第63話 自炊当番

「……もう朝か……」


「なんだ、随分と目覚めがいいじゃないか」


「今夜は運よく、夜番の見張りで寝ている最中に起こされませんでしたから。導師は……意外だ」


「それ、みんなが言うな。俺も昔はそう思ってたんだけどよ。うるさいイビキをかいたり、歯ぎしりもしないんだよ。やっぱり生まれがいいからなのかねぇ?」


「そういえば導師は伯爵家の次男で、自分も男爵ですものね」



 せっかくグレードグランドを倒したというのに、導師の一存で、俺とブランタークさんはパルケニア草原で魔物たちを倒し続けていた。

 グレードグランド亡きあと、統率がとれなくなった魔物たちが人間の住む土地に被害を与えないよう、冒険者有志と王国軍による討伐作戦が始まっており、彼らの犠牲を少しでも減らすため、俺たちが魔物を間引いているわけだ。

 導師は陛下の命令で動いているだろうから、まさかそれを拒否して離脱するわけにいかず、今日も朝食を終えたら楽しい魔物退治のスタートだ。


「……ふう」


 前世のサラリーマン時代から、必ず朝食をとっていた俺だ。

 ましてやこれから究極の肉体労働が始まるので、朝食をしっかりとらなければ。


「ふぃーーー! この一口は最高だな」


 いつもどおり、ブランタークさんが魔法の袋から酒瓶を取り出し、一口だけ飲んだ。

 朝から飲酒とか、とんでもないおっさんだなと思うが、一口だけ飲んで終わりにするところが一流の冒険者たる所以なんだろうなと思う。


「導師は……起きませんね」


「坊主が朝食を作れば起きるだろうぜ」


「本当に起きますからね」


「野生の勘ってやつかもな」


「ははは……」


 俺は、魔法の袋から取り出した石で竈を組み、薪を組んで『火つけ』で火を起こす。

 このパルケニア草原で、そう都合よく竈を組める石や、よく燃える薪などないからだ。

 薪が燃え始めたら、小さな鍋をかけて魔法で出した水を沸かす。

 続けて小さな鍋に、自分で採取して乾燥させておいたキノコを投入した。

 出汁も取れて具になるが、これだけだと寂しいので未開地の海で採取しておいたワカメも入れる。

 煮えたら自家製味噌を入れて、味噌汁の完成だ。

 同時に別の鍋でご飯も炊き、漬物はないので、やはり採取しておいたノビルを甘酢に漬けたものも箸休めとして出した。

 酢は、酒と同じく魔法で作ったものを使用している。


「そしてメインは……」


 ちゃんと血抜きと下処理したホーンシープという魔物の肉があったので、これとカットしたキャベツを、自作したジンギスカン風のタレと一緒にフライパンで炒めた。

 醤油、ハチミツ、酒、柑橘類の汁、すりごま、リンゴ、タマネギ、ニンニク、ショウガ、コショウ、トウガラシ。

 ジンギスカンのタレは意外と多くの材料を使うので、ブライヒブルクにいた時に材料を集めて大量に作っておいてよかった。


「炊き立てのご飯、ワカメとキノコの味噌汁、ノビルの甘酢漬け、ホーンシープと野菜の炒め物(ジンギスカン風味)の完成です」


「おおっ! 飯であるか!」


「マジで起きたよ……」


「だから言っただろう」


 朝食が完成するのと同時に導師がムクっと起き上がり、みんなで朝食を食べることにした。


「このホーンシープの肉をタレで炒めたものは美味しいのである! まあ、ホーンシープの肉は塩を振って丸焼きにしても美味しいのであるが」


「いや、あれはワイルドすぎて……」


 なぜ、俺が食事を作っているのかって?

 それは導師に任せると、狩った魔物の肉をその場で捌き、塩を振って豪快に火で炙るだけというメニューになってしまうからだ。

 まさに血も滴るステーキなんだが、そんな『野生〇きなり!〇テーキ』をされても、あの店の味が再現されるわけもなく、俺からすれば獣臭くて美味しくないのだ。

 『冒険者って、みんな野外ではこんな食生活なのか?』となどと一瞬思ったりもしたのだけど、ブランタークさんは手もつけないから導師が特別なんだろう。

 だからといってブランタークさんに任せると、保存食料を少量食べるか、酒ばかり飲むので健康によくない。

 俺は肉体年齢はまだ十二歳で育ち盛りであり、そもそも俺はそこまで酒好きじゃない。

 パルケニア草原に滞在している間、まともな食事をしたかったら自分でやるしかないという結論に至ったわけだ。


「文明的な飯が出て助かったよ。意外と坊主は器用なのな」


「ええ、修行中は野営することも多かったので」


 実家でばかり食事をとると質素なことこの上なかったので、定期的に未開地で野営して自炊することが多かった。

 何年もソロキャンプをやっていれば、自然と身につくというものだ。


「お替りなのである!」


「導師、朝からそんなに食べて大丈夫か?」


「心配ご無用なのである!」


 そんなことはわかりきっていたか、導師はとてもよく食べた。

 次々とご飯をお替りしていく。

 ブランタークさんはお替りはしないが、結構大きな丼でご飯を食べていた。

 それは俺も同じで、魔法使いというのは一般人よりもカロリーを消費するため、普段酒ばかり飲んでいるように思われているプランタークさんも、人並み以上に食べるのだ。

 たまに食が細い魔法使いがいて、そういう人は大抵はガリガリに痩せていた。

 そしてそういう魔法使いは、なぜかあまり長生きしないのだ。

 魔法使い自体が平均寿命が長いので、短いとは言っても、一般人の平均寿命ぐらいではあったけど。


「ごちそうさま。このノビルの甘酢漬けは、酒のツマミにもいいな。夕食が楽しみだ」


「確かに、楽しみなのである!」


 昼食は、鍋で炊いたご飯を握ったオニギリと昨晩の夕食の残りをおかずに。

 夕食は、朝食よりも凝ったものを作る。

 この時には導師とブランタークさんは酒を飲むことが多かった。


「(とはいえ……)」


 この二人、全然手伝ってくれないんだよねぇ……。

 導師は放っておくと、狩って解体した魔物の肉に塩を振って焼くけど。

 というか、毎日よくそれで飽きないものだ。

 ブランタークさんは、保存食と酒オンリーになってしまう。

 冒険者時代は、仲間に調理を任せていたのかな。

 とにかく、まともな飯が食べたかったら自分で作るしかないんだ。


「少年! そっちにホーンシープの群れが向かっているのである!」


「導師、少しは数を減らして……あのおっさん、別のホーンシープの群れに単独で突っ込んだ!」


「導師はいつもあんな感じだから、坊主は一番近いのから順番に効率よく倒していけ。これも修行の一環だ」


「(マジで早く終わってほしい……)」


 エルたちとパーティを組んで魔物を狩った方が疲れないと思うし、みんな調理を手伝ってくれるから、上司先輩と仕事するよりは、同僚たちと仕事をした方が心身ともに疲れないで済むってやつだな。


「(これで四日目……まだ四日目なのに、なんか疲れた)あの導師……この生活パターンはあと何日ほど続くのでしょうか?」


「まったくもって未定である! まだまだ多数で群れをなす魔物は沢山いるのである! これを粗方殲滅するまでである!」


「それって具体的にいつ?」


「不明ってやつだな」


「一番性質の悪い回答……」


「俺の若い頃なんて、この程度の連続野営は珍しくななかったぞ。修行だと思って頑張れや」


「はあ……(出た! 年配者の『俺の頃はもっと大変だった!』語りが!)」


「どうかしたか? 坊主」


「いえ、なんでも。ホーンシープの群れを殲滅しました!」


「なかなか早いじゃないか。さすがに折り返し地点はすぎたと思うぜ」


「はあ……」


 さすがは、元ベテラン冒険者。

 ブランタークさんの予想は当たり、俺の討伐と自炊生活は三日後に終了となるのであった。

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