第88話 武芸大会前夜(後編)

「武芸大会であるか。某も、昔に一度出たのである! あれは、某がまだ可愛らしい少年だった頃……」


「(ヴェル、導師が可愛らしい?)」


「(あくまでも自称だ。軽く聞き流しておけ)」


「(だよなぁ)」




 ブライヒレーダー辺境伯の元を辞してから『瞬間移動』で王都屋敷に戻ると、そこでは導師が優雅にマテ茶を飲みながらクッキーを頬張っていた。

 実はこの人、見た目によらず甘い物が好きで、エリーゼが作るお菓子を美味しそうに食べることが多かった。

 そしてその席で、武芸大会の話題が飛び出す。


「導師、魔法禁止ってのは辛いですよね」


「大半の人は、魔法が使えないから仕方がないのである!」


 純粋な技量と経験を見る大会なので、そこに魔法や魔力を持ち込まれてもということらしい。

 もし導師が本気を出せば、どんな剣の達人でもプチっと潰されてしまうであろうからだ。

 

「ただ、規定が曖昧な部分もあり……」


 魔力の量が常人並かそれより少し多いくらいでも、その魔力を上手く身体能力に上乗せして強い人も存在している。

 ところが、こういう才能は半分本能なので、いきなり使うなと言われても難しい。

 使われている魔力量も少ないので、こういう人は黙認されているそうだ。


「判定員が魔力量を測定し、常人の平均魔力量を超える使用が確認されると失格になるのである」


「面倒なことをしてますね」


 俺、導師、ブランタークさんなどは、ちょっと魔力を使っただけで失格になってしまうそうだ。


「純粋な剣術のみか。予選一回戦負けだな」


 運よく、俺と同じような記念出場貴族に当たれば勝てるかもしれない。

 だが他は、常連出場者のプロ軍人たちに、近衛を含めて騎士団に所属している騎士たち。

 そして、見習い騎士として毎日厳しい鍛錬に明け暮れている若者たち。

 他にも名を挙げようと、在野の冒険者や浪人たちも多数出場する。

 本選に出場できるのは、百二十八名のみ。

 予選を突破するには、最低でも七回は勝たないといけない過酷な大会でもあったのだ。


「冒険者や浪人は、特に気合が入っているのである」


 成績優秀者には、貴族からのスカウトが入り易い。

 護衛や、少数の諸侯軍を強化するための即戦力として。

 この戦争がない時代、余所者が貴族家に仕えることができるかもしれない、唯一のチャンスでもあったのだ。

 

「ところで導師は、成績の方はどうだったのですか?」


「うむ。某も、父に言われて剣術で出る羽目になり……」


 導師も剣術は苦手なようで、それでもパワーはあるので予選四回戦まで行ったそうだ。

 

「凄いなぁ。予選四回戦……」


「確かに、四回戦は凄いですね」


 さらにそこに、うちの屋敷で結婚式の打ち合わせをしていたエーリッヒ兄さんたちも姿を見せた。

 ヘルムート兄さんは、現在結婚式と婿入りに向けて忙しい日々を送っていた。


「四回戦でも凄いのですか?」


「ヴェル、私は予選二回戦敗退だったんだ」


 下級官吏になったばかりの頃、その頃は純粋な上司であったルートガーさんから『お約束だから』と言われて出場したそうだ。


「一回戦の相手が、某伯爵家の跡取りでね。もの凄く弱くて助かった部分もあるんだ」


 大貴族のボンボンで、もの凄く弱かったから勝てた。

 微妙な話だけど、確かにエーリッヒ兄さんの剣の腕前は、もしかすると俺よりも弱いかもしれない。

 勝てただけでも大したものだと思うけど。


「ちなみにパウル兄さんは?」


「俺は、三回戦まで行った」


「三回戦は凄いですね」


「俺もトーナメント運だよなぁ。アレは……」


 対戦相手が、自分と同じような見習い警備隊員や、貴族の跡取りであったそうだ。


「トーナメントの隣の山がな。たまたま人数の関係でシードだったんだ。そこに、男爵家の跡取りがいてな。一回戦の相手は同じ見習い隊員で、むしろそっちの方が強かった」


 それでも、三回戦突破には違いない。

 俺も、エーリッヒ兄さんも、ヘルムート兄さんも。

 パウル兄さんを尊敬の眼差しで見つめていた。


「さすがは、我がバウマイスイター騎士爵家。もの凄くレベルが低いぜ……」


 他も、よほどの軍人家系であるとか、親が教育熱心でもないとこんなものらしいのだが。

 貴族が全員剣の名人だなんてこと、物理的にあり得ないのだから。


「参考までに言うと、俺も二回戦敗退な。初戦の相手が、同じ警備隊で俺よりも弱い奴だったから」


 そして、ヘルムート兄さんも一回戦は突破しているらしい。

 俺は少しプレッシャーを感じ始めていた。


「なんというか、まるで心躍らない話ですね。せめて一回戦は突破したい……」


「パウル兄さんのように、三回戦まで行けたら大したものだけどな。でも、現実はその程度だぜ」


 物語の主人公のように、そう簡単に奇跡的に本選に出られたり、優勝をかけて決勝戦を強敵と戦うなんて展開はあり得ないものな。

 俺には、そんなシナリオは荷が重いという現実もあるけど。


「ベテラン冒険者とかに当たってみるとわかる。呆気ないほど簡単に負けるから。そんな奴でも、本選に出場できたら奇跡って思われるんだから」


「騎士団の上の方の人たちなんて、化け物みたいに強いからな」


「パウル兄さんは、騎士団の人たちと戦ったことがあるのですか?」


「まさか、しがない警備隊員なんて相手にしてくれないさ。忙しい人たちだから」


 そんな凄腕でも、魔物退治や戦争になれば数の暴力に屈してしまうことも多い。 

 軍がそういう人材に、前線で活躍することしか期待しない最大の理由でもあった。

 勝ちたかったら、ちゃんと補給と装備と兵数のある軍を用意しなさいと。


「うちの兄弟はその程度だと考えても、エルヴィンや、イーナ嬢やルイーゼ嬢ならいけるんじゃないのか?」


「エルヴィンなら、予選五回戦くらいまではいけると思うな。トーナメント運にもよるけど」


 エルは、パウル兄さんとヘルムート兄さんからの評価が高いんだな。

 とにかく貴族の目に留まるには、予選四回戦を突破する必要があるそうだ。

 逆に言うと、そこを突破できないと困った事態になるかもしれないと、パウル兄さんが続けて言う。


「ヴェルの男爵家は、新興もいいところだろう? 従士長のエルヴィンが不甲斐ない成績だと、売込みが激しくなるかもしれないのさ」


 あの程度で従士長なら、俺の方が使えるはず。

 成績がエルよりも上で、現在求職中の連中が押し掛ける可能性があるそうだ。


「でも、剣術だけ強くてもですよね?」


「ああ、それだけで身近に置くと危険だな」


 その剣に優れた浪人が敵対している貴族の差し金で送り込まれた刺客で、雇い入れた途端に剣で刺し殺される未来など想像したくもなかった。


「とにかく、エルには頑張ってもらわないと」


 それから暫く話をした後。

 三人の兄たちは帰ることになって外まで見送りに出ると、庭まで移動したエルが剣の稽古を始めた。


「大会が近いから練習か。目指せ、予選五回戦突破くらい? ヴェルは予選一回戦突破だっけ?」


「はい、とにかく一勝ですよ」


 エルの練習を見ながら、エーリッヒ兄さんとそんな話をしているとエルがいきなり声を荒げる。


「俺は、予選突破を狙っているの!」


 現在、近衛騎士団に所属するワーレンさんから剣術を習っているエルからすると、この大会で好成績を挙げることは必須条件らしい。


「なんと崇高な目標……」


「イーナだって、時間があれば懸命に練習しているし。ルイーゼだって、そうなんだぞ」


 魔力を込められずに技のみで戦うせいで、イーナとルイーゼにもハードルが高い大会となっているようだ。

 二人の場合、別にそこまで好成績をあげなくてもいいような気もするのだけど。


「俺は、勝たねばならぬのだ」


「そうですか……」


 俺たちは、必死に剣を振るうエルに心の中で声援を送る。


「しかし俺は、予選一回戦という高い壁が……」


「ヴェルにトーナメント運があるといいね」


「本当、それのみですよ」


 エーリッヒ兄さんの発言は、俺に対してかなり失礼とも受け取れるのだが、事実なので俺はまるで気にしていなかった。

 少しは練習しておこうかな。

 エルも頑張っているから。

 そしてついに、武芸大会当日の朝が訪れる。 

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