第39話 師匠はセレブだった
「ここが、師匠の家か……さすがは高名な魔法使いだっただけのことはあるな。凄すぎる
」
園遊会の翌日。
俺はブライヒレーダー辺境伯家が接収、管理していた師匠の家を正式に譲渡され、放課後に様子を見に来た。
家とは言ったが、実際には貴族が別荘にでもしてそうなほどの大きさで、庭も広いし、周囲は防犯目的で高い石造りの塀に囲まれている。
正面の門もかなり立派で、なるほど優秀な魔法使いや冒険者というのはかなり稼げるようだ。
辺境伯家のお抱え魔法使いに相応しいレベルの屋敷でもあった。
「門には、小さめの魔晶石か……。これは師匠を認識するものだな」
師匠以外の人間がこの正面門を開けようとしても、魔道具でもあるため開かないそうだ。
威力の高い魔法をぶつければ壊れるであろうが、それをすると今度は庭に配置されている小型のゴーレムたちが集まってくると聞いている。
それに俺は、ブライヒレーダー辺境伯からこうも言われていた。
『この門、魔法具で五十万セントもするそうです。壊したら勿体ないじゃないですか』
屋敷の中に入るためとはいえ、高価な魔法具である正面門を壊して資産価値を落とすのは勿体ない。
この十年以上、ブライヒレーダー辺境伯家側がこの屋敷を放置していた最大の理由でもあった。
さらに最初の一年間ほどは、家族がいないはずの師匠の自称親族とやらが多数現れ、その遺産を寄越すようにと訴え出たらしい。
あきらかに虚偽の申告なんだが、公平な統治を掲げるブライヒレーダー辺境伯家としてはちゃんと調査をしたうえで結果を公表するしかなく、余計な時間と手間をかける羽目になってしまったそうだ。
なおその自称親族たちとやらは、ブライヒレーダー辺境伯家側の調査でその嘘がバレ、数年間ほど詐欺未遂の容疑で開拓地送りになったと聞いた。
悪事などそう成功するわけもなく、お金が欲しければちゃんと自分で働くしかないというわけだ。
『悪銭身に付かず』とも言うしな。
「ええと……。確か師匠からのメモで……」
師匠は、もし運があって自分しか使えないようにロックのかかった魔法具を俺が見付けた場合、その専任使用者を変更する方法をメモで残してくれていた。
とは言っても、さほど方法自体は難しくない。
師匠から暗号というかワードを聞いているので、魔晶石に触れながらそれを念じ、ロックが解けたら俺が新しい暗号を準備してそれを新しく念じて設定し直すらしい。
随分とハイテクだな。
メモに書かれたとおりに作業を行うと、正面の門はすぐに開いた。
「さてと、次は……」
開いた正面門から敷地内に入ると、今度は屋敷を守備する四体の小型ゴーレムたちが姿を見せる。
このゴーレム、小型とは言っても大きさは高さが二メートルほどもあり、四体で俺を囲みながら警告を発した。
「侵入者ニ告グ、アルフレッド様以外ノ人間ハ直チニ立チ去レ。サモナクバ、強制的ニ排除スル」
「(言葉を話せるゴーレムか。魔導技術で人工人格が形成されているんだな)」
ちなみにこの技術、古代魔法文明時代では当たり前のように普及していたらしいが、今ではロスト技術となっている。
当然研究はしているそうだが、いまだその成果は出ておらず。
現在稼動しているのは、冒険者などが遺跡から発見したものだけであった。
現在のゴーレムは、ここまで精密な動きなどできない。
施術者や操作する人間が常に近くにいないといけないし、このゴーレムたちのように仕事はできない。
魔物や敵兵士たちに対する盾になったり、目の前の指示された標的を攻撃するのが精々だった。
それでも、戦争があった頃は現代のゴーレムも大いに役立っていた。
腕や武器を振り回しながら敵に突っ込むだけで、敵を倒したり、陣地や防衛用の柵を破壊することができたからだ。
なにより兵員の消耗を抑えられる。
ゴーレムたちに攻撃された方は堪ったものではなかったが、ゴーレムを使役できる魔法使いは非常に希少なので、実は戦況にそこまで影響はなかったらしいけど。
使役者が常に目視していないと駄目で、さらに動かすのに多くの魔力が必要だからなぁ。
『人間の兵士たちを駆逐するゴーレム軍団!』とはいかなかったようだ。
拠点防衛で役に立ったらしいから防衛用か。
「俺は、アルフレッド師匠からこの屋敷の権利を譲られた者だ」
俺は小型ゴーレムたちにそう宣言し、すぐにゴーレムを停止させる暗号を声に魔力を込めながら発する。
するとすぐに、四体のゴーレムたちはその動きを止めた。
「無事、ゴーレムたちの停止に成功か。今度は……」
正面門と同じく、俺が新しい暗号を魔力を込めながらゴーレムに埋め込まれた魔晶石に触れると、数秒後無事に再起動に成功していた。
「アルフレッド様ニ替ワリ、ヴェンデリン様ヲ新シイゴ主人様トシテ認識シマシタ」
「では、引き続き任務に励むように」
「了解」
再び庭へと散ったゴーレムを見送ってから、今度は玄関のドアも同じ方法で開ける。
開いたドアから屋敷へと入ると、内部は十年以上も放置されていたとは思えないほど綺麗なままで、塵一つ落ちていなかった。
「なるほど、『状態保存』の魔法が良く利いているんだな」
掃除の手間が省けてよかったと思いながら、早速に屋敷中を捜索し始める。
部屋は一階にリビングと書斎に、キッチン、風呂、トイレなどが余裕を持って配置されている。
地下室には鍵のかかった倉庫があり、そこには高価なビンテージ物を含むワインやブランデーなどが置かれたワインセラーも完備されていた。
さらに、上下水道と調理器具、風呂の釜やトイレの水洗機能のすべてに魔導具が組み込まれ、日本で住んでいたマンションとそんなに変わらない……むしろもっと便利で豪華だ。
思えばこの世界に移転した直後、体が子供になってしまった俺は、第二の実家の文明の遅れ具合にえらく苦労していた。
トイレは汲み取り式で、水も井戸から汲んでこないと駄目だし、風呂も水汲みと釜炊きが面倒なので週に二回がせいぜい。
特に風呂は、俺がお湯を沸かす魔法を習得するまでえらく体が痒かった記憶があった。
それがこの屋敷では、付属の魔晶石に魔力をたまに補充してやれば、自動的に風呂を沸かしてくれるのだから。
「さすがは師匠。いいお屋敷に住んでいるなぁ」
これだけの優良物件なのだ。
しかも正式に俺の名義になっている以上、住まなければ損でしかない。
早速、退寮の手続きと引越しの届けを予備校に出さなければと考えていた。
予備校の寮は冒険者ギルドが所持する学生支援用のものなので、俺のように自前で住む所を確保できた人は、他の人に譲るのが筋であったからだ。
「じゃあ早速に引越しを……」
とは言いつつ大した荷物もないので、俺は一人で引越しを済ませようとしたのだが、やはりこれを隠し通すのは不可能であったらしい。
「お前、こんな屋敷、どうやって手に入れたんだ?」
「偶然かな?」
「偶然で、私とルイーゼの実家よりも豪華なお屋敷を?」
うちの実家の貧乏さを、ブライヒレーダー辺境伯家の陪臣の子である二人が知らないわけもない。
しかも八男である俺に、実家がお屋敷に住めるような仕送りをしてくれるわけがないのを重々承知……元々仕送りなんてないんだが……しているので騒ぎになって当然であった。
貴族であるはずのうちの実家よりも、イーナとルイーゼの実家の方が立派な家に住んでいる……田舎の零細貴族と、大貴族の陪臣との、あまり表立って言えない現実だな。
「魔導コンロ、魔導レンジ、トイレも水洗で、上下水道も自動とか。ボクの実家では、まず揃えるのは無理だね」
「言うまでもないが、うちも無理だぜ。ヴェルと同じく地方の田舎領主だだからな」
家の規模や外見は、貴族でも陪臣でも周囲に舐められないために豪華にする人が多い。
そしてその結果、その身分に合わない屋敷の維持に汲々とすることになり、ルイーゼやエルの実家のように、魔導具を用いた家具を購入する余裕がなくなってしまうのが、下級貴族や中堅クラス以下の陪臣には多かった。
効率よりも、見栄。
社会的な身分が高いと、色々と大変なわけだ。
「うちもねぇ。魔導コンロなんて贅沢品だもの。薪を燃やす竈が精々よ。これでも大型で高火力だから結構高かったって父が言っていたわ」
「イーナの実家は、槍術を教えるお弟子さんに食事を出すからだろう?」
道場にはお弟子さんが沢山いるから大変そうだ。
「そうよ。調理器具を魔導具にするお金はないから、これが限界ってわけ」
「ルイーゼのところもだよね?」
「ボクのところとイーナちゃんの実家は、大体家格も規模も同じ陪臣家だからね。とはいえ、懐具合に余裕があるわけでもなく、ボクたちも調理を手伝っているわけ」
そのせいで、この二人は意外に料理なども上手であった。
休日にアルバイトで狩りに出かけた時に、現地で狩った獲物の肉などを材料に、野外料理などをテキパキと作ってくれるのだ。
女の子に料理を作ってもらうというのはいいものだ。
「俺も、自分で料理くらいは……」
「エルは料理禁止!」
「確かにあのシチューはいただけないわ」
「イーナ、そうやって事実をボヤかすのはよくない。アレは家畜の餌以下だと思う」
エルは、俺も小さい頃から狩りに出ると自分で飯を作っていたと言っていた癖に、試しに作らせるともの凄く不味い飯を作りやがった!
とんでもない味覚音痴なのかと思えば、実はそうではない。
狩りのあとに行ったお店の料理が不味いと、ちゃんとそれに気がついて文句すら言うのだから。
ようするに、食べられる料理の味の許容レベルがかなり低いのであろう。
出された料理がかなり不味くても、胃に収めることができるわけだ。
零細貴族の五男の生存戦術としては必須だったのか?
俺は手に入れられなかった……必要ないけど。
「実に素晴らしい屋敷だな。よし! ここを俺たちパーティの本部にしよう」
「ものは言い様だな。入り浸る公的な理由か?」
「ヴェル、正解だ」
「いや、正解とか言われても……」
そんなわけで屋敷の存在がエルたちに知られてしまい、以上のようなやり取りの後、エルたちがよく出入りするようになってしまった。
俺が一人だけで住むのも味気ないので、『ちゃんと、片付けとかはしろよ』と釘を刺して、あとは自由にさせていたが。
「悪いけど、貴族の五男なんてずうずうしいくらいじゃないと生きていけないし。風呂を沸かしてくる。洗濯は男女別々がいいから、俺がやるよ。洗濯も魔導具でできるって凄いなこれ!」
「右に同じね。陪臣の三女なんてねぇ。夕食の支度は任せなさい。これでも結構できるのよ」
「ヴェル君、お茶を淹れてあげるね」
こうして俺は新しい自分の家を手に入れ、三人も同居人が増えたのだけど、家賃代わりに三人が色々とやってくれるようになった。
自分で料理したい時だけやればいいから、楽だな、これ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます