第56話 ヘルムート王国貴族事情(後編)

「それで話を戻すけどよ。坊主は、うちのお館様の寄子になるよな?」


「現状で、他に選択肢がないんですけど」


「それはそうだ」


「大体、貴族になるはずじゃなかった俺は、ブライヒレーダー辺境伯以外の貴族をろくに知らないんですから。よく知りもしない貴族の寄子になって、なにかあったら嫌じゃないですか」


「若いのに慎重だねぇ……」


「当たり前ですって(なんとなしに入社したらブラック企業だったのと同じだからなぁ)」




 今の俺は、ブライヒブルクにあるブライヒレーダー辺境伯家が経営している冒険者予備校で特待生をしているのだ。

 卒業後、しばくはブライヒブルク周辺を活動拠点とする予定なので、ここで他の貴族の寄子になる意味がなかった。


「エーリッヒ兄さんには悪いんですけど……」


 俺は、ルックナー侯爵の寄子にはなれないことを伝える。


「別に気にする必要はないよ。もしそうなればラッキー程度にしか、ルックナー侯爵も思っていないだろうし」


 いくら中央で財務卿を世襲するルックナー侯爵家とはいえ、南部のまとめ役であるブライヒレーダー辺境伯家を敵に回すような愚は冒さないはず。

 それに俺は、自分の寄子であるエーリッヒ兄さんの実弟なのだ。

 もう十分に縁は繋げているので、これ以上欲をかいても意味がないと思っている可能性が高いんだろうな。


「本当、貴族の習性ってお腹一杯になるなぁ……」


「もう数千年も飯のタネにしているからね。僕も、その入り口につま先で立っていた程度なんだけど。ヴェルに押されて、少し奥に入り込んだかな?」


 新しいブラント騎士爵家の当主であるエーリッヒ兄さんは、ルックナー侯爵の寄子の寄子という小物な立場にあるのだが、今回の件でルックナー侯爵の印象に大きく残った。

 それに、エーリッヒ兄さんはもの凄く頭が切れる。

 多分、これからルックナー侯爵に重用されていくのであろう。


「エーリッヒ殿が出世すれば、仲がいい弟である坊主への印象もよくなる。そうなると、後に色々と坊主に頼める可能性が高いからな」


「ええと、なにを俺に頼むんです?」


「あと十年……そんなに猶予があるかどうかはわからないがな。アームストロングの奴がお前のことを知って、パルケニア草原問題が動く可能性があるんだよなぁ……」


 そのアームストロングなる人物が何者かは知らなかったが、もし貴族ならろくな目に遭わないかもと思い始めてしまう。

 できれば、関わり合いたくないものだ。


「そのパルケニア草原がどこにあるのかは知りませんけど、俺は未成年ですし、ここの所、魔法じゃなくて変な貴族間の権力闘争に巻き込まれていて不幸だったんです。残りの休みは、王都見学とか買い物とかグルメ三昧とか、普通に遊ぶ予定ですからね」


「でもなぁ、坊主。こういうのは相手あってのことだからなぁ。それに王都観光や買い物も、女に鼻の下を伸ばしているようにしか見えないけどな」


「別に、イーナやルイーゼは俺の恋人でも奥さんでもないですし……」


 残りの休みは、広い王都の名所を観光したり、買い物をしたり、美味しい物を食べに行ったりしたい。

 決して、イーナとルイーゼから『王都観光に行きましょう』、『新しいボクの服をを選んでよ』とか、前世ではあまりなかったリア充な学生の長期休暇を満喫……取り戻すんだとか、そんなことは考えていない。

 俺はただ自分が楽しむために、王都観光と買い物をしたいだけなんだ。


「そうか。ヴェルも女の子とデートするような年齢になったんだね。王都の観光スポットやお勧めのお店なら、僕もミリアムも相談に乗れるし、一度くらいはみんなでどこかに出かけたいね」


 さすがに、エーリッヒ兄さん。

 その発言のすべてが、誰がどう見てもイケメンでリア充そのものであった。

 もし俺が女なら、惚れてしまうかもしれないな。


「えっ、いいんですか? エーリッヒさんは新婚でしょう?」


 エルのやつ、珍しく遠慮するんだな。


「三日ほどお休みを取ったんだけけど、モンジェラ子爵から『もう何日か休んでいい』って言われているのさ。間違いなく、ヴェルの面倒を見てくれってことだろうね」


「なるほど」


「ヴェルはそれだけ注目されてるってことさ」


 とにかくも、無事にエーリッヒ兄さんとミリアム義姉さんは結婚し、明日以降は普通に夏休みを満喫しようと、俺は固く決意したのであった。 






「陛下のお気に入りなのをいいことに、あの野蛮人が増長しおって!」


「なにが『王国の最終兵器』だ! 王国軍の連中があの野蛮人を頼りにするから、ますます増長するのだ!」


「王宮筆頭魔導師のくせに、ろくに出仕もしないでいい気なものだ」


「奴はどこに行ったのだ?」


「なんでも、パルケニア草原に偵察に出たとか」


「ああ、定期的にやっているアレか。普段威張り腐っても、『グレードグランド』には手も足も出ないようだな」


「その程度の魔法使いなんだろう」


「最近噂の『竜殺しの英雄』の台頭に対抗できず、どうせそのうち消えるだろう」


「王宮筆頭魔導師の交代か」


「ざまあないな」


「毎度毎度、口ばかり達者である!」


「えっ?」


「「「「「ひぃーーー!」」」」」


「某の悪口を言うのは勝手であるが、本人に聞かれて怯えるくらいなら言わぬ方がマシなのである! 陛下の下に向かうので御免!」


 毎年年金を貰える身分なのに、やることといえば他人の悪口ばかり。

 相手をするのも時間の無駄というもの。


「竜殺しの英雄であるか」


 若い魔法使いの台頭!

 実に素晴らしいのである!

 もし某を上回る実力の持ち主であれば、大変に面白くなるというもの。

 パルケニア草原の偵察情報を陛下に報告がてら、早速竜殺しの英雄の情報を集めるのである!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る