第61話 バウマイスター準男爵家諸侯軍編成事情(前編)

「ヴェルってば、また竜退治だってさ。普通連続で受けるような依頼じゃないよね」


「大変ねぇ……ヴェルは」


 私、イーナ・ズザネ・ヒレンブラントが、親友であるルイーゼと共に知り合ったヴェンデリン・フォン・ベンノ・バウマイスターは、とんでもない魔法の名手であった。

 私たちの最初の出会いは、狼に襲われていたのを彼に助けられたところから。

 つい先日も、王都へと向かう魔導飛行船の中で、船に襲い掛かる天災レベル脅威『アンデッド古代竜』をほぼ一人で退治してしまった。

 そして戦利品として得た巨大魔石と骨を、王国にとんでもない高額で買い取ってもらい、竜退治の功績で準男爵にも任じられた。

 こんな物語みたいなことって、本当にあるのね。

 ブライヒレーダー辺境伯家中では、『山脈超えの貧乏騎士家』、『水呑み騎士』と陰口を叩かれ、半ば嘲笑と侮蔑の対象であったバウマイスター騎士爵家の八男が、突然昇爵して準男爵になったのだ。

 いくら魔法の才能があったとはいえ、晴天の霹靂だったはず。


「しかしヴェルの奴。どんどん出世していくな」


 才能があるから当たり前なのだけど、エルからすれば心配よね。

 いくら剣の才能があるとはいえ、王都の騎士団にはエルを超える腕前の騎士なんて沢山いるんだから。

 それは私も同じで、槍で私に勝てる人なんて沢山いるのだから。

 ルイーゼは特別だけど、彼女も心配だからこそ、暇さえあればヴェルにくっ付いているのだと思う。

 基本的にルイーゼは、一人の女性としてヴェルが好きなんだろうけど。

 魔法の才能があって、財力もある。

 背も平均的だし、顔も『エーリッヒ兄さんには完全に負けている』と常々口にしているけど、平均よりは整った顔立ちをしていると思う。

 というかエーリッヒさんは、ブライヒレーダー辺境伯家中にもいないほどの美男子である。

 そんな彼と比べるだけ、ヴェルが無謀とも言えた。


「ついでに、面倒なのも増えたわ」


「よくぞこんなに集まったって感じだな」


「うわぁ、いっぱいいるね。ルートガー様の助言は正しかった」


 ルイーゼの言うとおりで、どうしてルートガー様が形式だけでもヴェルの家臣ということにしておけと言ったのかが、この数日でよくわかったからだ。


『我が名は、ヘクトール・フォン・プリングスハイム。プリングスハイム騎士爵家の三男にして、剣において我に勝てる者はなし!』


『私は、先のランケ男爵家とアルトマン子爵家との領地境における小競り合いにおいて、敵方の三名の騎士を戦闘不能にし!』


『私、エルスハイマー男爵と申します。今回、古代竜退治で活躍されたバウマイスター卿を慰労すべく屋敷でパーティーなどを。偶然ではありますが、私には今年十二歳になる妹がおりまして……』


『ヴェンデリン様においては、身の回りのお世話をするメイドが必要かと。そこで、我がエグルマイヤー商会がよい娘を紹介いたしたく。私の娘なのですが、身贔屓な部分を差し引いても大変美しく……』


 ヴェルが叙勲された翌日からだけど、今日も沢山いるわね。


『我が必殺の、槍術大車輪!』


 今日もブラント邸の門前で、アピールなのか、一発芸なのか?

 よくわからない技を披露している浪人がいる。

 目立たないと駄目なのはよくわかるのだけど、ただ目立てばいいわけではないのは、ご覧の通りであった。

 なんか気のせいか、ブラント邸前の風が強いような気がする。

 準男爵になったヴェルの家臣志願者たちに、自分の娘や姉妹を妻として勧める貴族たちに、メイド名目での妾の押しつけ。

 商会の当主が多いのは、どうにかして貴族家の御用商人となって身代を大きくしたいという野心があるからだ。

 普通は領地持ちの貴族が好まれるのだけど、ヴェルはとんでもない額のお金を持っている。

 バウマイスター準男爵家の御用商人となり、ヴェルから資金の運用を任されたら。

 アルテリオさんに言わせると、政商クラスでも涎が出るほどの優良物件なのだそうだ。

 そんなわけで、並みいるこれら有象無象を避けるべく。

 エルは従士長で、私とルイーゼは護衛兼メイドという扱いになっていた。

 あとは、周囲が勝手に妾だと思ってくれれば御の字なのだそうだ。

 そういえば、メイド服は着なくてもいいのかしら?


『君たちも、そのくらいの覚悟はあってバウマイスター卿と行動を共にしていると思いますが……』


 口調は丁寧だけど、ルートガー様の言葉は厳しい。

 今までヴェルにくっ付いていい思いをした分、デメリットも引き受けて当然。

 彼は、私たちにそう言っているのだ。


『俺は、軍の指揮とかも習わないとな』


 エルは、ヴェルの家臣として生きる覚悟を決めているようだ。

 特に動揺した様子はなかった。


『ボクは、ヴェルの側室さん? 妾?』


 ルイーゼに関しては、彼女はヴェルの傍にいられればいいみたい。

 陪臣の娘だから、ヴェルの正妻になれるなどと言う甘い夢は元から抱いていないのだ。


『イーナ殿は、どうです?』


『私は……』


 ヴェルは、出会った頃から私たちにえらく寛容だ。

 甘いとも言えるけど、その甘さに私は甘え切っていた。

 だけどルイーゼとは違って、ヴェルに甘えた態度を見せたり、上手く会話したりができなかった。

 きっとヴェルは、私をつまらないキツイ女だと思っているのであろう。


『今のところは、バウマイスター卿のパーティメンバー兼家臣でいいと思うけどね』


 そんなことを考えている時、私に話しかけてきたのはヴェルのお兄さんであるエーリッヒさんであった。


『これは、私も不徳だったと思うんだけどね』


 ヴェルはその才能のせいで、家族からは虐められたりはしなかったものの、互いになるべく関わり合わない関係を六年以上も続けていたらしい。


『あの年で、妙に一人に慣れているというか。積極的に他者と関わり合わないような。正直なところ、結婚式に君たちを連れて来るとは思わなかったくらいだ』


 エーリッヒさんは、『成人するまで、自分が王都で面倒を見ればよかったのかな?』と悩んだこともあったそうだ。

 自分の兄や両親が、どこまでヴェルを危険視しているのかわからず、もしもに備えてということみたい。

 この一方で、そんな事情をまだ子供なのに平然と受け入れる物わかりのよすぎる弟にも悩んでいたみたい。

 エーリッヒさんは優しいわね。


『君たちも、ヴェルも、まだ子供だからね。しばらくは表向きの形式だけ整えて今までどおりでいいんだよ』


 この言葉に、私はとても救われたような気がする。

 だけどそれから数日後。

 同じ人物が、子供である私たちに厄介な仕事を持ち込むのであった。

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