第113話 バザー

「あなた」


「手伝えってんだろう? わかったから」


「ならいいけど」


「(ヘルマン兄さん、見事に尻に敷かれているなぁ……)」


「(ヴェル。この分家の男たちは、基本みんなそうだから)」




 こうして急遽始めることになったバザーであったが、さすがに五人では人手が足りない。

 戦力としてあてにしていたブランタークさんは、気に入ったハチミツ酒を可能な限りマルレーネ義姉さんと交渉して購入(大人買い)すると、その足でどこかに出かけてしまったからだ。

 そこで、ヘルマン兄さんと分家の婿さんたちの出番となる。

 悲しいかな。

 この世界における男尊女卑の枠から外れている彼らはマルレーネ義姉さんからの命令で、本村落と残り二つの村落との間の広場でゴザを広げ、俺が魔法の袋から取り出した品物を並べながら、どこかから持って来た木切れに値段を書く仕事をしていた。

 子供たちも、全員手伝っている。

 バザーが始まれば、一緒に店番もしてくれるそうだ。

 こういう光景を見ていると、前世での子供の頃、自治会の夏祭りで縁日の屋台を手伝った記憶が蘇ってくる。

 今度、水飴でも作ってみようかな?

 

「事前の準備がなかったにしては、かなりの量だな」


「それは、魔法の袋のおかげですね」


 なんでも大量に仕舞えるので、とりあえずなんでも大量に仕舞ってしまうからだ。

 仕舞ってしまえば、とりあえずは部屋や倉庫が散らかるという事態は防げる。

 ヘルマン兄さんは、俺が次々と魔法の袋から色々と取りだす様を見て、まるで手品師のようだと感心していた。


「それはわかったから、ちゃんと手伝いなさいよ」


「わかってるよ」


 そしてマルレーネ義姉さんから、手を動かせと注意されるわけだ。

 敷いたゴザの上には、子供時代に大量に魔法で作った塩入りの壷が置かれ、これがメインなので10kg入りを百個ほど置いている。

 他にも、砂糖、マヨネーズなどの調味料、胡椒などのスパイス類、ラムやエールなどの酒類など。

 マヨネーズは以前は自作していたが、面倒なので王都の商会にレシピと製法を売り払って作ってもらうことにした。

 おかげで、その商会から定期的に送ってくれるようになっていた。

 商会の主はマヨネーズが大ヒットしたので大いに感謝しているらしく、毎月尋常ではない量を送ってくるのには、正直辟易しているのだが。

 他の貴族や商人たちも、エリーゼの趣味がお菓子作りや裁縫であると知ると、製菓材料と調理道具、裁縫道具、大量の生地類をこちらに贈ってきた。

 俺やルイーゼが美味しいお菓子を買って食べるのが趣味であると知ると、今度は様々なお菓子が贈られてくる。

 イーナが空いている時間に本を読むのが好きで、俺も同じ趣味を持つと知ると、様々な本が屋敷に届きと。

 屋敷の倉庫がパンクしそうだったので、全部魔法の袋に入れていたのは幸いであった。

 当然、それらの品々も少しずつ商品として並べていく。


「ヴェル、貰い物を売っていいのか?」


「もうお礼状も出して、お返しもしましたし。全部使うのは無理ですよ」


 俺の代わりにエリーゼがエルの問いに答えた。

 特に、お菓子類は危険であった。

 全部食べたら、確実に痛風か糖尿病になるであろう。

 最後に、俺が弓を嗜むと聞いて贈ってきた大量の弓矢を並べて準備は終わる。

 弓矢は狩猟用として需要が高いが、ここの領民の大半は自作するので、王都の一流職人が作る弓矢の需要もあると思ったからだ。

 他にも色々とあるが、あまりに多くて値札を付けるのが面倒なので適当に置いていた。

 ある程度相場は知っているので、なんとかなるはずだ。

 どのくらい売れるかわからないけど、別に売れなくてもバザーを開けばクラウスからの依頼は達成なのだから問題あるまい。


「これは結構な品揃えで。大変にありがたいことです。領民たちもさぞや喜ぶでしょう」


 クラウスのとても嬉しそうな笑顔には、嘘がないと思う、思いたい。


「ところで、父上との条件はちゃんと履行されるんだろうな?」


「はい、それは確実に」


 販売利益の二割を、税として収める。

 これが、このバザーにおける俺たちの義務であった。

 つまり、利益が上がらなければ税を収める必要がないのだ。

 最初は、クルトが売上高の三割を収めろと言ってきたらしい。

 やはり引き受けない方がよかったかもと、俺は少し後悔してしまうほど、クルトの強欲さにはウンザリだ。

 まさか、山道を往復三ヵ月かけてやって来る商隊から税を取るわけにいかないので、俺たちが商売をすると聞いて、クルトがおかしな欲を出したのであろう。

 言うまでもなく、クラウスの説得で撤回させられていたが。


「どうせ、税金の計算もできないくせに……」


 エルは先ほどチンピラ扱いされたので、クルトを決定的に嫌いになったようだ。

 漢字が読めず、計算もできないクルトを、嫌味だけ得意な子供以下の存在だとバカにしていた。


「無事に交渉が成立したと思っていただければ。私、先ほどから全領内を回って宣伝して参りました」


 だからなのであろう。

 次第に領内中から、多くの領民たちが集まり始めていた。


「人数が多くないですか?」


「緊急の仕事がある人以外は、全員がここに来るはずです。仕事が終われば、その人たちもやって来るでしょう」


 人の多さに驚くイーナに対し、クラウスが事情を説明した。

 領民たちのほぼ全員が、商隊以外から買い物をしたことがないのだ。

 全員、今日までに貯めたお金を持ち、目を輝かせながらこちらにやって来る。


「みんな、お金があるのかな?」


「ないこともないんですよ」


 小麦、薬草、動物の素材などを売り、決められた量の塩やわずかな嗜好品のみを買える生活なので、外地の人たちに比べると現金収入は少ないが、貯蓄がないわけでもないのだ。

 食べ物は、自給自足や領民同士の物々交換で済み。

 あとは、たまに鍛冶屋から農機具などを買ったり、職人たちから生活用品を買うくらいで、あまり現金が必要ない生活を送っていた。


「税と食べる分以外の麦を売って、何年もコツコツと貯めるのですよ」


「なるほど」


「ここは、そんな田舎なのですな」


 クラウスは、ルイーゼに領民たちの懐具合を説明していた。


「さて、そろそろ始めるか」


 ようやく始まったバザーであったが、みんな飛びつくように品物を確保し、購入していく。

 まず最初に、壷入りの塩を男たちが纏めて複数購入し、次々と家へと運んで行った。

 塩は領内では自給できないので、万が一のことを考えて備蓄しておこうと懸命なのだ。


「そんなに、安くないんだけどなぁ」


 現在塩は、ブライヒブルクでは一キロ五セントくらい。

 日本円で五百円くらいで、ここしばらく相場は変動していないと、クラウスから聞いた。

 王都は内陸部にあるので、塩は一キロ八~十セントくらい。

 前回の商隊は、領民たちに一キロ八セントで販売したそうだ。

 高いのか?

 安いのか?

 判断に悩むところであったが、輸送の手間を考えると完全に足が出る。

 商隊が、ブライヒレーダー辺境伯家からの支援で運営されているのも納得できるというものだ。

 ちなみに俺たちは、一キロ五セントで販売している。

 ブライヒブルクにおける、標準的な塩の値段であった。

 俺が海辺に『瞬間移動』で移動し、魔法の訓練がてら精製した塩なので、コストは無料に近く、利益率はもの凄く高かった。

 本当はもっと安くしてもいいのだが、それをするとクルトがうるさいので、他の物品の利益率を下げて、なるべく安く売るように調整していたのだ。


「ヴェンデリン様、この白い物は?」


「砂糖だよ」


「砂糖って、黒いんじゃ?」


「精製してあるから。精製した砂糖は白いのさ」


「へえ、俺は初めて見ましたよ。しかし綺麗なものですね」


 南方の未開地で、野生のサトウキビを材料に砂糖を精製した時。

 つい前世のくせで、真っ白になるまで精製してしまったのだ。

 白くてサラサラの砂糖を初めて見た領民たちは、その綺麗さにとても感心していた。

 

「真っ白な砂糖は、高級品なんだぞ」


「へえ、高いのか。どのくらいなんだろう?」


 塩と同じく、砂糖も値段を下げて売ることにした。 

 これも、ブライヒブルクと同じで一キロ十セント。

 王都だと、一キロ十五セントから二十セントくらいだそうだ。


「おっかあと、ガキが喜びそうだな」


 結構な値段なのに、砂糖も壷ごと飛ぶように売れていく。

 他の調味料や、スパイスやお酒なども、小量ずつ試しに購入しているようだ。

 

「綺麗な生地だわ」


「素材は木綿ですけど、王都で流行の色に染めてありますから」


 エリーゼたちが担当している、生活雑貨や日用品もよく売れているようだ。

 安価なアクセサリーに、小物、服の材料になる生地や、裁縫道具に調理器具など。

 なぜにこんなに大量にとも思わなくもなかったが、大半が貰い物というのが恐ろしいところだ。

 高価な贈り物は除いていたが、貴族でも商人でも実は安価な贈り物を大量に贈って寄越すケースがある。

 贈られた記憶とインパクトが強いからという理由は否定しないが、一番の理由は贈り相手が、雇っている使用人たちに配るとこを想定しているからだ。

 俺も、貰いすぎた品をローデリヒたちにも配っているから、なるほどよく考えているんだなと感心していた。

 『お館様、拙者はこんなにお菓子は食べられないのですが……』と、ローデリヒが困惑していたので、食べきれないお菓子などはエリーゼ経由で教会や孤児院に寄付していたけど。

 もったいない精神は、この世界でも通用する概念だった。

 うちはまだ小所帯なのに、注目度の関係で贈り物が大量に集まっている弊害とも言えた。


「思っていたよりも安いですね」


「生地の産地だと、このくらいのお値段ですから」


 値段は、大体相場を知っているエリーゼが仕入れ原価程度に設定したので、同じく飛ぶように売れていた。

 購入者は女性ばかりで、みんな自分や家族の分の服を自作するからだ。

 それに加えて、裁縫道具などもよく売れていた。


「(あれ? 塩は魔法で精製してほぼ無料。砂糖も同じ。残りの品も、ほぼすべて貰い物。そしてそれを、原価や相場で売るとどうなるのか?)」


 正解は、ほぼ全額が利益という結果になってしまう。

 贈り主へのお返しの費用は必要経費だし、この手の贈り物を効率よく現金化できたので、ローデリヒあたりが喜ぶかもしれないな。

 

「お母さん、お菓子買って!」


「はいはい」


「僕、絵本が欲しい」


「聞いたことがない話だな。一冊買うか」


 外地とさほど値段が違わない様々な品が、飛ぶように売れていく。 

 売れ残っても構わないと思っていたのに、逆にまだ在庫はあるかのと尋ねられ、魔法の袋から追加で取り出しているくらいだ。


「エベンス、その弓矢のセットを買うのか?」


「当たり前だ。やっぱりプロの職人が作った品だな。自作だと限度があるわな。インゴルフはどうするんだ?」


「当然、買いだ。これでホロホロ鳥を毎日狩るんだ」


「無理じゃないのか? お前の腕前だと?」


「うるさいわ! お前だって、俺と大して腕前なんて変わらないだろうが!」


 領内の猟師たちは、こぞって王都の職人が作った弓矢を購入しているようだ。

 領内にも鍛冶屋や職人はいるのだが、普段は釘や包丁や農機具などをメインに作る程度。

 他は、普段使う生活必需品と、たまに剣や鎧の修理をするくらいでしかなく。

 弓矢も自作していたが、やはり王都やブライヒブルクの一流の職人たちに比べると腕は大分落ちる。

 みんな、こんな機会が次いつあるかわからないと思っているので、こぞって購入しているわけだ。

 もしかしたら、あとで物々交換できると考えて多めに確保しているのかも。


「(この領内の職人は、悪い意味で独占企業だからなぁ)」


 競争相手がいないので、できが悪くても売れてしまうのがよくないようだ。

 努力しないから腕も品質も上がらないし、外部から新しい技術が入りにくい点も大きかった。

 

「いやあ、大盛況でなによりです」


 なにを出しても次々と売れていく状況に、クラウスも笑みを浮かべていた。

 毎回こんなに売れるはずもないが、初めてこんなに色々な物が買えるという状況に対し、領民たちのサイフの紐が緩んでいるのであろう。


「最初だからだな」


「そうですな。次回からはもう少し小商いになるでしょうが。ところで……」


 続けてクラウスは、商品と領民たちが持参する換金物との物々交換や、買い取りの要請までしてくる。

 彼の魂胆はわかる。

 このまま俺たちだけが商品を売っても、それは領内からの財貨の流失しか招かない。

 俺たちが、商隊では輸送コストの関係で断られた品を買い取るようになれば、それは経済の循環を生む。

 領民たちも、自分たちでなにか現金になる産品を探し始めるはずだ。


「ヘルマン様、たとえば分家なら、ハチミツ酒は売れると思いますよ」


 あのお酒にうるさいブランタークさんが気に入った品なので、ブランド化すれば結構な値段で売れるはずだと。

 確かに、俺もそうは思っていた。

 それにしても、クラウスは商売にも詳しいようだな。

 心の内でなにを考えているのか理解できず怪しい男だが、彼が優秀だと認めざるを得なかった。


「ハチミツ酒が売れるのかぁ。マルレーネが聞いたら喜びそうだな」

 

 代々従士長を務める分家なので、やはり現金の貯えは欲しいところだ。

 それが自家製のハチミツ酒で得られるのであれば、本家よりも有利に金を貯められる。

 そんなところであろうか?


「クルトから、税金を請求されたりして」


「まさか、家臣から税金を取るなんて話。聞いたことがないですよ」


「俺もそう思い続けたいな」


 とは言ったが、まるで否定できないのが恐ろしい話でもあった。

 ヘルマン兄さんも、あのクルトならやりかねないと思っているのであろう。


「さすがに、それはお諌めいたしますけど」


 乾いた笑顔を浮かべながらそんなことを平気で言うクラウスを見て、俺は『クルトは、クラウスに相当舐められているんだろうなぁ』と感じてしまう。

 だが、まったく同情はしていない。

 次期当主が名主に舐められるだなんて、ただの愚か者でしかないからだ。


「そろそろ夕食の時間だから、終わりにするか」


 だが、結局暗くなるまで領民たちはバザーの会場から離れず、それから二時間あまりも商売に勤しむことになってしまうのであった。





「凄え売り上げだな」


「その『凄え売り上げ』をあげるために、みんな大忙しだったんですけどね。ところで、ブランタークさんは何処に?」


「軽く散歩」


「散歩ですか……。まあいいですけどね」


 分家での夕食後。

 俺たちは、今夜泊る部屋で今日の売り上げをカウントする作業を行っていた。

 部屋割りは、男性部屋と女性部屋で三人ずつであったが、今は勘定のために全員が男性部屋に集合している。


「あーーーん、銅貨が多い」


「ルイーゼ、地道に数えなさい」


 真面目なイーナはこの手の作業をあまり苦としないが、ルイーゼは生来の性格上、この手の作業に苦痛しか感じないようだ。

 能力は十分にあるのだが、根気が長続きしないのだ。


「ブライヒブルクの商業ギルドで数えてもらわない?」


「それをすると、手間賃を取られるでしょう」


 この世界には、大量の貨幣を数える機械などない。

 なので、大量の貨幣を商業ギルドに持って行って数えてもらうと、相応の手間賃を取られるのが常識であった。

 数える人間には人件費がかかるのだから、当然なのだ。


「エリーゼは、静かに数えているでしょう」


「こういう分野でも、完璧超人なのか。よくイライラしないよね」


 エリーゼは、静かに銅貨を十枚ずつ纏めて置く作業を繰り返していた。


「たまに、こういう地味な作業に没頭すると落ち着きますよ」


「ボクは、落ち着かないから。『あーーーっ!』ってなる」


「せっかく数えた銅貨をぶちまけないでね」


「しないよ! 責任取らされて、一人で数え直す羽目になるもの」


 勿論男性陣も、チマチマと銅貨を数える作業に没頭していた。

 やはり領民たちが支払ったものなので、大半は銅貨や銅板となっている。

 ここ数年、感覚がおかしくなっていたのだが、そう簡単に金貨など流通しないものなのだ。


「ブランタークさん、手元が狂いません?」


「大丈夫だ」


 ブランタークさんは、昼間に購入したハチミツ酒をチビチビとやりながら銅貨を数えている。

 だが意外にも、手元は狂っていないようだ。


「それで、クルトはどうでした?」


「大人しくしてたよ。顔色はとても忙しく変化していたけどな」


「顔色がですか?」


「バザーを開いたらあの人出で、みんな坊主に好感を持ってしまった。そこで青ざめ、自分のところに納められるバザーのアガリを考えたようで、急にニコニコし出してな。ある意味、人間らしくてわかりやすい奴だなと」


「なるほど」


 俺たちの付き添い役兼護衛も兼ねたブランタークさんが、バザー中に姿を見せなかった理由。

 それは、クルトの動きを監視していたからだ。


「あと途中で、変な連中がクルトになにか言いつけに来たけどな」


 それは多分、本村落出身で変化を嫌う連中と、バザーで売っていた品から推測するに鍛冶屋や職人たちが陳情に来たのであろう。


「鍛冶屋に職人?」


 エルは、彼らがクルトになにを陳情するのかわからなかったようだ。


「バザーの中止を陳情に行ったんだと思う」


「いやだって、許可を出したのは……」


「父が許可を出した以上、職人たちの陳情先は次期当主であるクルトになるってわけだ」


 言うだけ無駄だけどな。

 

「腕が悪いから、外部から品物が入るとピンチなんだろうぜ」


「そういうことですか。でもさぁ、普通の職人なら自分もしれっとバザーに出店しないかなぁ?」


「そんなことをしたら、外部の商品と比べられるだろうが。だから、クルトに陳情に行ったわけだ。あいつは、職人たちに陳情されている自分の地位は安泰と思いつつ、バザーは父親が許可したので中止にはできない。それにあくまでも臨時で開催されただけとか言い訳をしてたな。自分の支持者には気を使わないと」


 井の中の蛙で、独占企業であることに胡坐をかいてきたのだから当然であろう。

 俺も、初めてブライヒブルクの職人街で商品を見た時に、実家の屋敷に置いてある生活用品とのレベルの違いに驚いたものだ。

 その代わり職人が少ないので、一人の職人が作れる物の幅は広いとされている。

 ただなんでも作れるというわけでもなく、品質の悪さを補強する利点にはあまりなっていなかったようだ。

 逆にいえば素人の作りに近いとも言え、職人が忙しいと領民自身が自作してしまうケースも多かった。

 多分、物によっては職人よりも上手に作れる領民もいるはず。

 ただ、それでも所詮は素人の手作りだし、職人でもないのに手作りの品を自慢して、さらに他の領民から製作依頼を受けてしまえば、それは職人たちの既得権益に触れることとなり、最悪村八分となってしまう。

 まったく期待していなかった生活雑貨が、どうして飛ぶように売れたのか?

 その理由がよくわかるというものだ。


「ふぅ……計算が終わった……」


 ようやく売り上げの計算が終わったが、その額はとんでもないことになっていた。


「八十一万二千五百六十七セントかぁ……」


 日本円にして、八千万円以上である。

 とても、バザーの売り上げとは思えなかった。


「どうしてこんな売り上げになるんだ?」


「領民がほぼ全員参加したとして、売り上げ単価は子供も含めて一人頭千セント以上か……」


 あまりの額にエルは首を捻っていたが、別段おかしいことではない。

 確かに、この村の平均現金収入は少ない。

 だが、逆に使う機会も少ないので、彼らは現金を貯め込んではいた。

 長い家だと、数十年単位でコツコツとお金を貯めていたはずだ。


「一人頭千セントで、四人家族として平均四千セントの買い物。しかも、商隊以外から初めて自由に買い物ができたわけだ」


 当然、サイフの紐も緩むというわけだ。

 臨時のバザーなので、二度と手に入らないかもという心理も影響していたのであろう。

 

「別に貧しくないじゃん」


「いや、貧しいな」


 余剰の麦や、森で採取可能な一部の産物を商隊に売らないと現金収入が一切ないのだ。

 塩を買う以外、ほとんど使い道がないので貯まってはいるが、使う機会が存在しない。

 社会が、極めて原始的な部分で止まっているとも言える。


「さっき、この家の子供たちにお駄賃を渡そうとしたよな」


「子供にお駄賃は基本だよ。ボクたちもたまに貰ってたよ」


 分家の子供たちもバザーを手伝ってくれたので、そのお礼にお駄賃を渡そうとしたのだが、これが予想外の結果になってしまう。


「そういえば、現金を渡したらキョトンだったな」


 ブライヒブルクの子供たちなら、大喜びで商業街になにか買いに行くはずだ。

 ところが、この領地の子供たちはそれができない。

 お金を渡しても使えないから、全然ありがたがらないのだ。

 結局、お菓子や玩具などの現物支給で渡す羽目になっていた。


「なんか、予想以上に深刻じゃないか?」


「ああ」

  

 エルの言うとおりで、ただ貧しいとかそういうレベルを逸脱しているのだ。

 自分の実家も田舎で貧しいが、ここまで外の世界と隔絶しているわけでもないので、余計にそう感じてしまうのであろう。

 父もクルトも、貴族は万が一のことを考えて金を貯めるという行為を実践している。

 領民たちも、使わないお金は律儀に貯めている。

 そうでなければ、今日のように買い物などできるはずがなかった。

 

「貨幣経済を理解していないわけでもないし、塩などは買っているので買い物はする。相場とかも普通に気にしている」


 俺たちが並べた商品の値段を見て、輸送費分高くなっていないことに気がついていた。

 それなのに、彼らはヘルムート王国の経済の輪に入れていないのだ。


「お金が循環していないのが致命的か……」


 商隊が来ないと、領内でわずかなお金のやり取りだけ。

 今日だって、俺に一方的にお金を支払っただけだ。

 多分、父やクルトはこの状態に違和感を覚えていない。 

 領主なのに……と言いたくなるが、生まれた頃からこうなので仕方がないとも言える。

 領民たちは、その不満を不便さとして感じている。

 だがそれを理由に、父からクルトへの継承にケチをつけるまでには至っていなかった。

 遠征の件はあるが、別に領内が飢えているわけでもないからだ。

 だがそれが原因で、これからバウマイスター騎士爵家は徐々に衰退に向かうだろう。

 大きな不満がある人は、領内で声を大にして揉めるよりも、この領地を出て行ってしまった方が楽だからだ。


「むしろ内部の人間なのに。それに気がついているクラウスさんが……」


「そうですね。私がどこかおかしいのでしょうね。このバウマイスター騎士爵領の常識でいいますと」


「クラウスか」


 エリーゼの発言に呼応するように室内に入って来たクラウスであったが、その表情には先ほどと同じく乾いた笑みが浮かんでいるのであった。

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