第68話 婚約者選定の舞台裏(後半)
「しかし、当事者である余が言うのもどうかと思うが、王族や貴族の婚姻とは面倒なものよの」
「某としましては、傍流王族でもよかったと思うのですが。エリーゼのおかげで、いい義甥ができたことには感謝ですな」
「あの娘はとても美しいし心根もよい。あの少しひねた部分のあるバウマイスター男爵に相応しいであろう」
「家族のせいなのか知りませんが、そういう部分は確かにありますな」
夜、王城のある余の私室において。
この国の国王たる余ヘルムート三十七世は、唯一本音を口に出せる親友クリムト……アームストロング導師のことだ……と、ワインを飲みながら話をしていた。
室内には、この二人のみ。
この部屋に入れる人間は、本当に数少ない。
余の正妻と、男性では二人の王子たちと、クリムトのみであった。
クリムトとは子供の頃から共に教育を受ける仲であり、時には一緒に街に脱走し、お忍びで遊びに出かけた仲でもある。
すぐに見つかり、二人してまだ存命であった父から死ぬほど叱られたのをよく覚えている。
成長していくと余は次第に自由がなくなり、逆にクリムトは実家であるアームストロング伯爵家を出て冒険者となり、魔法の修行を始めた。
自由な彼が羨ましかった余は、定期的に外の世界の話を聞かせてもらったものだ。
その話を統治に生かしたこともある。
クリムトは余の幼馴染にして、竹馬の友であったのだ。
「バウマイスター男爵の出自は、騎士爵家の八男。『王族の娘などもってのほか!』、などと言う輩が多くての」
「そう言っておきながら、今度は恩着せがましく、どうしてもと言うのならと言っておいて、アレですか……」
貴族同士の結婚には、どうしてもこの問題が付き纏う。
双方の家格が釣り合うかどうかだ。
だが、常にタイミングよく全員の条件が合うわけではない。
結果、王族や大物貴族に限って、大年増になっても余っている娘?が増えてしまうのだ。
嫁がない娘を養う財力があるというのも、そういう女性を増やす要因となっていた。
結婚できずとも死ぬまで養えるからこそ、上の家ほどそういうお嬢さんが増えてしまうのだ。
家格が下の家に養子に出し、そこから嫁がせるという手もあるのだが、それは向こうが養子として欲しないと難しい。
結果、王族にも年増扱いされている娘が数名存在していた。
「アンネリーゼ三十五歳、ディアーナ二十九歳、ヘルミーネ二十七歳、ヒルデガルト二十五歳。バウマイスター男爵には財力もある。押し付けてはどうかと言う意見もあっての。さすがに一喝して抑えたが……」
「某なら、アーカート神聖帝国に亡命しますな」
「余も、クリムトやバウマイスター男爵と同じ立場ならそうするかの」
王族の娘なので、我が侭で気が強く浪費家な女性が多い。
クリムトは、彼女たちの中の一人でもゴメンだと言い放った。
最初は少なかった魔力が三十歳を超えてからも増え続け、ついに王宮筆頭魔導師に相応しいと推薦されるまでになった時。
バウマイスター男爵と同じように、王族の娘?を正妻とした方がいいと言い始めた貴族たちがおり、クリムトも同じ苦労していたからだ。
まあクリムトの場合、彼を怒らせた貴族たちはみな、背筋を凍らせる羽目になったがの。
正妻はともかく、二番目と三番目の側室が平民出身だから序列を下げた方がいいと言い放ち、その貴族は王城内で大小を漏らして大恥をかく羽目になった。
その話を聞いた時は、余も大いに笑わせてもらったが。
「余から見ても、嫌がらせにしか見えないからの」
王族から娘が降家してくる。
普通に考えれば、貴族の名誉にして最高の恩賞とも言える。
だがその内情を見ると、悪質な嫌がらせにしか見えなかった。
「子が産めるかどうかもわからず、男爵の資産を食い潰すわけだ」
その前に、圧倒的に元の身分と年齢が上で、夫を尻に敷こうとするだろう。
彼女たちを唆して、バウマイスター男爵の資産を抜こうとする貴族たちも出てくるはず。
まったく、役立たずの宮廷雀どもは余計なことばかり。
そもそも、竜殺しの英雄ならそんな妻に反発して喧嘩になる可能性も……その前にアーカート神聖帝国に逃げてしまいそうだな。
「勧めた連中もそれが狙いでしょう。彼女たちに取り入って、バウマイスター男爵から援助や借金を掠め取る」
「まさに寄生虫だな」
わずか十二歳にして竜を二匹も倒して男爵になった英雄であり、その資産は無視し得ないものとなっている。
相手が強力な力を持つ魔法使いなので、正面切って張り合ったり嫌がらせをしたりはしないが、こういう絡め手で力を削ごうと考える。
生来の習性とはいえ、『貴族という生き物は……』と考えさせられることも多い。
「まったく、どいつもこいつも……」
こうやって、たまに優秀な者が下から出てくると、下らない妨害を仕掛けようとする。
彼らの行動が、これまでどれほど王国の発展を邪魔してきたか。
『戦争があったら、数減らしで最前線に送り出してやるのに』などと思ってしまうほどだ。
「しかし、現在の少年には金が集まりすぎです」
「心配はなかろう」
無駄遣いをしている気配もないし、聞けば、教会に大金を寄付している。
一見無駄な出費に見えるが、教会を蔑ろにすると国王でも足を掬われるケースが多く、これからのことを考えると白金貨十枚は無駄な投資ではない。
あのホーエンハイム枢機卿ですら、『子供なのに侮れない部分がある』と感心していたくらいなのだから。
ホーエンハイム枢機卿は、本洗礼後のお茶会で出たエリーゼや自分へのおべっかは、お芝居でやっている可能性があると報告してきたのだ。
完全な買い被りで、ただ自分はモテない男だと勝手に思っていたとも……真相はわからないが、あのホーエンハイム枢機卿が気に入るのだから、バウマイスター男爵は期待の若者というわけだ。
「心配ない? ということは……」
将来、余がバウマイスター男爵に領地を与えるつもりなのかと、クリムトは考えたようだ。
相変わらず、見た目に反して鋭い男よ。
「そなたの予想どおりだ」
将来バウマイスター男爵には領地を与えて、そこを大々的に開発させる。
資金は十分にあるのだ。
きっと王国の発展に寄与してくれるはずだと、余は考えていた。
「とはいえ、男爵はまだ十二歳。焦っても仕方があるまい。大人になって経験を積み、それからでも遅くはない。ただ……」
自分だけでなく、他の大物貴族や閣僚たちがどう考えるかだ。
場合によっては、それが早まる可能性もあるのだから。
いくら余が一国の王とはいえ、大物貴族たちをコントロールするのはとても難しい。
「ブライヒレーダー辺境伯などは、腹に一物あるようですな」
長年の知己であり、優れた冒険者にして魔法使いであるブランタークを雇えたブライヒレーダー辺境伯を、クリムトは優れた貴族だと評価しているのであろう。
余としては、中央の擦れた法衣貴族連中よりは話がわかるので、利益が反しない間は意見を同じうできるはずだ。
「南端未開地の扱いであろう?」
ほとんど誰も到達すらできていない土地だが、あのリーグ大山脈を越えて、その端にしがみ付くことに成功したバウマイスター騎士爵家が書類上の主になっていた。
とはいえ、ただしがみ付いただけで、ろくに開発もできていなかったが。
「しかし、どうしてあの家の所有のままなのです?」
「余も中央の大貴族たちも、その気になれば開発の義務を怠った職務怠慢の罪で取り上げられるからの」
すでに百年以上も放置しているのだ。
騎士爵家に相応しい広さの土地以外、すべて取り上げれば済む問題だと、中央の大貴族たちは考えていた。
その内に開発計画が出るかもしれないので、その時までは面倒なので放置。
そういうことになっているのだ。
「今となっては、バウマイスター男爵の存在もある」
バウマイスター男爵への、領地分割命令という手も使えるのだ。
その時には、本家よりも分家の方が圧倒的に領地が広い状態になるはずであった。
こうも王国の歴史が長いと、本家と分家の力関係が逆転した貴族家などそう珍しくもない。
たまたま、バウマイスター家もそうであったということだけだ。
「いい神輿ができたと、そう思っておるのであろうな。だが男爵はまだ子供。竜討伐に動員してしまった余の罪は重いが、今は普通に過ごす時間も必要であろう。婚約者との顔合わせもあったのだから、しばらくはエリーゼと仲良くしておればいいのだ」
それにだ。
いくら優秀な魔法使いだからといって、すぐにいい貴族や魔導師になれるというわけでもない。
なぜ、冒険者稼業で社会の荒波に揉まれたブランタークやこの目の前の親友が重用されるのか?
彼らは、それだけ貴重な経験を積んでいるからだ。
「左様ですな。少年は、まだ冒険者予備校に在籍している学生なのですから」
「クリムトよ。あまり振り回さないようにの」
「極力、努力いたします」
ところが、そんな余のお願いすら、クリムトには『柳に風』と言った風であった。
あのアルフレッドに魔法の性質が似た、将来有望な魔法使いなのだ。
気にならないわけがないか。
多少クリムトに振り回されても、それは修行だと思えてしまう余も、案外性格が悪いのかもしれぬが。
「アルフレッドに、ブランターク殿に、某と。三人で鍛えた弟子がこれからどう生きて行くか。楽しみでありますな」
そう言いながら、クリムトはグラスに並々と注がれたワインを一気に飲み干した。
確かに、将来が楽しみな少年ではあるな。
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