第67話 婚約者選定の舞台裏(前半)
「さて、問題はヴェンデリン君の婚約者ですが……」
あのアルフレッドの弟子であり、当家のお抱え筆頭魔法使いであるブランタークの孫弟子にもあたり、アンデッド古代竜、老属性竜グレードグランドを次々と討伐したヴェンデリン君……今はバウマイスター男爵ですね。
思っていた以上にトントン拍子で出世してしまいましたから、急ぎ婚約者を探さなければ。
それも、私ブライヒレーダー辺境伯が決めた婚約者でなければならないのです!
なにしろこの私は、バウマイスター男爵の寄親なのですから。
彼の婚約者を、私が決めて当然というもの。
とにかく急がないと。
王都にいる油断も隙もない大物貴族たちに先を越されてしまったら、それこそ目も当てられないというもの。
そうでなくても、ブライヒブルクと王都との距離は遠く、私は不利な立場に置かれているのですから。
「お館様……」
「待っていましたよ。どうかしましたか?」
「それが……」
執務室に、私の命令で婚約者候補の資料を持ってきたはずの家臣の表情がかなり暗いですね。
私だって、現時点で親戚筋に年頃の娘がいないという問題は理解しています。
元々ブライヒレーダー辺境伯家は女子が生まれにくく……普段把握していない遠縁の娘でもいいんです。
本家の養子にしてから、バウマイスター男爵に嫁がせればいいのですから。
「ブライヒレーダー辺境伯家の歴史は千二百年以上。その一族は多く、末端まで探せば一人くらいバウマイスター男爵に釣り合う年齢の娘はいるでしょう。……ですよね?」
「それが……年頃の娘さんは全員が婚姻済みです。まさか、お館様が自ら許可を出した婚約を取り消し、新たにバウマイスター男爵の婚約者にはできませんよ」
「それはそうです」
そんな事実が、もし中央の大物貴族たちに知られたら……。
必ず攻撃してくるはずなのですから。
「残りはその……年齢が幼すぎて……。いくら婚約でも、まさか三歳の子と婚約させるわけにもいかず……」
「婚約期間が長すぎるのは、よくありませんからね」
幼い婚約者が成人するまで待っている間、バウマイスター男爵に子供は生まれません。
それも中央の大貴族たちからすれば、私を攻撃する材料になってしまいます。
正妻と結婚するまでの間、妾を傍に置くという手も、バウマイスター男爵家は新興貴族家です。
ブライヒレーダー辺境伯家は寄子であるバウマイスター男爵家を相続問題で混乱させ、のちに乗っ取るつもりなのだと、中央の大貴族たちに讒訴されてしまったら……。
そもそもあまりに小さい娘たちでは、王都にいる家柄のしっかりした年頃の貴族令嬢に勝てませんし……。
「懸命に探していますが、どうも芳しくないです」
「そうですか……家臣か寄子の娘の誰かを養子にして……は無理ですか」
家臣の娘となると重臣なので、彼らの中にはバウマイスター男爵を『水呑み騎士の八男』とバカにする者もいます。
下手にバウマイスター男爵に嫁がせたら、どんな暴走をしてくれるか。
寄子も、うちの養子にするくらいなら自分の家から嫁がせた方が、と思うでしょうから。
この場合、『ブライヒレーダー辺境伯家の養子にしなければ、バウマイスター男爵に嫁ぐチャンスすらない』という正論が通じない在地貴族も多いですからね。
これも無理でしょう。
「私の子供たちは男の子ばかりですし……」
「アニータ様は?」
「あなたは、ブライヒレーダー辺境伯家とバウマイスター男爵家との関係を断絶させたいのですか?」
アニータ……私の叔母ですけど、さすがに彼女は駄目でしょう。
いくらなんでも年上すぎます。
跡継ぎが生まれることを前提とした婚姻で、妻が年上すぎ……それも、まず子を成せない年齢では……。
それに、もしバウマイスター男爵にあの叔母上を押し付けたら……王都の大貴族たちの攻撃は凄まじいものとなるでしょう。
きっと陛下にも叱られるはずです。
たまに、圧倒的に力が上の大貴族が、格下の貴族に売れ残った年増の娘を押し付けることはあります。
普通の寄親と寄子の関係なら、場合によってはそれも致し方なしなのですが、バウマイスター男爵にそれをしたら、たちまち中央の大貴族たちから袋叩きにされるはずです。
『竜殺しの英雄に、子が生めるかどうかもわからない年増を? やれやれ、これだからバカな在地貴族たちは売れ残りの娘を抱える羽目になるのだ』などと、批判されるのは目に見えています。
自分たちだって、条件が合わずになかなか嫁げない娘を抱えている者も多いくせに……。
「どんなに年上でも、二歳が限度でしょう。バウマイスター男爵と叔母上の年齢差では無理です」
「ですよねぇ……私としても、こんなことは申し上げたくなかったのですが……」
あの叔母上をどうにかしてほしい、一族、重臣たちの圧力ですか……。
それなら彼に言わせず、自分で言いに来ればいいのに……。
「これは困りました……」
もしかして、私はかなり危うい状況に置かれているのでは?
「ですから、あれほど妾を増やせと」
「それで、また男の子が生まれたら意味がないでしょうに」
男子がいないと家を継がせられませんが、逆に多すぎてもその処遇に悩むことになる。
さすがに、辺境伯本家の子供を平民に落すわけにはいかないのですから。
「こうなったら、平民でもいいので養子を取りましょう! 美しい娘を養子にして、結婚までに教育するんです」
致し方なしですが、美しく、気立てがよく、頭がいい娘なら、かえってバウマイスター男爵も喜ぶかもしれませんし……。
「間違いなく、その策も王都の大貴族たちにバレますよ。確実に攻撃材料になります」
『血の繋がらぬ、出自がよくわからぬ養子を宛てがって、竜殺しの英雄の縁戚を名乗るか』と。
確かにあの強欲な大貴族たちなら、十分にあり得ますね。
「あいつら、自分たちは何食わぬ顔で養子を押し付けるくせに、他の貴族には平気で文句を付けますからね」
「それが彼らの、数少ない武器ですからな」
大物とはいえ、法衣貴族たちは領地を持ちません。
経済力も、同じ爵位の在地貴族たちよりも遙かに劣ります。
そのため、役職と中央の権威と政治的な立ち回りで、私たちのような大物在地貴族たちと渡り合うのが常であったのですから。
「ところでお館様。アニータ様の件ですが……」
「彼女の件ならもう終わったでしょうに」
なにをどうやっても、叔母上をバウマイスター男爵に嫁がせるなどあり得ないのですから。
もはや四十歳を超えた今、あとは正妻を亡くした老貴族の後妻となるか、このままブライヒレーダー辺境伯家で、死ぬまで静かに暮らしてもらうしかないのです。
遅くに生まれた娘だからという理由で祖父が甘やかし、年が離れた妹だからという理由で父が甘やかし。
そのツケは、私が背負う羽目になるという。
本当、貴族なんて好き好んでなるものではありません。
「一部家臣の意見ですが、正妻候補の養子とアニータ様を組み合わせ、跡継ぎを養子に産ませ、アニータ様を名目だけでも正妻にすれば、すべてが上手くいくのではないかと……」
「……」
きっとその案を出したその連中は、バウマイスター男爵の実家であるバウマイスター騎士爵家を貧乏だとバカにしている者たちでしょうね。
相手は成り上がりの子供なので、抱き合わせ販売策が通用すると思っているのでしょう。
「駄目に決まっているじゃないですか……」
もしそんなことをしたら、間違いなく中央の大物貴族たちが大喜びでこう言い始めるでしょう。
『バウマイスター男爵、貴殿は寄親に喧嘩を売られておりますぞ。ここは、毅然と対応すべきです。寄親を変えてしまうのです』
十二歳の寄子に、四十歳を超える嫁を押し付ける寄親。
寄子、寄親の関係は、あまりに片方が不誠実であったりすると解消されることもあります。
相性の良し悪しも関係がありますし、下級貴族の管理制度の側面から見ても、すぐに代わりの寄親が見つかれば、王国政府はなにも言わないですからね。
「バウマイスター男爵は、年齢の割に大人ですからね。王都にはエーリッヒ殿もいますし」
あまりバカな真似はできません。
それにしても、バウマイスター男爵への嫉妬から下らない提案をするバカな家臣たちはどうしようもありませんね。
まさかクビにするわけにもいかず、エーリッヒ殿とバウマイスター男爵を逃したのは大きかったです。
「(あの連中は……。なにか不祥事でも起こしたら、即座に潰してやるのに!)」
「ところで、婚約者候補はどうします?」
「なるべく近縁から養子を取るしかないです。もっとよく探せばきっと」
「漏れがないかリストアップしてみます。なんなら、先々代が認知だけした子供の家系も……」
「この際なので構いません」
とにかく私は急がせたのですが、その苦労も翌日ブランタークからバウマイスター男爵の正妻が決まった経緯が伝わると、すべてが水の泡となってしまいました。
これまでの苦労は……。
本当、散々な結果に終わってしまいましたが、ここでめげるわけにはいきません!
「後悔している場合ではありません! バウマイスター男爵の跡継ぎの婚姻は、私主導で行いますから」
枢機卿であるホーエンハイム子爵の孫娘にして、王宮筆頭魔導師であるアームストロング子爵の姪で、陛下の了承済み。
ケチをつけるだけ無駄ですので、私はすぐに考えを切り替えることにしました。
貴族とは、数十年先も考えて動く生き物なのですから。
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