第64話 褒美
「アームストロング男爵、ブランターク、バウマイスター準男爵の三名。共に、グレードグランドの討伐任務ご苦労であった」
グレードグランドを倒してから八日後。
つまり、パルケニア草原から王都に戻った翌日。
その任務に参加した俺たちは、再び陛下に呼び出されていた。
「そなたたちのおかげで、パルケニア草原は有望な穀倉地帯となるであろう」
陛下はとてもご機嫌なようだ。
長年好条件にも関わらず、老土竜グレードグランドに邪魔されて開発が不可能であった土地が、ようやく開発可能になるのだから。
加えて、現在も少数が残存している魔物の討伐は進んでいるが、すでに大半の土地から魔物は駆逐されている。
やはり、パルケニア草原を支配していたグレードグランドの力は偉大であったようだ。
それを亡くした魔物たちは集団で動けず、兵士や冒険者たちに一方的に狩られていると報告が入っていた。
死傷者が二百名ほど出ているようだが、これは仕方がないことかもしれない。
軍事作戦、戦争で、犠牲者がゼロだなんてあり得ないのだから。
「犠牲になった者たちには、遺族への補償を厚くする予定だ。偽善ではあると思うが、しないよりはマシであろう」
「陛下のご温情にこのアームストロング、感服いたしました」
確かに偽善だが、やはりしないよりはマシであろう。
それに、兵士や冒険者とはそういう仕事なのだ。
特に冒険者は、年に千人を超える犠牲者が出るという。
他に食べられる仕事がないわけでもないので、命をチップに金と名誉を求めて失敗したからと言って、後で文句を言うのは筋違いというものであろう。
冒険者でも、己の技量を冷静に判断して今回の作戦に参加していない者も多くいたのだから。
それに、この規模の出兵の割には被害者は少ない方である。
陛下が教会に命じて、治癒魔法の使い手をできるだけ従軍させたからだ。
聖の治癒魔法の使える聖職者に、教会が普段から把握している在野の聖と水の治癒魔法の使い手と。
両系統の治癒魔法の使い手たちを、教会はその強大なコネを用いて大量に召集し、従軍させていた。
それもそのはずで、パルケニア草原の開発が進めば、そこには多くの教会が建設される。
設置された教会や教区の分だけポストは増えるわけで、表向きは陛下からの命令だからということになっているが、実際には揉み手で依頼を受けていたわけだ。
現場の人たちは真面目に負傷者の治療をしていたのだけど、教会のお偉いさんたちにはそういう思惑もあった、というのはどこの世界でも一緒であった。
「褒美を出せないですまないの」
「前回で大金を貰っていますから、陛下がお気になされれることではありません」
それもあるが、今回もグレードグランドの売却代金を貰っていた。
凍らせた血に、鱗、皮、肉、内臓、骨など。
殺した直後に魔法の袋に入れて鮮度を保ったので、これがかなり高額で売れていたのだ。
あとは、やはり巨大な魔石を体内に持っていたので、これは王国が白金貨四百枚で購入して行った。
当然、あとの一週間で得た魔物の素材と合わせて、アームストロング導師とブランタークさんで三等分したのだが、それが一人頭白金貨四百五十枚と金貨五十枚。
やはり、竜の素材はすべてが高い。
もし前回の古代竜がアンデッドではなくて生きていたら、もっと買い取り額は高騰していたであろう。
「(もう大金すぎて、よくわからん)」
以上の理由から、別に褒美など必要ないと思う俺であった。
前世で給料が、二十五万八千七百四十六円(税込み)な俺からすると、白金貨が二枚以上出てきたらもう沢山なのだ。
白金貨など、この国では死ぬまで見ない人間の方が多い。
実家の領地で白金貨を見たことがある人間など、貴族であるはずの父も含めてゼロのはずだ。
「ただ名誉は必要なのでな。三人に双竜勲章を与えるものとする」
ここ二百年以上も誰も貰っていなかったのに、俺が久しぶりに貰い、またそれから半月もしないでもう一個貰ってしまった。
勲章は金とエメラルドでできていてとても綺麗なのだけど、あまりありがたみがないような気がするのは、俺の感覚が麻痺しているせいかもしれない。
実際、アームストロング導師とブランタークさんは、珍しく緊張した面持ちで陛下から勲章を着けてもらっていたのだから。
「あとは爵位かの。アームストロングは子爵に、バウマイスター準男爵を男爵に陞爵させるものとする」
アームストロング導師は、伯爵家の次男である。
次男なので爵位は継げないのだが、王宮筆頭魔導師なので独自に男爵の爵位を陛下から与えられていた。
俺と同じく領地はなくて年金だけなのだが、爵位が子爵に上がり、俺も準男爵から男爵に上がっていた。
法衣子爵の年金は白金貨二枚で、法衣男爵は白金貨一枚。
なかなかの高収入である。
やはり、準男爵と男爵の間には大きな壁が存在しているようだ。
その分なんっちゃって貴族である俺とは違い、普通の王都在住の法衣貴族は、その家格に合う屋敷の維持に防犯なども兼ねた相応の私兵や使用人を雇い、他にも様々な付き合いがある。
寄親であると、寄子への支援なども時には必要であるし、エーリッヒ兄さんの結婚式の時のように、冠婚葬祭で家格に相応しいご祝儀を出す必要もあった。
出て行くお金も、相応に増えるということなのだ。
なるほど、大物貴族でも普段は意外とケチだと言っていたエーリッヒ兄さんの発言にも納得してしまう。
あと、普通は名誉だけの勲章の類であったが、実は双竜勲章だけは別物だそうだ。
ここ二百年以上も貰った人がいなかったので、担当の役人が説明するのを忘れてしまうほどであったが、双竜勲章には生涯名誉年金が付与されているのだそうだ。
その額は、年に白金貨三枚。
俺は二つ持っているので、年に白金貨六枚だそうだ。
「(褒美は出ているような……貰えるものは貰っておくか)光栄の極みです」
「竜の素材に比べれば、ささやかなものだがの」
二回の竜討伐による素材の販売益に比べると微々たる金額に見えるが、そもそも属性竜以上の竜など、五十年に一度討伐されれば短いスパンだと思われるほどだ。
滅多に、あのような大金が動くことなどないのが普通であった。
「ブランタークは本人の希望もあり、別の褒美をブライヒレーダー辺境伯に預けるものとする」
「願いを聞き届けていただき、ありがとうございます」
ブランタークさんはブライヒレーダー辺境伯家の家臣で、今回の従軍も陛下がブライヒレーダー辺境伯に命令した形になっている。
そのため、いくら陛下でも勝手に爵位を与えるわけにはいかないらしい。
本人もそんなものはいらないと言ったので、その代わりに宝石や財宝などをブライヒレーダー辺境伯経由で貰うようであった。
さすがにそれすらなしでは、陛下がろくに功績すら認めないと噂になってしまうからであろう。
あとは双竜勲章であったが、さすがに勲章の類を陪臣だからと言って与えないという事実はないようだ。
ブランタークさんも普通に貰っている。
このように、直臣と陪臣の違いとは色々と面倒なようだ。
「此度は、若き才能が見出せて余は満足である。これからも精進して王国に尽くしてくれると嬉しい。期待しておるぞ、バウマイスター男爵」
「はっ」
そんな期待よりも、早く平穏な夏休みをすごさせて欲しい。
俺は陛下に対して頭を下げながら、切にそう願うのであった。
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