第81話 胡散臭い不動産屋(後編)
「まずはこのお屋敷です」
「えっ、ここ?」
胡散臭いリネンハイム氏の案内で、一軒目の屋敷へと案内される俺たち五人であったが、まず一軒目から嫌な予感しかしなかった。
広さとか屋敷の間取り以前に、屋敷の塀の外にまで禍々しい黒い霧のようなものが滲み出ていたからだ。
「思いっきり、瑕疵物件のような……」
「はいっ! この屋敷を所持していた伯爵様ですけど、あまりお性格がよろしくなかったようで、家臣の方に惨殺されまして。それはもうバッサリと」
「いきなり酷い前歴だな……」
それ以降、斬り殺された伯爵の霊が現れ、その伯爵の霊が周囲の浮遊霊たちを集めて屋敷を占拠してしまった。
例外である、魔物の領域外に出る魔物アンデッド、レイスの親玉になってしまったわけだ。
「なんで浄化しないんだ?」
「代金が、とてもお高いからですねぇ」
家臣によって惨殺された伯爵は、性格が悪いだけでなく経済観念も悪かったらしい。
浪費癖のせいで嵩んだ借金を返すべく、彼の死後に遺族が売りに出したのだが、購入希望者が屋敷を見に来るとレイスとなった伯爵が妨害に現れ、ついには誰も屋敷の購入を希望しなくなったそうだ。
購入者は屋敷が欲しいのであって、レイスなどいらないので当然とも言える。
「浄化の聖魔法が使える魔法使いに頼むと、最低でも三十万セントは取られますからねぇ。売るための先行投資とはいえ……」
「三十万セント……素人は高いと感じるのでは?」
「ヴェンデリン様、このお屋敷の状態ですと、そのくらいが相場ですよ」
「そうなんだ」
浄化するアンデッドの数や強さによっても違うそうだが、相場はそんなものだとエリーゼが教えてくれた。
幽霊屋敷の敷地内で浮遊霊たちを率いているレイスの浄化料金としては、決して高くはないそうだ。
「購入希望者たちを脅しているうちに、段々と凶暴化してしまいましてね。周辺の浮遊霊たちをつい最近まで引き寄せ続けていましたから」
「中に入るとえらい目に遭いそうだな」
「最悪、死んでしまいますから」
「おいおい、そんなお屋敷で大丈夫なのかよ……」
エルが心配そうに屋敷に視線を送るが、今のところは塀に封印が施されているので外に出る心配はないようだ。
よく見ると、この封印は教会が施したみたいで、お札に教会のマークが書かれていた。
「最後まで、面倒を見ればいいのに……」
「教会がですか? それは難しいと思います」
教会に頼むと除霊代金はかからないが、同額のお布施を要求されるそうで……結局同じゃないか!……お金がないと浄化はしてくれないわけだ。
それに、教会に所属する高位の聖魔法使いたちは、エリーゼを見ればわかるとおり忙しい。
大半の魔力を、教会を訪れる病人や怪我人の治療などに使ってしまうか。
どうせ大した寄付金は取れないが、割り切って評判と名声のために貧しい人たちの依頼を優先してしまうからだ。
勿論、ちゃんと寄付金を出す大金持ちたちも、同じくらい優先するのは言うまでもなかったけど。
「大浪費癖を諌める家臣を斬ろうとして、逆に斬られた伯爵様のレイスですからね。封印のおかげでもう外部に迷惑はかからないですし、無理に浄化しても教会が世間から絶賛されるわけもないですしね」
いくらその伯爵の評判が悪くても、教会がこの屋敷を浄化したとして、世間からの称賛は期待できないはず。
なぜなら、伯爵は評判が悪かったが、王都の平民たちに迷惑がかかったわけではないからだ。
迷惑を被っていたのは家族と家臣たちだけ。
もしかすると浪費癖のせいで、王都の住民たちからすれば、気前のいい貴族様という評価だったのかもしれないのだから。
「本音……偽らざる教会の本音……」
「この伯爵様のレイス。相当に頑固なようで、以前に教会の聖魔法使いが失敗しているんですよね」
「それで余計に強くなったんですね……」
「正解です! さすがは、聖女様」
エリーゼの言うとおりで、悪霊を浄化しようとして失敗すると、抗生物質に打ち勝ったウィルスのように、聖魔法への耐性がついて強くなってしまうのだそうだ。
「浄化に失敗したけど、それを公にするのは恥なので。とりあえず、封印だけして帰りましたよってこと?」
「大正解です! さすがは、バウマイスター男爵様」
「いや、そんなんで褒められても……」
というか、このリネンハイム氏は、俺にこんな物件を勧めてどうしようというのか。
「ねえ、肝心の伯爵家の家族はどういう考えなの?」
ルイーゼは、屋敷を売りたい伯爵家の状況を質問した。
「どうしてなにもできずに手を拱いているんだろうな。その伯爵の家族はバカか? 金を借りてでも浄化して、それから売ればいいのに」
「それが借金が多すぎて、誰も貸してくれないんですね。私もご遠慮願いたいかなと」
さらに、浄化が100%必ず成功する保証がないという点もある。
実際に隠してはいるが、教会も一回失敗しているのだから。
それに、失敗しても前金で半額は取られてしまう仕組みで、借金を増やしてまでの浄化を躊躇したというのが真相なのであろう。
教会が失敗した物件の浄化などという大博打で、前当主の大借金のせいで商人たちのブラックリストに載っている伯爵家に、金を貸す商人がいなかったというのもある。
貴族なので、借金で爵位や領地を奪われることは滅多にない。
だが、家が傾いているのも事実で。
仕方なく遺族たちは、土地と屋敷を塩漬けにしたまま、辛うじて上級貴族街にある小さな屋敷へと引っ越したそうだ。
「商人が、返済されるかどうかわからないお金なんて貸しませんからね」
当然であろう。
金を借りた貴族の方が身分が高いせいで、借り逃げをして返さないという選択肢を取る貴族たちも、昔は多かったと聞く。
そのせいで、商人が貴族に金を貸さなかった時期もあったそうだ。
ただ、貴族というのはどうしても臨時で大金が必要な時もある。
一部の不埒な貴族たちのせいで、多くのまともな貴族たちが商人から金を借りられず苦労する羽目になってしまった。
さすがに今は、王国に訴えれば借金の返済命令が出されるようになった。
だが、命令は出ても『ない袖は振れない』し、やはりなかなか金を返さない貴族とのやり取りは疲れてしまう。
利息で儲かるということはまずないので、やはり駄目な貴族には金を貸さない方がいいという結論に至るのは、これはもう当然と言えた。
そういう貴族に頼まれても、あまり恨まれないように上手く断る。
こういう能力も、政商クラスになるには必須なのだそうだ。
前に、アルテリオさんがそう言っていたな。
「屋敷の中を見ようにも、封印されていて入れないじゃないか」
「評価額は一千万セント以下ということはないです、はい」
「屋敷は立派だものな。土地も広いし」
しかし、その屋敷の屋根は伯爵のレイスによって集められた浮遊霊たちの集会所になっていた。
封印されて外に出られなくなったので、屋根の上で暇を潰しているようだ。
パっと見た感じ、非常にシュールな光景で少し笑えたが、実際には厄介なことこの上なかった。
この世界において、幽霊とはそう珍しい存在ではない。
やはり見えてしまうというのが一番大きいと思う。
前世において霊感がゼロであった俺にでもよく見えるのだから、この世界で幽霊の存在を否定する人はいなかったのだ。
見えるということは邪魔なので、浄霊ができる魔法使いや聖職者が重宝されるということにも繋がるのだけど。
「でもさ、ヴェル。法衣男爵の屋敷にしては立派すぎないか?」
エルの懸念はもっともであった。
いくら竜殺しの英雄の屋敷でも、男爵が過分な屋敷に住めば文句を言う輩も出てくるのだから。
暇な奴だなと俺も思うのだが、そういうことに拘る貴族は実に多かった。
「では、他の屋敷に行くか」
「えーーーっ、せっかくだから見て行きましょうよ」
「そのために、俺が浄化するってか。そんな手には乗せられませんよ」
「やはり駄目でしたか……」
冗談なのか、本気なのか?
リネンハイム氏は、俺が無料で屋敷の浄化をすると思っていたのであろうか?
ガックリと肩を落としていた。
「では、相場の三十万セントで」
すぐに立ち直って、胡散臭い笑顔と共に俺に浄化の依頼をしてきたけど。
「仕事かよ! って、俺は見習い冒険者なんだけど」
「ホーエンハイム枢機卿から、バウマイスター男爵様は、教会の名誉司祭であると聞いておりますです。はい」
「初耳だぞ……」
この場合、兼任先が教会なので冒険者ギルドからは文句は出ないらしい。
そういえば、冒険者でも治癒や浄化を使える神官をメンバーに加えているパーティは存在していた。
魔法使い自体が希少なので、その数はとても少なかったけど。
「ヴェンデリン様は、本洗礼を受けていますから」
名誉司祭の件であったが、本洗礼を受けるとそういう扱いらしい。
今、エリーゼが教えてくれた。
名誉付きなので、本洗礼を受けた人たちに司祭としての義務は一切ないそうだが。
やれと言われてもできないし、教会側も頼むつもりはないからなにも言われなかったのであろう。
だが俺に限ってはなぜか浄化を頼まれてしまい、ただ理不尽さを感じていた。
「俺、こういう浄化の経験がないんだけど……」
俺が今までに使った聖浄化魔法は、師匠を成仏させ、骨竜を浄化した『聖光』のみであった。
このような、決められたエリア内で効果を発揮する聖浄化魔法は経験がなかったのだ。
「それでしたら、聖女様に教えてもらえばよろしいかと」
それにしても、このリネンハイム氏はなにを聞いても答えが早いな。
きっと、ホーエンハイム枢機卿から事前に教わっていたのであろう。
瑕疵物件に俺を案内し、そこを浄化させて誰がどんな利益を得るのか?
そういう類の話なのであろうが、試しに相手の思惑に乗ってみることにする。
一回くらいなら、これも練習であろう。
「それもそうか」
「いえ! いけません!」
ところが意外にも、エリーゼは厳しい口調で俺にエリア浄化魔法を教えるのを拒んだ。
「少し練習して、いきなり本番なんて危険すぎます! それに、お祖父様もお祖父様です! お屋敷を紹介してもらうだけの話なのに、なぜ悪霊に憑り付かれた物件の浄化を、ヴェンデリン様がしないといけないのです?」
「聖女様?」
エリーゼが激高するシーンなんて、俺たちは初めてであった。
ホーエンハイム家の聖女という評判からは想像もつかないエリーゼの怒りっぷりに、胡散臭いリネンハイム氏も驚いているようであった。
「ヴェンデリン様は、とてつもない魔力を持つ魔法使いですが、なんでも完璧にすぐにできるというわけではないのです。特にこういう浄化などは、経験者と共に見習いを経てから。それが常識です」
「聖女様……」
いくら魔力があっても、強力な魔法が使えても。
相手は普通の魔物とは違う、実体がないアンデッドなので、憑り付かれたりして危険なこともあるのだと。
エリーゼは、珍しく強い口調で説明をしていた。
「あのですね……」
「ホーエンハイム枢機卿は、こう仰った。『バウマイスター男爵殿に相応しい屋敷を紹介せよ。お前が仲介していたり、買い叩いた瑕疵物件の浄化を頼んでもいいが、当然屋敷は無料だよな?』と」
「あの、値引きは約束……」
「エリーゼ、何軒か浄化したら、無料で屋敷をくれるってよ」
リネンハイム氏が何か言おうとするが、俺はそれを押しのけてエリーゼに屋敷は無料で貰えるのだと伝えた。
浄化をすればという条件がつくけど。
「まあ、それでしたら内助の功です。ヴェンデリン様に、正しい浄化をお教えするいい機会ですし」
「あの、値引き……」
「このまま、帰ってもいいか?」
「無料で……ご提供させていただきます」
ここで、俺やホーエンハイム家の聖女を敵に回す愚は避けたかったのであろう。
彼は素直に、屋敷の無料提供を約束した。
どうせその頭の中では冷静に、どの物件を浄化させると一番利益が出るかを計算しているんだろうけど。
「ちなみに、男爵邸の相場は?」
「四百万セントくらいが平均かと」
「受けて、四件だな」
「そんなご無体な……」
とは言いつつも、まずはこの伯爵邸が浄化目標らしい。
きっと、普通の物件に戻って相場で売れると、リネンハイム氏がもの凄く儲かる仕組みになっているのであろう。
「エリーゼ、俺も手伝うから」
「では、まず最初に『聖障壁』の魔法を……」
『聖障壁』とは、アンデットや悪霊の浄化を行う時には必須の魔法であるらしい。
己を聖属性の魔力の壁で囲み、浄化を唱えている最中にアンデッドからの攻撃を防ぐのだそうだ。
普通の『魔法障壁』とは違い、相手がアンデッドなので物理防御力よりも魔法防御力を優先した防御魔法であった。
「アンデッド初期の悪霊及びレイスなどは、実体がない残存意志と魔力の結合体ですから」
一見、物理攻撃のような一撃でも、実際には魔力の塊で殴られているのだそうだ。
よって、その攻撃を防ぐのなら、『聖障壁』が絶対的に有効という結論になる。
「ヴェンデリン様は『聖障壁』を展開してください。私が、広範囲への浄化を唱えますから」
俺は、エリーゼと共に問題の伯爵邸へと入った。
張り巡らされた結界は、これはあくまでも結界内の霊的なものを外に出さないためのもので、外部から人間が入る時に障害はなかった。
ただ、侵入者の気配にレイスたちは敏感であった。
すぐにこちらを見つけて、体当たりなどで攻撃を仕掛けてくる。
「シネイ!」
「シャッキンガワルインダーーー!」
「パイオツノデカイ、ナーオンツレトカ! コロス!」
生前の残留思念なのか、今の心情なのか?
本能の叫び声をあげつつ、レイスたちは俺たちに攻撃を続ける。
だがその攻撃は、俺が展開している『聖障壁』によってすべて防がれてしまった。
『聖障壁』自体は、普通の『魔法障壁』とそう出し方が変わらないので、俺は苦労なく習得している。
「単独での浄化って、危険なのか……」
「はい、魔法の同時展開が使える人なら大丈夫ですけど」
「あっ、俺は三つまで使える」
「凄いですね。あの、エリア浄化を使います」
俺が展開する『聖障壁』の中でエリーゼが祈りを捧げ始めると、次第に彼女の体が白い光のような物で包まれ始める。
そして十数秒後。
その光は、結界内にある屋敷の土地すべてに広がっていった。
屋敷の敷地内限定で、エリーゼの聖『浄化』魔法が展開されたのだ。
「ホワァ……」
前に視線を戻すと、俺たちを攻撃しようと親玉である豚……じゃなくて、前伯爵のレイスがこちらに迫っていたのだが。
彼は浄化の光を全身に浴び、その表情をトロけさせていた。
「キモチイイ……」
「コノママ、テンニノボルヨウナキブンダァ……」
「カラダガ、カルクナッテイクゥーーー」
前伯爵のレイスに従っていた悪霊たちも、エリーゼの浄化魔法を受けてトロケそうな表情を浮かべ始める。
「他の悪霊たちもか……」
「はい。いかなる理由があっても、彼らは元は人間なのです。自ら、神の世界へと上るお手伝いをする。これが浄化だと私は考えます」
エリーゼの浄化は、悪霊たちを気持ちよくあの世に送る魔法のようだ。
まあ、こんなに可愛い女の子がかけてくれる浄化魔法なら、豚……じゃなくて前伯爵も、気持ちよく天国へと向かうであろう。
「(あの伯爵、地獄行きかもしれんけど……)エリーゼは、凄いなぁ」
治癒魔法に、あの性質の悪かった悪霊たちを一気に昇天させる浄化魔法と。
なるほど、エリーゼはホーエンハイム家の聖女と呼ばれるに相応しい女性のようだ。
「さて、次は俺だな」
「次はですね。ある有名な元侯爵屋敷なのですが……」
魔力量の関係で、残り三件は俺が浄化をする事になった。
もの凄く参考になる見本があったので、きっと上手くいくであろう。
先ほどと同じく、万が一の時のためにエリーゼに『聖障壁』をかけてもらいながら、俺たち二人は同じく瑕疵物件である元侯爵邸の敷地へと侵入する。
先ほどと同じく多数の悪霊たちが襲いかかるが、それらはすべてエリーゼの『聖障壁』によって防がれ、その間に俺が準備していたエリア浄化が発動した。
「なんか、えらく光が強くないか?」
「眩しい。ヴェル、ちゃんと魔力量を調整した?」
外にいるエルとイーナから苦情の声があがるが、俺はそんなに大量の魔力を込めたつもりはない。
それに、威力が弱すぎて悪霊に耐性をつけるよりはマシなはずだ。
実際、悪霊たちは俺の『エリア浄化』でもがき苦しんでいた。
「イヤダ! ジゴクハイヤダ!」
「カラダガ、キエテイク!」
「タスケテ!」
「あれ? おかしいな?」
昔、師匠を成仏させた時には、師匠は俺の聖魔法を心地良いと褒めていたというのに……。
この悪霊たちは、なぜかモガキ苦しみながら消えていってしまうのだ。
「エリーゼ、これは?」
「あの……、ヴェンデリン様の『エリア浄化』の威力が強いのだと……」
「問題はないんでしょう?」
「はい、威力が弱すぎるよりは……」
師匠は語り死人になって、余計に対魔能力が増していた。
だからこそ、当時は俺の全力であった聖浄化魔法を心地良いと言って成仏したのだと。
エリーゼは、そのように理由を解説していた。
たとえるなら、アームストロング導師の凝っている肩を鉄ハンマーで叩いても、彼なら『気持ちいい』と言うのと同じことなのだと。
「ヴェンデリン様のお師匠様は、噂どおり相当に優れた魔法使いであったようですね」
だからこそ、俺の強力な浄化魔法でも心地良いと感じながら成仏していった。
逆に悪霊たちにとっては、容赦なく自分たちを地獄へと送る業火のような魔法であったと。
「まあ、効果はあるんだし問題はなくね?」
「ええと、ないですね……」
あるとすれば、悪霊たちがもがき苦しみながら強制的に成仏させられるシーンを見ている、俺以外の人間の精神状態にあるのかもしれなかったが。
エリーゼも、どこか困ったような表情をしていた。
「なんか、ヴェルの方が悪役みたい……」
「ふっ、俺は悪党には容赦しないのさ」
その後、残り二軒の評価額の高い貴族屋敷の浄化にも成功し、そのお礼に男爵に相応しい屋敷を得ることに成功した。
しかし、この二軒も相当に酷い屋敷であった。
『さる侯爵様のお屋敷なのですけど、数年前に書斎で愛妾の方に惨殺されましてね』
実際、書斎の壁には血しぶきの跡が生々しく残っている。
ただ、この屋敷はみんなで入っても悪霊の妨害がなかった。
この屋敷の悪霊には少し知恵が残っていて、屋敷の購入者が実際に住むようになってから脅しにくるのだそうだ。
『嫌らしい精神だな』
確かに、エルの言うとおりであった。
屋敷ごと浄化して、地獄行きが相応しいレベルだ。
『うへぇ……。血しぶきくらい掃除しなよ』
あと、一つ気になることがあった。
せっかく購入しないと脅しにこないのだから、せめてその血しぶきの跡は掃除した方がいいと、俺はリネンハイム氏に注意した。
このくらいは商売の基本であろうと。
『バウマイスター男爵様。私は、王都一との評価を受けている高級物件専門の不動産屋です。言われるまでもなく、管理物件の掃除は確実に行っておりますです。はい』
『じゃあ、これは?』
『何度掃除しても、また血しぶきの跡が出てくるんです』
『怖っ!』
『相場は八百五十万セントですから、無料ではちょっと……』
『いや! いらん、いらん!』
今のところ悪霊の姿は見えなかったが、入居と同時に嫌がらせにやってくる根性が悪い悪霊と、彼が起こす怪奇現象連発で、すぐに購入者が出て行く元侯爵の屋敷。
これも、すぐに『エリア浄化』で普通の物件に戻ったけど、肝心の悪霊の姿や、断末魔の声が聞けなくて、ちょっと実感がなかったな。
リネンハイムが、存在しない悪霊の浄化で報酬を払うわけがないので、本当に存在はしたのだろうが。
『ワカイオトコォーーー!』
『なぜ俺がぁーーー!』
『なあ、アレは?』
そして、いよいよ最後の一軒となる。
今エルを追いかけ回しているのは、この屋敷の持ち主であった伯爵様の妹君の霊であった。
彼女は運悪く、生涯独身であったそうだ。
結婚できなかった未練から、屋敷に悪霊となって居残っているそうだ。
浄化に来た男性の聖魔法使いに興奮して襲いかかり、女性の聖魔法使いだと意地と根性で浄化に耐え切ってしまう。
今では、王都でもっとも浄化が難しいとされている霊の一人であった。
なぜかとてもエルを気に入って、懸命に追い掛け回しているようであったが。
彼が剣で容赦なく斬り裂いても、相手は悪霊なのでまるで効果がない。
悪霊の方も、『ゲンキガアッテ、ステキ!』とエルを懸命に追い回しているようだ。
『エルが結婚してあげれば、成仏するかも』
『そんなバカな話があるかぁーーー! ヴェルが結婚してやれーーー!』
必死に逃げ回りつつも、エルは俺の発言をちゃんと聞いていたようだ。
俺に、憎まれ口を叩いていた。
『嘘だよ。来世で良縁があらんことを』
確かに、人を傷付けるタイプの悪霊ではなかったが、その執念が恐ろしいほどの対聖能力を身に付けさせたらしい。
早く浄化した方がいい悪霊ではあった。
『オトコノジョウカァーーー』
伯爵妹の未婚霊は、師匠と同じく俺の『浄化』で気持ちよさそうに成仏してしまう。
しかし、この対魔能力。
彼女が生前、魔法使いでなかったことが悔やまれるレベルだ。
『男の聖魔法なら誰でもよかったのでは?』
『いえ、普通の男性聖魔法使いですと、効果がないどころか逆に……』
そのまま抱き付いてキスをしようとしたり、その魔法使いが最高出力で放った『浄化』に余裕で耐えて投げキッスをしたりと。
今まで数名の魔法使いたちに、最悪なトラウマを植え付けたそうだ。
『物件自体の質はともかく、瑕疵の内容が酷い』
『はい、酷いゆえに解決すると儲かるわけです。はい』
『この四軒の浄化で、男爵に相応しい屋敷。実は儲かっている?』
『いえ! これは、私の一方的なサービスでして』
『(嘘臭いなぁ……)』
この半日ほどリネンハイム氏といて気がついたことは、やはりこの人はとてつもなく胡散臭いという事実であった。
「おんや? 坊主はこの屋敷を買うのか?」
「ええ。正確には浄化のお礼に貰う、ですけど」
「ふうん、このお屋敷をねぇ……」
浄化のお礼でリネンハイム氏から貰う予定の屋敷は、ブライヒレーダー辺境伯様の王都屋敷の隣であり、屋敷を見ているとブランタークさんが声をかけてきた。
「坊主、早速ホーエンハイム枢機卿に利用されたってか?」
「エリーゼからは『聖障壁』と『エリア浄化』を教えてもらえたし、四軒の浄化で男爵に相応しい屋敷を貰えた。悪くない取引ですよ」
それと、エリーゼがやっぱりいい娘なのが再確認できてよかったというのもあったな。
「まだまだ甘いな。坊主はよ」
「甘い? どうしてです?」
「上級貴族街には、ろくでもない理由で瑕疵物件化している屋敷が多いからな。報酬の支払いとか、所有者の権利関係が複雑で、浄化もされずに放置されている屋敷も多くあるんだよ」
「リネンハイムは、その物件を再生して売っていると?」
「駄目元な物件が多いから、不動産屋のリネンハイムの奴が取り分が多い仕組みになっているんだな。あいつが、一セントだって損を切るわけねえだろうが」
ブランタークさんは、リネンハイム氏のことを知っていたようだ。
なら、もっと早く教えてくれてもよかったのに。
「お館様に相談しないから、胡散臭いのを紹介されるんだよ」
「本当、胡散臭そうな人だった……」
今回はそれに加え、ホーエンハイム枢機卿が少しだけ手を差し伸べたということのようだ。
アンデッド古代竜すら浄化した俺が、エリーゼから指導を受けて実地で瑕疵物件を浄化する。
そのお礼に屋敷を貰い、上級貴族向けに少しはためになることをしたと思わせる。
他にも、名誉司祭である俺の浄化実績は、所属している教会の実績でもある、ということなのであろう。
というか、屋敷を買う金ならあるから、普通の不動産屋を紹介してほしかった。
「いい屋敷ですけどね。苦労して手に入れた甲斐がありますよ」
「夜中に、この屋敷の主に殺されたメイドのレイスが出るけどな。このレイス、自分を殺した男爵をバラバラに切り裂いてな。男爵以外は、脅すだけで襲わないんだけど」
「そんなことだろうとは思ったよ!」
俺はもう一軒、追加で浄化をする羽目になった。
いくら浄化したとはいえ、よくこんな物件に平気で住めるなと思わないでもなかったんだが、上級貴族のお屋敷で曰くがない物件なんてまず存在しないそうだ。
それに、なぜか浄化をするとそういうことが気にならなくなるんだよなぁ。
「本当、浄化って不思議」
俺は、ようやく屋敷を手に入れたのであった。
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