第59話 天岩戸

剱とゲオルギオスの水中戦。

その戦いは剱が一方的に押す形で進んでいた。


最初は時間との戦いだと思っていたが、それは杞憂に終わる。

彼女の成長は目覚ましいものがあった。

特に今の、速攻をかける際の水中での動きは見事としか言いようがない。


――まさに人魚だ。


その動きから、俺はかつて戦った魔の海の人魚達の事を思い出す。

マッチョな見た目のわりにパワーは大した事がなかったが、魔力で水流をコントロールし、尾ビレで自由自在に動く奴らは難敵だった。


そして今の剱の動きは、それに限りなく近い。

制服を身に着けた状態でさえ、水中戦を得意とするゲオルギオスを圧倒していた。


ほんと、この短期間で大したものだ。


「ん?」


試合を眺めていると、ゲオルギオスの水球に変化が現れた事に俺は気づく。

そして眉根を顰めた。

何がとは言えないが、何か嫌な予感がする。


「どうしたんだ?」


理沙はそんな俺の様子に気付いた様だ。


「ああ、なんか……まずいかもしれん」


曖昧に返す。

俺自身、何が起こるのか判断できない事が起こる。

それだけはハッキリと分かった。


そして――


「げ!?」


武舞台の中央にある水球が、突如破裂する。

いや、大爆発したといったほうが正しいか。

とにかく、剱とゲオルギオスの二人はその爆発で盛大に吹き飛ばされてしまった。


ゲオルギオスの方は直前に丸めていた体で、うまく受け身をとっていた。

それに対し、急な爆発で吹き飛ばされた剱は、地面に勢いよく叩きつけられてしまっている。


「まさか、こんな使い方をしてくるとはな……」


「ふふふ。弟のあれは、元々は水の爆弾なのよ」


呼んでもいないのに、こっちへやって来たエヴァが――近すぎると拝めないので寄るな――俺にしな垂れかかろうとして、理沙に止められる。

お陰でアレが全く見えなくなってしまった。


なんとなく、天岩戸の神話を思い出す。


エヴァのアレがアマテラスで、理沙が岩戸という配役だ。

いるのなら、ウズメさんには早急に駆けつけて貰いたいところ。


「よくもまあ、爆弾の中で戦う気になるもんだ」


口ではそういったが、決して悪い手ではない。

むしろ合理的と言ってもいいだろう。


得意な水中で有利に戦い。

ダメなら自爆で相手を巻き込む。

まさに隙のない2段構えの能力だ。


欠点があるとするなら、自爆の際に自分も大ダメージを受ける事ぐらいか。

今の爆発で、ゲオルギオス自身もかなりのダメージを受けている。


「相打ち……いや、先輩は気絶してるからゲオルギオスの勝ちか?」


「もちろんよ。弟が奥の手まで使ったんですもの」


相当きつそうではあるが、ゲオルギオスはなんとか立ち上がろうと膝と両手を地面につけていた。

立ち上がるのにそれだけ必死な状態では、立ってもまともに戦えはしないだろう。


それでも、目を閉じて地面に寝っ転がっている剱よりはまし。

理沙達はそう判断した様だ。


だが違う――


「いや、まだ勝負はついていないぞ」


「え!?でも先輩は気絶してるんじゃ?」


「気絶はしてないさ」


完全にダウンしている様にも見えるが、そうではない。

確かにかなりのダメージを食らったとは思うが、まったく動けなくなるほど深刻なものではなかった。

尾ヒレを作る要領で、咄嗟に闘気を放出して全身をガードしていたからな。


教えてもいないのに、咄嗟に闘気を使っての防御が出来るあたり、彼女のセンスの高さが伺える。


「ただ麻痺しびれが取れるのを待ってるだけだ」


いま彼女が倒れたままなのは、単純に闘気の使い過ぎのせいだった。

身を守るために限界を超えて放出したせいで、軽いショック状態で一時的に体がマヒしているのだ。

俺も昔訓練で無茶しまくって、よくそうなっていたから知っている。


「そ、そうなのか?」


「ああ。出なきゃとっくに茨城がジャッジを下してるさ」


ゲオルギオスも立ち上がれてはいないが、もし剱が完全に意識を失っていたなら、ジャッジはとっくに下っていただろう。

茨城も気づいているからこそ、まだ宣言していないのだ。


「あ!」


噂をすればなんとやら。

剱は目を開け、ゆっくりと立ち上がってくる。

そしてまだ立ち上がる事の出来ていない、ゲオルギオスの元へと向かう。


その足取りは少しふらついていたが、止めを刺すぐらいなら問題ないだろう。


「……」


しかし彼女は、生み出した槍を手に這いつくばるゲオルギオスの前に無言で佇んだ。

そのまま攻撃すれば、それで決着はつく。

だが動かない。


恐らく、剱は待っているのだろう。

彼が立ち上がるのを。


ゲオルギオスはまだ戦う意思を失ってはいなかった。

それは目を見ればわかる。

そこに戦う意思があるのならば、その力の最後の一滴まで引き出し、倒す。


剱の考えはそんな所だろう。

生粋の戦闘狂とも言える思考だ。


だが、嫌いじゃないぜ。

そういうの。


「うおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


ゲオルギオスが雄叫びとともに立ち上がる。

ふらつきながらも、その手には赤い槍が生み出された。


「……待たせた」


「気にするな」


二人が槍を構えた。


「行くぞ!」


「来い!」


赤と白。

その二つの切っ先が交差し、互いの肉体に吸い込まれていく。


防御など無視した渾身の一撃。

二人の肉体は、お互いの切っ先を受け、その衝撃ではじけ飛んだ。


すでに限界を迎えていたゲオルギオスはそのまま勢いよく倒れ、地面に大の字で転がってしまう。

最後に根性を見せた、彼の精神力は素晴らしいものだった。


だがやはり――


一撃を受けた剱は吹き飛ばされながらも地面に槍を突き立て、倒れる事を拒む。

そして手にした槍を高々と掲げた。


「俺の……勝ちだ!」


「勝者!金剛剱!」


俺は武舞台の上に上がり、剱の元へと向かう。

勝ったはいいが、彼女もボロボロだ。

肩を貸してやるとしよう。


「最後の一撃は、躱しながら打ち込めたんじゃないのか?」


「お前だって同じ事しただろ?」


「かもな」


剱の拳に俺の拳を軽く当てる。

まさに男の友情といった感じだ。

泰三では絶対こうはいかないだろう。


「よし鏡。勝利の抱擁を――」


「はいはい!金剛先輩びしょ濡れだから、タオルで拭いてあげますね!」


剱が俺に抱き着こうとした瞬間、俺達の間に理沙が割って入る。

そしてその手に持ったバスタオルで、金剛の顔をガシガシと拭きだした。


「ぶわっぷ。皇、そういうのは後でいい。今は喜びの抱擁を鏡とだな」


「ハイハイ、ホウヨウホウヨウ」


理沙が剱に抱き着き、すぐに離れて再びバスタオルで髪などを拭きだす。

仲のいい事だ。


訓練を理沙が手伝ってくれた事もあって、二人はすごく仲が良くなっていた。

どちらかといえば特殊なこの二人は、平均的な女子からは外れている。

それで気が合ったんだろう。


肩を貸すために来たんだが、まあ後は理沙に任せておけばいいか……


「んじゃ、俺は先に帰るわ。なんか体動かしたくなってきたから」


剱とゲオルギオスの勝負を見ていたせいか、なんだか無性に体を動かしたくなってきた。

寮まで走って帰って、朝まで特訓コースといこう。

この一週間は剱に付き合ってたせいで、自分の分が少し疎かになってなってたからな。

その分を取り返す。


「じゃな!」


「あ!ちょ、鏡――」


剱が俺の名を呼んだが、気にせず猛ダッシュする。

俺の頭の中は、すでに訓練モードだ。

まあ何か用があるなら、また後にでも訪ねて来るだろう。


そんな事よりも、今は訓練だ。

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