなくてもいいのに、やはり真面目な性格をしているのであろう。

 あとは、『そんな講義受けなくても問題ないじゃん。狩猟に行こうぜ!』と誘う友人がいなかった?

 それを彼女に聞くのは躊躇われるよなぁ……。


「それは羨ましい環境でしたわね」


「そうかな?」


 導師と修行するのは大変なんだけど……。


「間違いなく、今のカタリーナの方がいいって」


 現在彼女は、ブランタークさんと導師からたまに指導を受けていた。

 ブランタークさんに言わせると、『坊主にはちと劣るが、数十年に一度出るか出ないかの天才だぞ』と絶賛しているほどだ。

 ブライヒレーダー辺境伯の家臣である彼からすれば、カタリーナは要確保の人材なのであろう。

 かなり親身になって魔法を教えているようだ。

 導師の指導は……俺とルイーゼが受けたようなやつじゃなければ問題ないのかな?


「修行時どころか、冒険者として活動中でもその服装を変えないのは、逆に凄いかも」


「ヴェンデリンさん、貴族とは常に周囲から注目されるものなのです」


「かもしれないけど……」


 カタリーナは、ほぼ不可能と言われている状態から御家再興を目指しているせいもあって、自己主張とプライドが高い女……表面上は……である。

 魔法の鍛錬も怠っていないし、あのドレス風の装備やマントも貴族の出であることを周囲に宣伝するためのものであり、普段もずっと同じ格好であった。

 ドレス風の装備は予備が何枚か存在するらしく、たとえ使用する高価な素材が増えても、ドレス風のエレガントな装備に拘っていた。

 これを滑稽という人もいるが、実は王都では面白いと思っている貴族もいるそうだ。

 魔法の実力があるので、日本の安土・桃山時代風に言うと『傾いている』と思われているからだ。

 冒険者として活動している時や修行中はあてはまらないが、その他では知名度のアップに役に立っているわけか。

 そのくせ、普段の生活は意外と質素である。

 必要な装備には金を惜しまなかったが、普段の生活では金をかけないで目的のために金をコツコツと貯めているらしい。

 結局、食事の手伝いの様子から普段から料理をしていることがバレてしまい、エリーゼが纏めて弁当を作るからと言うまでは、あの派手な格好で屋敷の台所で弁当を作っていたのだから。


『鬼の霍乱か?』


 なお、その際にエルは余計な事をほざいて、風魔法で庭まで吹っ飛ばされていた。

 この点だけを見ても、エルとカタリーナを夫婦にするのは難しいようだ。


「ヴェンデリンさんと生活を共する理由の一つは、私の実家を改易した、憎っくきルックナー侯爵家への圧力ですわ」


 王都滞在時から、俺はルックナー侯爵家と懇意だと世間から思われている。

 だが、弟の不祥事でその関係が薄れる可能性があると噂された時、ルックナー財務卿は『頭がハゲそう』だと周囲に漏らしていた。

 それに加えて、過去に自分の父親が無実の罪で改易した家の孫娘が俺の家に居候しているのだ。

 彼からすれば、ストレスの元が増えたわけだが、カタリーナからすればそれが目的だったわけか。

 これは、最後まで隠していたな。


「えげつな!」


「大貴族の方が、よっぽどえげつないですわよ」


 大貴族がその気になれば、カタリーナの実家のような小貴族家など簡単に潰せてしまう。

 それを思えば、彼女は被害者なのであろう。

 潰された家を復興するため、一人で舐められないように懸命に努力した結果、強気な言動が前に出ていたわけか。


「あの魔道具の山の評価と分け前もあるか」


「あれも、御家再興のためのいい材料となりますわ」


「それはそうだ」


 大量に獲得した魔道具であるが、当然カタリーナにも権利がある。

 あれだけの成果なので、カタリーナに爵位でもあげればいいのにと思ってしまうが、王国はまだそこまで柔軟な対応はできないようだ。


「御家再興のためには、まだまだ長い道のりが残っておりますわ」


「大変だなぁ」


「とはいえ、切っ掛けは掴みましたわよ」


 色々事情があって屋敷に居候を続けるカタリーナであったが、屋敷での生活に馴染んでいるからいいのかな。

 ただルックナー財務卿は、俺と関りを深めていく彼女にどう対処するつもりなんだろう?

 弟の時にように、またしくじらないといいけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る