第10話 味噌っかすは、魔法の修練に励む

 朝、日が昇ると共に起床し、朝食後に六歳児が体を壊さない程度に体に合わせた木刀や槍を振るい、練習用の弓を的に向けて放つ訓練を行ってから、書斎で一人黙々と本を読む。

 昼食後は魔法の訓練を行い、夕食後も暗さで本の文字が読めなくなるまで、読書か魔法の訓練を続ける。

 幸いにして、すぐに『ライト(明かり)』の魔法が使えるようになったので、その時間は夜遅くにまで伸びていた。

 体が子供なので、比較的すぐに眠くなってしまうのが欠点ではあったが。

 ちなみに、あの書斎に父はほとんど入室して来ない。

 彼は漢字などが一切読めないそうで、領主としての執務もほぼすべて名主たちに丸投げで、書類へのサインなどは下品にも食堂で済ませてしまうからだ。

 もしかして、父は文字アレルギーなのか?

 読めもしない本が置いてある書斎に入る意味はないし、貴族の邸宅に多くの本を揃えてあるという見栄えだけが重要なのかもしれない。

 徴税を名主たちに任せるのも、計算能力が怪しいのもあるが、穀物や金の計算などに貴族自身が関わるものではない、という考えなんだろう。

 鷹揚な貴族を演じるのはいいけど、税金ををチョロまかされたらどうするのであろうか?

 俺が継ぐ家ではないから、別にどうでもいいというのが本音ではあったけど。


「さてと、今度は中級魔法だな」


 この世界に転生し、魔法の訓練を始めて一週間。

 今日からは中級魔法の訓練を始めようと、俺は誰もいない森の中にいた。

 さすがに、室内で火の矢を飛ばせるわけがないからだ。

 まだ子供なので外出の許可が出るのか不安はあったが、俺は外に遊びに出かける許可を貰いに行っても、やはり家族はあまり関心がないらしい。

 みんな忙しいので、六歳のガキに構ってなどいられないのであろう。

 すぐに外出の許可が出て、俺は屋敷の裏にある広大な森の入り口に立っていた。

 どこにでもある普通の森だ。

 魔物などは一切住んでいないそうで、家族や領民たちが定期的に蛋白源であるウサギ、鹿、猪などの野生動物を狩り、薪や山菜や木の実などを採集する。

 バウマイスター騎士爵家が管理する、大切な生活資産というわけだ。

 入り口付近ならそんなに危険があるわけでもないし、火魔法で木などを焼かなければ、家族から怒られることもないはず。

 もし俺に万が一のことがあっても家が傾くはずもないので、完全に放任されているというのが現実であろう。

 おかげで気軽に魔法の練習ができるので、ラッキーだと思ってしまう俺であったが。


「目指せ上級だよな。やっぱり」


 本には、中級魔法は一ヵ月ほど根気よく訓練を行うようにと書かれていた。

 詳細な記述と、実際に書かれたとおりに事が進んでいるので、素直に従っておこう。

 俺は、本に書かれた中級魔法を一つずつ順番に試していった。

 そしてそれが終わると、今度はその基礎魔法を用いた応用魔法に、自分で考えたオリジナル魔法。

 あとは、所謂戦闘系以外の魔法の訓練なども開始する。


「上級魔法の習得には、まだ時間がかかるのかな」


 実力的にという理由ではなく、こんな屋敷の裏の森で巨大な竜巻や火柱を連発するわけにはいかないからだ。

 いまだこの身は六歳であるし、魔力量の増大や魔法精度の上昇は順調に進んでいるので、ここは根気よく中級魔法で魔法技術の向上を図ることにしよう。

 目立たなければ上級魔法を訓練しても構わないと思うが、今はちょっと難しいかな。

 いや、戦闘系の魔法でなければいいのか。

 試してみよう。


「大体一キロ圏内くらいかな?」


 そんなわけで俺は、目立たずに使える上級の風魔法を駆使した『探知』魔法を練習していた。

 この魔法は、指定範囲内の自分以外の存在をすべて把握するという魔法で、この魔法の使い手はとても少ないと本に書かれていた。

 さらにその中でも、精度もピンキリだそうだ。

 優れた『探知』魔法の使い手は、半径数十キロ圏内にいる生物の動きをすべて察知できるらしい。

 ただそこに生き物がいるとしか判別できない人に、人間が何人、このくらいの大きさの動物や魔物が何匹と、細かく判別できる魔法使いもいる。

 さらに名人になると、一度『探知』した人間や生物などを詳細に記憶していて、その個体を再度『探知』するとすぐにわかってしまう、人間レーダーのような人もいるそうだ。

 恐ろしいまでの精度だな。

 俺の場合、これまでの訓練で半径一キロ程度まで探れるようになった。

 探知対象の大きさと数くらいは把握可能になっている。

 イメージとしては、頭の中にレーダースコープが浮かぶような感じだ。

 輝点の位置で方角と距離を、輝点の大きさで対象物の大きさを把握していた。

 今のところ『探知』探知できたのは、人間、ウサギ、猪、熊などの野生動物くらいなので、早く外の世界で色々と『探知』したいものだ。

 この世界に転生して一ヵ月あまり、いまだに魔物の姿を見たことはなかったが、さすがに放任主義の新しい家族でも、あえて六歳の子供を死地に向かわせないようにしているのであろう。


「このまま地道に、魔法の訓練に励むとしてだ」


 この『探知』の魔法はとても便利であった。

 いくら魔法が使えても六歳の子供に猪や熊の相手は難しいはずで、危険を回避しながら森の探索を行えるのだから。

 家の中にずっとといるよりも楽しいし、実は昨日の晩に今までろくに話しかけてこなかった父が、俺にある命令を出していた。


『ヴェルよ。最近はよく、森に探索に行っているらしいな』


『はい』


『許可は出したが、森には危険な動物も多い。気をつけるように』


 引き続き森に出かける許可が出たが、貴族だとありそうな従者の同行などはない。

 放任主義の賜物というか、もし八男である俺が死んでもバウマイスター騎士爵家の存続にはなんら影響もなく、従者にする人手が惜しいというのが現実なのだと思う。


『うちも色々と大変なのでな。もし森の中で食べられそうなものがあったら採取してくるように。薪もできる限り拾ってくるのだぞ』


 さすがに開墾を手伝えとは言われなかったが、六歳にして家の手伝いをする羽目になってしまった。

 なので今日の俺は、毎日訓練に使う木剣を腰に差し……ただこれはどう考えても、ないよりマシ程度しかない。

 鉄や青銅製の剣を子供に渡すほどこの領地の経済は豊かでもないし、どうせ今の俺が剣で熊や猪を倒せるわけがないのだから無駄だからであろう。

 あとは薪を載せる背嚢に、訓練に使っている小さな弓と矢が十本あまり。

 矢は小さく、しかも訓練用なので木をナイフで削って尖らせただけの鏃しか付いていない。

 運がよければ、小型の鳥くらいは落せるのであろうか?

 これもないよりはマシくらいのもので、そんなものを使う前に逃げろってことなんだと思う。


「武器にはまったく期待していないけどね」


 それよりも、自分で考えた魔法の方が威力があるはずであった。

 石で短めの矢を生成し、それを風の力で飛ばす。

 クロスボウを魔法で再現しただけなのだが、この世界の魔法はこんな改良も比較的簡単に行えた。

 あまりに才能次第なので、考えても実行できるかは完全に運任せであったが。

 幸いにして俺は、この創作魔法の展開に成功している。

 その威力も、当たり所さえよければ熊ですら倒せるだろう。

 連射もソコソコ可能で、今は発射速度の改良に勤しんでいた。

 魔法のコントロールについては、自身の弓の訓練を参考にしているので、朝早くに訓練を続けているのもまったく無駄ではなかったということかな。


「ええと……。この山菜は食べられるか」


 家で読んだ図鑑を参考にキノコ、山菜、野苺などを採取し、あとは薪を拾って背嚢に積んでいく。

 次第に荷は重くなっていくが、これは風の中級魔法である『軽量化』と、自身の力を筋力強化の魔法で嵩上げして誤魔化していた。

 続けて、疲労した筋肉に水の回復魔法をかけていく。

 筋肉の中の疲労物質が消えて、体が軽くなったような気がする。


「本に書かれていた魔法は全部使えるんだよな。将来は、安定した宮仕えを目指すかな?」


 魔法の訓練も兼ね、結構な量の薪や山菜、野苺が獲れたので今日は家に帰ることにする。

 魔法のおかげで帰り道も軽快に進み、そろそろ出口に差し掛かった頃、ふと視界に一羽の鳥の姿が見えた。


「(ホロホロ鳥だ!)」


 ホロホロ鳥とは、地球でその肉が高級品とされ、日本でも飼育が始まった鳥ではない。

 この大陸中に多数生息している、鴨を一回りほど太らせたような鳥で、その肉は大変美味であり、羽なども装飾品の材料として人気があった。

 ただ、この鳥はなかなか捕まえられない。

 見た目とは違って人の気配に敏感で、飛ぶスピードも恐ろしく速かったからだ。

 我が領で一番と称される猟師が一日森で粘って、運がよければ一匹獲れる程度だと聞く。

 当然、滅多に食卓には上らない。

 俺もこの一ヵ月で、ほんの小さな肉片を一切れ口にしただけであった。

 一切れも貰えないよりはマシであろうが、ああ悲しき八男の悲劇とでも言うべきか。


「(あんな小さな一切れでも、ホロホロ鳥の肉は旨みが凝縮して美味しかったな。待てよ……)


 もし俺がこのホロホロ鳥を狩れたら?

 毎日、黒パンと塩野菜スープだけの食事に焼き鳥が付くではないか。

 うちの家族は、放任主義ではあったが冷徹ではない。

 このホロホロ鳥を狩った功績を、決して無にはしないはずだ。


「(決めた。待っていろよ! 肉!)」


 この一ヵ月ほど、魔法の特訓は楽しかったのだが、食事に関しては栄養のためと割り切っている自分がいた。

 しかし、やはり自分は食に拘る元日本人なのだ。

 拘りのレベルが若干低いような気もするが、そんなことを気にしてはいけない。

 今はとにかく、ホロホロ鳥を狩ることに専念しよう。

 とはいえ、装備している射程の短い小さい弓では、近付く前にホロホロ鳥は逃げてしまうであろう。


「ならば、新しく開発したクロスボウの魔法で!」


 最初は五発ほど、大きく狙いを外してホロホロ鳥に逃げられ続けたが、次第に狙いは正確になっていき、ついに二羽のホロホロ鳥を仕留めることに成功した。


「ただいま」


「ヴェルか。ちゃんと薪は……お前、ホロホロ鳥を仕留めたのか!」


 二羽のホロホロ鳥は無事に食卓へと並び、功労者である俺は久しぶりに美味しい焼き鳥を食べることができた。

 塩のみの味付けだが、それでもホロホロ鳥の肉自体がジューシーで旨味も多く、とても美味しかった。

 そして初めて、俺は家族全員に褒められたのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る