第27話 義姉

「ヴェンデリン君、はい、これは今日お弁当」


「ありがとうございます。アマーリエ義姉さん」


「今夜の夕食は用意しておいた方がいいのかしら?」


「はい、お願いします」



 朝食後

 家を出る前に、すでに恒例となっていた会話をアマーリエ義姉さんと短く行った。

 二十歳以上も年上の兄に嫁いだ義姉。

 今は俺よりも十歳以上年上だけど 、中身の年齢で言えば年下である義姉。

 可愛らしい人で、初めて会った時はちょっとドキドキしたのだけど、どう接すればいいものやら、なかなかに悩ましい存在でもあったのだ。

 将来バウマイスター騎士爵領を出て行く俺が、あまりアマーリエ義姉さんと仲良くしすぎるというのも問題だと思う。

 今は身体が子供なので、さすがにクルト兄さんも浮気を疑うなんてことはないと思うが、仲良くしていたら気分はよくないだろう。

 とはいえ、あまりに冷たく対応してしまうと、アマーリエ義姉さんが『自分は俺に嫌われているのではないか?』 と思ってしまう可能性もあり、結果的に朝出かける時、黒パン二個をお弁当として貰い、夕食を食べるかどうかを受け答えする形に落ち着いていた。


「(こういう時、コミュ強、リア充、陽キャラはどうするのか……余計なこと考えずに楽しく仲良く話したりするのか? すべてに当てはまらない俺にはさっぱりわからん)それでは行ってきます」


「行ってらっしゃい」


 最後に軽く挨拶をしてから俺は出かけることにしたが、森に向かう途中で開墾作業の指揮に向かうクルト兄さんと目が合ってしまった。

 別に彼を嫌いというわけではないし、後ろめたいこともないのだが、前世で言うところの警察官と目を合わせてしまった時のような感覚に襲われたのだ。


「(早くこの領地を出たいなぁ……)」


 せめて、もう少し成長した状態のヴェンデリンに転生なり憑依してくれればよかったのに……。


「(森に入ってしまえば!)」


 ボッチではあるが、自由ではある。

 俺は自由を好む元現代日本人だ。

 クルト兄さんからの視線を気にしないようにして、俺は領内の森へと歩いていくのであった。

 なぜ走り出さなかったのかといえば、クルト兄さんに『待て!』と言われるような気がしてならなかったからだ。

 自分でも完全に被害妄想だと思う。


「今日も、黒パンは食べなかったなぁ」


 毎日アマーリエ義姉さんからお弁当として貰う黒パンだけど、実はかなり余っていた。

 ブライヒブルクでお米を始めとした様々な食材が購入できるようになり、外食も可能となった今、無理をしてボソボソの黒パンを食べる必要性がなかったからだ。

 ましてや、今の俺は子供の体である。

 胃袋の容量に限界がある以上、どうしても食べたいものを優先してしまう傾向にあった。

 黒パンはボソボソしていて、基本的に味の濃い料理と合わせて食すると美味しいもの……なのだけど、バウマイスター騎士爵家において味の濃い料理ほど贅沢なものはない 。

 次に、黒パンにはなにか塗れというのが、黒パンがよく食べられているドイツでもよく言われている美味しい食べ方であった。

 最後にもう一つ。

 黒パンは焼きたてよりも、時間を置いた方が美味しくなる……あくまでも比較しての話だけど……これだけは黒パンのいいところだと思う。


「黒パンになにを塗ればいいのか?」


 その答えは非常に簡単であり、ハチミツやジャムを塗ればいいのだ。

 とはいえ、ハチミツは非常に高価である。

 ブライヒブルクで購入できるが、貧乏性の俺からすればちょっと引くぐらいの金額なのだ。

 バウマイスター騎士爵領では分家がハチミツを使ったハチミツ酒を造っていると聞いたことがある。

 例の出兵の影響で、今はあまり生産していないようだけど。

 バウマイスター騎士爵領内を探せばミツバチの巣はあるし、実際に森の中で何度か見つけたことはある。

 だが、それに手を出すのは絶対に駄目だ。

 他の獲物や採集物はともかく、ハチミツは分家の権利なのだ。

 勝手に採取したら、争いの元になってしまうのだから。


「よって、ジャムを作ります!」


 ジャムならば、材料は簡単に手に入る。

 森の中で、木苺や山ブドウを採取すればいいのだから。


「ただし砂糖は……」


 なくもないし、ブライヒブルクで購入すればハチミツよりも安い。

 ただ、調理も魔法の鍛錬と考えるならば、ジャムに付け足す甘味は魔法で作り出した方がいいに決まっているのだ。

 そこで……。


「自然の甘味。甘ツル」


 甘ツルとは、森の中でたまに見かけるツル性の植物であった。

 水をよく蓄えるので、これを切ると切り口からほんのりと甘い液体が出てくる。

 これを根気よく煮詰めると、とても甘い水飴のようなものが完成するのだ。

 ただ……。


「滅茶滅茶効率悪いなこれ」


 どおりであまり見かけないわけだ。


「苦労して大鍋いっぱいの液体集めて、これを焦がさないように丁寧に混ぜながら煮詰めると。ようやくこの小さな壺一個分の木苺ジャムの材料にしかならないんだから」


 長時間、適切な火力で大鍋を温めつつ、焦げないようにサジでよく混ぜていく。

 これも魔法で行っており、『ジャム作り訓練』と言っても過言ではなかったのだから。

 木苺自体も農家が栽培しているイチゴとは違うので、甘さよりも酸っぱさの方が際立つものであった。


「でも、逆に考えればこれは高級ジャムだな」


 ただ甘いだけではなく、木苺の酸味とわずかな渋みもその味に組み込まれ、甘さ控えめでとても美味しいジャムができたのだから。


「完成っと!」


 ジャムを作っただけで一日が終わってしまったが、得られた成果はバウマイスター騎士爵家での暮らしで大きな成果となったはずだ。

 夕方になったので、俺は屋敷へと戻った。

 夕食が終わって、兄さんたちがいなくなったので自然と一人部屋になってしまった自室で本を読んでいると、不意にお腹が空いてきた。

 木苺のジャムが入った壺と余っていた黒パンを魔法の袋から取り出し、黒パンに木苺のジャムをつけて食べる。


「木苺のジャムが黒パンのパサパサ感を解消し、素朴すぎる味に適度な酸味と、ほのかな苦み、そして甘さが加わって美味しいなぁ、これ」


 ジャムはすごいやつだな。

 さすがは、昔から作られているだけのことはある。

 これからも魔法の訓練になるから、積極的に作っていこう。

 材料の……特に甘ツルの問題があるが、これは未開地の森で採集すればいいのだから。


「となると、これは渡しておいた方がいいかな」


 ジャムの作り方は習得できたし、毎日自由にやらせてもらっているお礼だ。

 俺はジャムが入った壷を持って、台所へと向かった。

 すると台所では、アマーリエ義姉さんが洗い物をしていた。


「どうかしたの? ヴェンデリン君。お腹でも空いたのかしら?」


「いえ、お腹は空いていませんよ」


 このバウマイスター騎士爵家において、夜食などというものはほぼ存在しないので、お腹が空いたと言っても意味はないと思う。

 それに今、木苺のジャムを塗った黒パンを食べたからな。

 体が子供なので、一個食べれば十分であった。

 あっ、待てよ。


「アマーリエ義姉さんこそ、お腹は空いていませんか?」


 アマーリエ義姉さんはまだ若い。

 嫁いでからよく働いているし、夜にお腹が空くこともあるはずだ。


「お弁当にもらった黒パンですけど、お昼に鳥を獲って焼いて食べたらお腹いっぱいになってしまったんです。どうぞ」


「そうね……少しお腹は空いているけど……」


 いくらお腹が空いていても、黒パンを単独で食べるとなると辛いものがあるか。

 だが、だからこその木苺のジャムとも言える。


「これを塗って食べると美味しいですよ」


 俺は、黒パンにたっぷりと木苺のジャムを塗ってアマーリエ義姉さんに渡した。


「えっ? ジャム。とても貴重なものでは?」


「暇な身なので、今日は一日中森の中でジャムを煮ていたんですよ。どうぞ」


 俺は木苺のジャムが入った壺もアマーリエ義姉さんに渡すと、すぐに自室へと戻った。

 あまり長々と話しているところを、他の家族に見られるのはよくないと思ったからだ。


「アマーリエ義姉さん、大変そうだしな」


 誰も知り合いがいないバウマイスター騎士爵家に嫁ぎ、子供が生まれたばかりなのに毎日忙しそうに働いているのだから。

 たまにはこのくらいはね。





「甘くて美味しい」


 今、ヴェンデリン君から木苺のジャムを貰ったのだけど、実家で作ったものよりも圧倒的に甘かった。

 ハチミツは言うまでもなく、お砂糖も零細貴族が気軽に購入できるものではなく、忙しい身で甘ツルの汁を集めるのも、煮詰めるのも大変な手間がかかるからだ。

 いくら魔法が使えるとはいえ、ヴェンデンリン君も大変だったろうに。

 でも、私がことさら大喜びしてしまうと、色々と問題になってしまう。

 だからこそ彼は、家族でどうぞという体で私にジャムを持ってきてくれたのであろう。

 そんな私にできるお礼はとても少ないけど、明日からは……。





「ヴェル君、今日は夕食は必要かしら?」


「ヴェル君?」


「どうかしたの?」


「ああ、いえ。お願いします。ウサギでも獲って帰りますよ」


 ヴェル君かぁ。

 可愛いお義姉さんに、『ヴェル君』って呼ばれるのは悪い気がしないな。

 中身の年齢から考えると年下の義姉さんで、状況的にも色々と複雑なのだけど。

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