第126話 魔の森初探索(前編)

「思い出すと、ヴェルは食べ物の話ばかりだ!」


「王都の教会と、いくつかの商会に、アルテリオか。あの野郎は、坊主のアイデアを買い取ってバカみたいに儲けているらしいしな。たかが食べ物の話なのに、ちゃんとコネを作ってやがる。本人がそこまで意識してやったかは知らんが、だから、うちのお館様や陛下から期待されてしまうんだよなぁ……」


 ボクたちとブランタークさんは、ここ二~三年でヴェルが王都やその周辺に広げた様々な調味料や料理の話をしながら、森になっている様々な果物を採取していく。

 確かに、今ヴェルが広大な未開地の領主になっても、アルテリオさんや多くの商人たち、教会まで喜んで手助けしてくれるはず。

 本人はもの凄く嫌だろうけど、自業自得な面もあるかな。


「えーーーと。図鑑によるとカカオかぁ……。初めて見るが、こんなのが食えるのかね?」


 ブランタークさんは、『探知』で見つけた赤ん坊くらいありそうな木の実を次々に魔法の袋に詰めていく。

 図鑑には『カカオの実』と書かれていて、なにかの材料になるみたいだ。

 他にも、パイナップルなる高さ二メートルほどの表面がトゲトゲな実に、パパイヤ、マンゴー、マンゴスチン、スターフルーツ、ココナッツ、ライチ、ザクロなど。

 全部両手で抱えないと持ちあがらないほどの大きさで、名前はすべて例の図鑑に記載かれているフルーツ類だけど、やはりその大きさは常識外だった。


「何度でも言うが、なんでもデカいな」


 図鑑の表記があてにならないなんて……あっでも、大きさ以外は全部正確なのか。


「でも、美味しいからいいと思うんだ」


 試食したけど、大きな果物だけど甘くて美味しいなぁ。

 イーナちゃんも大喜びで試食している。

 やっぱり女の子には、甘いフルーツだよね。

 ヴェルも甘い物が好きだけど。


「大味じゃないのが救いか。でもなぁ……」


 ブランタークさんには、ある懸念があるみたいだ。


「でも、なんなのかな?」


「こんなにデカいフルーツが沢山自生しているってことは、必然的にそれを食べる魔物もデカいってことになるんじゃないかなって……」


「確かに……」


 段々と嫌な予感がしてくるけど、それはどうやら正しかったみたいだ。

 ブランタークさんは、ある方向を見てその表情を険しくさせていた。


「ワイバーンクラスの反応が複数か。お前ら、果物を食べたあとに、魔物に狩られて食われるなよ」


 ブランタークさんの指示で戦闘準備を整えると同時に、ボクたちに巨大な魔物が襲いかかる姿を確認。

 そのまま戦闘状態へと移行することになったけど、やっぱりこんな新人冒険者はボクたち以外にいないよね。





「ああ、疲れた」


「ブランタークさん、ヴェルはいつ迎えに来るんです?」


「もう一時間と待たないで来る予定だ」


「疲れたわぁ……」


「多すぎだよね、イーナちゃん」


「魔物は数を調整なんてしてくれないからな。生き残れたんだからヨシとしないと」




 最初の大きなフルーツ採集は楽しかったんだけど、やっぱり未知の巨大な魔物との戦闘では疲れはててしまった。

 フルーツも大きかったけど、それを食べる魔物も大きかったというわけだ。

 全高二メートル、全長七メートルほどの体に、五十センチを超える長い犬歯が特徴の『サーベルタイガー』なる肉食の魔物。

 全長十メートル近い、『ライノー』という頭部に二本のツノがある魔物。

 他にも、『ダチョウ』なる空を飛べない全高が五メートルを超える怪鳥に、『ヘルコンドル』というワイバーンと同じくらいの大きさの巨鳥と。

 今までに見たこともない魔物たちと多数遭遇し、エルとイーナちゃんが牽制している間にブランタークさんが魔法で、ボクが魔闘流の技で次々と仕留めていく。

 多分、ボクたちが彼らの餌場を荒らしたから、怒って攻撃してきたんだと思う。

 肉食の魔物は、ただ単にボクたちを餌だと思ったようだけど。


「しかしなんなんだ? あの森は」


 ブランタークさんが愚痴る気持ちも、ボクにはわからなくもない。

 あんなに巨大で凶暴な魔物ばかり住む魔物の領域なんて、今までに聞いたことがなかったからだ。

 冒険者時代に王国中を渡り歩いていたブランタークさんでさえも、これほど危険な魔物の領域は初めだって言ってたくらいだし。


「危険な分、獲物は山ほどあったよね」


「そりゃあ、あれだけ大きな果物が大量にあれば、多くの魔物を養えるだろうからな」


 あの大量の巨大フルーツ群を、巨大魔物群は食い尽くせないでいる。

 つまり、それ以上の速度で繁殖しているんだろうね。

 通常の植物や田畑の作物では、到底あり得なかった。


「つまり、あのフルーツの木々も半分魔物化していると?」


「多分、そうだと思う。だからあんなに実が大きいのだろうな。魔物たちに食い尽くされないように早く成長することで生き残ったんだ」


 となると、回復が早いからフルーツを採り放題ってこと?


「この魔の森の中に入って活動できれば、冒険者にはお宝の山であると?」


「この図鑑にしか載っていない、半ば空想扱いの魔物や採集物だからな。希少性もあって売れると思うぞ」


 ただ、普通の冒険者だと、魔物に遭遇した時点であの世行きだと思う。

 優秀な魔法使いであるブランタークさんに、導師から修行を受けたボクがいたから疲れた程度で済んでいるわけで。

 あっでも、ヴェルがいればもっと楽に探索できるかな。


「ところで、今回の成果だが……」


 ブランタークさんが報告魔法で毒ナシと判定した植物や果物類に、襲いかかられたので倒した様々な珍しい魔物たち。

 ブライヒブルクで売れば、きっとかなりの金額になるはずであった。


「いいか。これは、あくまでも調査だからな。まだ探索していない場所も多いし、調査結果は魔の森全域を調べてからでないと出せないわけだ」


 つまり今回の成果は換金せず、換金しないということは利益が確定していないので、税を納める必要がないってことだね。


「ただ、誤解するなよ。あとでちゃんと換金して税金は支払うさ」


「あのお兄さんに渡したくないんだね」


「下手に金を渡すと、向こうがなにかを企む軍資金にされかねない。ちゃんと新しい領主に渡した方が安全ってわけさ」


 ようするに、ブランタークさんはヴェルのお兄さんの懐にあまりお金を入れたくないみたいだ。

 税金を支払うのは、あのお兄さんを次期当主の地位から引き摺り下ろしてから。

 ボクたちは元々ヴェル側の人間だし、それについてはまったく異存はないね。

 あのお兄さんが、脱税を疑ってここまで調べに来る度胸があれば支払ってもいいんだけどね。


「さて、そろそろ時間だな」


「いやあ、今日も一日土にまみれて働いたなぁ」


 突然目の前に、『瞬間移動』で移動して来たヴェルが姿を現す。

 彼をよく見ると、少しローブが土で汚れているようだ。

 今日も、新規の田んぼや用水路の造成に勤しんでいたのだと思う。


「坊主、また田んぼを広げたのか?」


「『開墾不要、用水路完備。農作業オンリーでスタートできる農民生活』ってチラシをですね、あちこちに配ったら……」


「そりゃあ、応募者は多いよな」 


 開拓地で自作農を募集する貴族は多いけど、このエリアの土地はお前のものだと言われ、あとは自分で開墾をするのが普通なんだよね。

 ところがヴェルの場合だと、ある程度土壌まで改良された田んぼを渡され、ベテラン農夫の指導を受けながら稲作が可能なので、応募者が殺到しているみたいだ。

 みんな、新しい土地で農業をするのだから大変なのは理解している。

 でも、その苦労が最初だけでも半減するのなら。

 しかもヴェルは、一年目は最低限の給金を保証している。

 生活に必要な品も、ヴェルが経営している商店で安く買える。

 収穫までに必要な食料はバウマイスター騎士爵領でも買えるから、移民先で生活苦や食糧難になる心配もない。

 だから、現在未開地の開墾地と人口は急激に増えている……半日でまた増えたのかぁ。


「家は足りなくないのか?」


「そこは、あの胡散臭いリネンハイム氏に頼んでますから」


「大丈夫か?」


 ブランタークさんは心配しているようだけど、実際には上手くいっている。

 王都で取り壊す予定の物件をリネンハイムさんが見つけてきて、それを無料に近い値段で買い取ってしまう。

 買うのは上の家と土台だけで、持ち主も解体費用が無料になって僅かでも利益になるのですぐに了承してくれるみたい。

 買い取った物件はレンブラント氏の魔法の袋に収納され、ある程度纏まると、ここへ『瞬間移動』でやって来て、ヴェルから指示された場所に家を建てていく。

 補修が必要な物件は、その都度王都から連れて来た大工たちが修理していきと。

 この方法により、わずか三週間ほどで開墾地は家屋は四十五戸、人口は百八十人ほどにまで増えていた。


「急激に人口を増やすと、今度は開墾した農地が足りなくなりそうだな」


「開発特区も田んぼも、土塁を前進させて広げました」


「対応が早いな」


「みんな、育苗中の苗が育つまで土作りや細かな改修作業に大忙しですよ。楽しみだなぁお米」


 米の苗が育てば、今度は水を張った田んぼで田植えを行うってヴェルが言っていた。

 本当なら、開墾と土作りで新規の田んぼが収穫可能になるのには数年の時間がかかるけど、ヴェルが魔法で作った田んぼは、一年目でもある程度の収穫が見込めるというのだから凄い。

 もしそれをブライヒレーダー辺境伯領内の真面目な農家の方々が知ったら、反則だって言うだろうなぁ。


「坊主も、自分のものでもない土地のために頑張るよなぁ」


「長い目で見れば利益になるから問題ありませんよ。ヘルマン兄さんには色々と協力してもらっていますから」


 ヴェルが今、気合を入れて魔法で開発している開発特区は、将来的にはヘルマンさんのものになる予定であった。

 彼だって、心の中では実のお兄さんを追い落とすヴェルの工作に協力したくないはず。

 だけど、現在ヴェルが開発している田園地帯や村落が自分のものになると思えば……。

 分家のみんなのためにも、心を鬼にしてお兄さんを追い落とす工作に協力するはずだって。

 いつものヴェルらしからぬ悪辣ぶりだけど、それはヴェルが覚悟を決めたってことだからね。


「(ボクは、そういうヴェルも好きだけどね)」


 悪意ある実のお兄さんから罪のない領民たちを守るため、誰も傷つけないで解決するなんてできるわけがない。

 ましてやヴェルのお兄さんとは、もう和解なんてできっこないのだから。

 己の意思を通すため、時にはこういうこともしなければいけないのだと。

 そしてボクは、それを悪いことだとは思わなかった。


「(ヴェルのお兄さんには悪いけど、ボクやエリーゼたちの居場所を確保するためにも、このまま追い落とされてもらうから)」


「ところで、探索はどうでした?」


「見たことがない、変な果物と魔物が沢山いたぜ」


「えっ、ブランタークさんでも見たことがない魔物ですか?」


「坊主、俺はベテランの冒険者だったけどな。この世界に住むすべての魔物を見たことがある、なんてわけがない。なにしろこの大陸は広いからなぁ」


 この南端の未開地のみならず、いまだに前人未到でなにが生息しているのかわからない魔物の領域もまだ沢山残っているのだと、ブランタークさんが教えてくれた。

 だからこそ、北方のアーカート神聖帝国とも和平が続いているのだと。

 みんな、勝利と利益を同時に得られる保証がない戦争をするよりも、未開地の開拓の方を選ぶ。

 なら、どうして昔の人たちは戦争ばかりしていたのかという疑問もあるけど、それは偉い学者さんでも確実な回答は出せないそうだ。

 それで無益な戦争を二百年前まで続けていて、そのせいで魔物の領域に関する情報収集や、未開地の開発が遅れているのだから本末転倒という。


「じゃあ、早速戻って成果を見てみましょうか。美味しいものあるかな?」


「しかし、お館様の書籍が実務で役に立つとはなぁ……」


「何気に、酷いことを言いますね」


 ブランタークさんの言うとおりだ。

 ボクたちだって、あのエッチな小説のせいで過去に酷い目に遭っているのだから。

 警戒して当然だと思うんだよね。


「さあ、みんな戻るぞ『瞬間移動』するから集まって」


「「「「はーーーい!」」」」


 ヴェルの合図で、ボクたちは彼の傍に集合した。

 そして一瞬で、広大な農地が南方に広がる開発特区内の屋敷の前へと戻って来たのであった。

 疲れたから、魔の森の甘いフルーツをヴェルの魔法で冷やして食べたくなってきたよ。

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