第87話 武芸大会前夜(前編)

「まったく、あの家は……私を頭痛持ちにするつもりですか」




 翌日。

 俺は、ブライヒレーダー辺境伯に昨日のお見合いの結果を報告した。

 とは言っても、残念ながら破談しましたなんてことはあり得ない。

 いつに、どこで式を行いますとか。

 フリーデさんとした話の内容などが、主な報告内容となっていた。

 そして当然、あの話が出てくるわけだ。

 俺の実家であるバウマイスイター騎士爵家が、王都バウマイスター騎士爵家から援助だけを引き出し、自立したら連絡を絶ってしまったことと。

 援助された金を一セントも返していない件をだ。


「ブライヒレーダー辺境伯は知らなかったのですか?」


「エーリッヒさんの祝儀と同じですよ。事実を知る関係者が少ないので、世間に公にならなかった。公にされたら被害者である自分たちも恥をかいてしまう。王都バウマイスター騎士爵家は、誰にも言わないことを選択したのでしょう。だから私も知らなかったのです」


「貸した金を返してもらえないのも恥ずかしくて言えないなんて、貴族って面倒ですね」


「一つわかったのは、バウマイスター騎士爵家はそこまで計算して金を出さなかったのでしょう」


「確信犯かぁ(ケチで、爪に火を灯すのに他人に迷惑をかけるパターンだ)」


「ええ」


 ただ王都バウマイスター騎士爵家は、次代で世襲可能な職を得られたので返済を求めなくなった。

 それよりも、その件を理由にまた援助のお替りを要求されても嫌だと思ったのであろう。

 そしてバウマイスター騎士爵家の人たちは嫌な成功体験を得てしまい、それがエーリッヒ兄さんの件に繋がったと。

 

「援助名目なので、表向きは借金ではないんですよね。当然金を返した方が信用も上がりますし、次の借り入れもできるようになります。信用ができますからね。だから、普通は苦労しても返すんですよ。まともで向上心のある貴族なら」


 領地の開発が進んで余裕ができたら、利子はつけなくても金を返すのが筋だし、さらに開発を進めようと思って金を借りたい時。

 先に金を借りて返した実績は信用となる。

 前回よりも多くの金額を借りられるわけだ。

 まともな貴族ならそう考えるのだと、ブライヒレーダー辺境伯は説明してくれた。

 うちの実家の場合、あれ以上の開発は難しいと考え、金を返さず連絡を絶ってしまったわけか。


「せっかく得た役職なので、先祖はあの家に返済の催促に行かせる人手すら惜しかったんでしょうね」


 手紙を送り、返済を催促する人を旅費までかけて行かせても。

 うちの実家から、『ないものは返せない』と言われてしまえばそれまでだ。

 そもそももしそんな人手があったら、俺でも森林警護に割くと思う。

 職務の確実な遂行こそが、次世代以降の生活の安定をもたらすのだから。


「そういうのを見越して、お金を返さないんでしょうね」


 狭い当事者同士だけが知る金の貸し借りを行い、それを確信犯的に返さない。

 一種の寸借詐欺と言えるかもしれなかった。

 金額が、まるで寸借ではないとしてもだ。


「あと、せっかく得た役職にケチがつく可能性も考慮してですか?」


「ええ。大げさに騒ぎ立てて、スキャンダルにしようとする連中はいるでしょうから」


 一族に金に汚い連中がいて、彼らが仕事の足を引っ張る可能性があるので王都バウマイスター騎士爵家は森林警備から外しましょう。

 その後任者として、我が家などはどうでしょうか?

 足りない役職を得るために、ニート貴族はこのくらいの企みは平気で行うそうだ。

 なにしろ無職なので、時間はたっぷりあるのだから。


「それも考慮して、なにも言わずか……」


「結果的に、それでよかったようですね」


 王都バウマイスター騎士爵家は、余計な雑念を振り払って森林警護の職務に邁進し、結果的に騎士爵家としては裕福な家になっている。

 俺は、少しはうちの実家も見習えばいいのにと思ってしまう。

 はるか僻地にいるので、王都バウマイスター騎士爵家の仕事ぶりは見られないのだけど。


「ヘルムート殿の結婚式には私も出ます。あとは……」


 あくまでも極秘裏にだが、うちの実家が返していない援助金を慰謝料込みで王都バウマイスター騎士爵家に返済しないと駄目らしい。

 婿入りするヘルムート兄さんの将来にも関わるからなぁ。


「ヘルムート殿の結婚はエドガー軍務卿の推薦なので、結婚する両者の実家である二つのバウマイスター騎士爵家同士が絶縁状態なのは仕方がないとして……パウル殿の時もそうでしたが、また祝儀をですね……」


 エーリッヒ兄さんやパウル兄さんの時と、同じ問題に直面するわけだ。

 そういえばパウル兄さんの結婚式の時は、『エーリッヒ兄さんに立て替えてくれ』と手紙がきていたな。

 順繰りに、祝儀の立て替えるを依頼する子供が変わるわけだ。

 そういう部分は兄弟で平等なんだなと思いつつも、ヘルムート兄さんの結婚式でも、俺が祝儀を出すことになるだろう。


「結局、全部俺が出すんですね……別にいいですけど」


 お金は沢山あるので、騎士爵家三つ分の祝儀なんてどうってことはないのだから。


「いえ、それだと困るので私が出します。バウマイスター男爵が出したことにしますけど」


 ブライヒレーダー辺境伯にも、南部最大の実力者として、寄親としてのプライドがあるのであろう。

 祝儀は俺が立て替えた分も合わせて、すべて自分が払うと宣言した。


「うちの経理帳面上は、全部バウマイスター騎士爵家への貸付ですけどね」


 どのくらいの額になるのかは不明であったが、間違いなく現実に降りかかったら、バウマイスター騎士爵家を苦境に追い込む額になるはずだ。


「返済は求めまないのですか?」


「うちの先代の罪状を考えるに、黙っているしかないでしょうね」


 どちらも、叩くと埃が出る問題というわけであった。

 それでも帳面には記載されていている借金なので、その返済が催促されないのは、担当の家臣がブライヒレーダー辺境伯から言い含められているからにすぎない。

 もし代が代わると、将来大きな爆弾になる可能性を秘めていた。

 

「下手に寄子に借金の返済を求め、それが原因でその貴族の領地になにかあると、寄親の評判も悪くなるんです。そのため、寄子の借金を寄親が丸抱えというケースも多いです。寄親になると『自分も、いよいよ本物の貴族だ!』って喜ぶんですけど、本当に名誉だけで、金銭的に言えば持ち出しばかりですからね。かといってやめるわけにもいかず。大貴族ほど、辛いことは多いです」


 なんか、寄親になりたくなくなってきた。

 そんなわけにいかないけど。

 

「この話はこれで終わりとして。ところで、エドガー軍務卿の命令で武芸大会に参加するとか?」


「なんか強制らしいですね……」


 貴族ならば、最低一度は王国主催の武芸大会に出るのが常識なのだそうだ。

 うちの実家は例外なのは言うまでもない。

 

「この国で、貴族に任じられた際に言うでしょう?」


「『我が剣は~』というやつですね。覚えてます」


「たとえ、戦場の真の主役が弓と槍でも。戦略級の威力を誇るような魔法が戦争で使われないよう、両国の間で秘密紳士協定が結ばれていても。貴族は華麗に剣を振るってこそですよ」


「はあ……」


 貴族は、華麗に剣を振るってこそ尊敬される……軍人以外の貴族にそんなに多くの剣の名人が存在しているのかな?

 全貴族の中で、俺も含めて剣をちゃんと扱える貴族がはたして何人いるのか? 

 ちゃんと調べることができても、世間への公表は躊躇われる。


「ちなみに私も、若い頃に出たことがあります。義務ですから」


 まだ爵位を継承する前、やはり一度だけ出場したことがあるそうだ。


「どうでした?」


「見事に予選一回戦負けです。私は剣の才能がマイナスな男ですから」


 子供の頃に剣の先生から、『練習中に怪我だけはしないでくださいね』とだけ言われていた生徒であったらしい。

 さすがの俺でも、そこまでは酷くなかったはず……だよね?


「実は予選一回戦負けでも、特に問題はないですけどね」


「そうなのですか? ブライヒレーダー辺境伯は軍人じゃないから?」


「別に軍人でも、そう問題というわけでもないですよ」


 ただ決まりとして、貴族及び跡取りは、最低一回は出場するようにと言われているだけ。

 軍人及び軍人志望の場合、武芸大会の成績が軍での出世に関わるかどうか。

 参考にされるのは、それは中級指揮官までらしい。


「上級指揮官になりたければ、指揮能力とか、後方担当能力とか、色々と必要ですしね。剣を振るっていれば片付く問題ではないのです」


 一軍の総大将が、その優秀な剣技で敵を次々と斬り倒していく。

 という戦況になったらその時点で負けなので、剣の腕はさほど重視されないそうだ。

 むしろ大軍を整え、補給を含めた後方支援体制を確立し、的確に全軍の指揮を行える者。

 演習の時に指揮能力などの査定を受けるそうで、ここで評価されないと出世できない仕組みだそうだ。


「腕っ節だけ強くても、前に出されて終わりでしょう?」


「まあ、そうですね」


 軍人なのだから、偉くなるには軍勢を率いる能力が必要となる。

 ただの剣の達人では、有名な冒険者か、剣術師範か、前線で有能な小隊長くらいで終ってしまうであろう。


「それに、バウマイスター男爵は軍人にはならないのでしょう?」


「はい」


「じゃあ問題ないですね。目標が予選一回戦突破でもいいじゃないですか」


 少し情けないような気もするが、今から努力して剣が上手くなるわけでもない。

 ブライヒレーダー辺境伯の言うことは正しかった。


「バウマイスター男爵には、竜をも殺す魔法があるからいいじゃないですか。私なんて、それすらないんですよ」


 男爵以上の貴族が、武芸の達人である必要はないそうだ。

 むしろ腕っ節がイマイチで、家臣としてそういう人を雇わなければならない、という状態こそが好ましいと。


「なんでもできると、嫌味に思われますしね。それで、武芸大会の詳細ですが……」

 

 剣術、槍術、弓術、素手か手甲による格闘術の部門に別れているとの、ブライヒレーダー辺境伯からの説明であった。


「個人的には、弓の部に出たいです……」


 王国有数の名人などと自惚れてはいなかったが、一番マシな成績になるような気がしたからだ。


「残念でしたね。貴族家の当主と跡継ぎは、必ず剣術の部門に出場しないといけないんです」


 貴族は『我が剣は~』なので、必ず剣術の部門なのだそうだ。

 そこは建前なんだから、少しは融通を利かせてくれてもよかったのに。


「しょうがない。駄目元で……(待てよ。魔法で色々と強化をすれば……)」


「ああ、先に言っておきますけど、全部門で魔法や魔力の使用は禁止です。あくまでも、純粋な技を見るための大会ですから」


 ブライヒレーダー辺境伯の言葉に、俺の最後の希望が音を立てて崩れ落ちるのであった。

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