第56話 ファン

学園の施設には、水泳場――プールが二つある。

一つは授業などで使われる普通のプール。

もう一つは、普段は使われる事の無い特殊な物だ。


金剛の訓練にはこの特殊な方を使う。


サイズ自体は50メート×2の、少し大きめな正方形の室内プールだ。

だがこのプールは水深が50メートルもあるため、立体的な全体図で見ると綺麗な立方体をしている。


「ふっか」


水着姿の理沙がプールサイドからそこを覗いて、声を上げる。

彼女は成長期であるためか、初めて会った時はCクラスだったその戦闘能力は、今では限りなくDに近い所まで仕上がって来ていた。


ビバ成長期。


「まあ訓練用らしいからな……」


黒目を外しつつ、彼女の胸元を凝視する。

そこにイヤらしい気持ちはなく、友の成長を暖かな気持ちで見守っているとだけ言っておこう。


少し残念な所があるとすれば、胸元ががっちり隠れてしまうスク水だと言う事だろうか。

まあ派手な髪色やメイクとのミスマッチでこれはこれで悪くはないのだが、やはり胸元ガバーには一歩及ばない感じだ。


「そういや泰三は?」


「眠らせて来た」


部活を休んで金剛の訓練を手伝うとほざいていたが、あいつの場合は下心丸出しだったからな。

強くなるための訓練を冒涜する奴の腐った性根には鉄拳制裁を加え、岡部に丸投げしてきた。


「ははは、アイツ絶対水着目的だもんな」


泰三よ。

理沙にすらバレバレだぞ。


「それよりさ。せっかく水着なんだし、金剛先輩が来るまで二人で泳いどこうぜ」


軽く柔軟運動しながら遊ぼうと誘って来る。

俺も当然水着なので別に水に入るのは構わないのだが、残念ながらその提案は却下だ。


何故なら――


「いや、来たみたいだ」


「待たせて悪い」


室内プールの扉が開き、金剛が姿を現した。

いつもの姿で。


「何で学生服をきてるんだ?」


「もちろん、ポセイドンにリベンジするためだ」


言葉の意味が良く分からん。

リベンジする事と、学生服を着ている事に何のつながりが?


「確かに制服だと水を吸って水中での活動には不利だ。水着を着て戦った方が楽だろう。けど、条件を変えてしまったんじゃ意味がない」


「ああ、成程」


金剛の言葉に俺は納得する。

制服で戦って負けたから、有利になる様に水着を着る。

単なる勝負なら、それは間違いなく正解の行動だろう。


だがこれは殺し合いではなく、己のプライドをかけてのリベンジだ。

ただ勝てばいいという問題ではない。

あくまでも、同じ条件で再戦する事に意味がある。


「何が成る程なんだ?あたしにはさっぱり意味が分からないんだけど?」


「ふ、男の世界の話だ。女の理沙には理解できんさ」


「いや、俺も女なんだが?」


理沙の問いに格好つけた返しをしたが、金剛に突っ込まれてしまった。

こいつは一本取られたぜ。


「細かい事は気にするな」


「まあそれもそうだな」


「性別が細かいって、お前ら……」


理沙は呆れているが、戦士にとって性別など些細な事でしかない。

獣医志望の彼女にはそれが理解できない様だ。

まあ俺達とでは生きる世界が違うのだから、それも無理からぬ事だろう。


「ところで、何で皇がここにいるんだ?」


「なんでって……まあ知らない仲でもないし、手伝ってやろうと思っただけだよ」


彼女の能力は動物と意思疎通するだけではなく、その能力を自らの身に宿す事も出来た。

カワウソの力を宿せば――というか宿して来ている――水中でも自由自在という訳だ。

水中での訓練には、もってこいの能力と言えるだろう。


「ははーん……成程な」


「何がなる程なんだよ……」


「安心しろ。訓練中に鏡にちょっかいをかける様な、ふざけた真似はしない」


「ふん、どうだか」


理沙は訓練中に何かちょっかいをかけると疑っている様だが、金剛がふざけた真似をする様な事は無いだろう。

こいつの強さへの思いは本物だ。

拳を交えた俺にはそれが良く分かる。


「んじゃま、訓練を始めるとするか」


「具体的にはどんな訓練をするんだ?」


「訓練ポイントは4つだ」


理沙が聞いてくる。

俺はそれに指を四本立てて答えた。


「まずは闘気のコントロール」


「闘気?なんだそれ?」


「ああ、そういや理沙はしらなかったな。なんていうかな……要は生命エネルギーを使う感じだ」


理沙は眉根をしかめる。

今一ピンとこないのだろう。

まあそれも無理はない。

こういうのは感覚を掴めないと、理解するのは難しい物だ。


「ギフトじゃないのか?」


「別物だ。能力じゃなくて、身体コントロールの延長線上にある感じだな。まあ要はそういう力があるって事で、細かい事は気にするな」


「ふーん」


説明は適当に切り上げる

そこにあって使える。

それ以上の原理的な説明は、研究者じゃないので――そんな研究してる奴がいるのかは知らないが――答えようがないからな。


「まず金剛には、闘気のコントロールを覚えて貰う」


「成程。水中では真面に動けないから、闘気の攻撃をメインに据えるという訳か」


「いや、逆だ」


金剛は攻撃用だと判断した様だが、全く逆だった。


闘気を直接的な攻撃に使わせる気はない。

金剛の腕前じゃ多少精度を上げたところで、水中であれだけ自在に動く相手に直撃させるのは難しいだろうからな。

広範囲をカバーする大技なら別だろうが、ゲオルギオスがそれだけの隙をくれるとは思えない。


「逆?攻撃には使わないって事か?じゃあどうするんだ?」


「闘気は相手への妨害と自分の動きに使う」


「妨害?動き?」


「まあ見てろ」


俺はそう言うと水中へ飛び込み、10メートルほど泳ぐ。

そして全身から闘気を放出し、それを自分の周囲で旋回させて見せた。


「なんだ!?竜也の周りに渦が!?」


俺の周囲に大きな渦の様な水の流れが発生し、それを見た理沙が驚きの声を上げる。


「闘気で……水の流れを作ってるのか?」


「ああ。周囲の水流をコントロールすれば、相手の動きを阻害できる」


ゲオルギオスがどれ程水中での戦いに長けていようと、大きな水流の中ではその動きが鈍る。

理想は奴のウォーターフィールド全体をかき回す事だが、まあ流石にそれは無理だろう。


目標としては半径2メートル位は欲しい。

相手に遠距離攻撃の手段が無ければ、まあそれで十分だ。


「それに自分の動きのサポートも可能だ」


動き易いように闘気で水流を生み出せば、その流れに乗る事で此方の動きも格段に良くなる。

俺は旋回している水流を変化させ、それに乗って一気にプールの縁まで戻って見せた。


「これが出来れば、戦いは相当有利になるぜ」


普通に考えれば、短期間の訓練で圧倒的な差のあった二人の水中での実力をひっくり返すのは不可能だ。

それでも俺が1週間と口にしたのは、金剛が闘気を扱えたからに他ならない。

この水流コントロールさえ習得出来れば、その差を一気に埋める事が出来るだろう。


「相手の作り出す環境に飲まれるだけではなく、此方でコントロールしてやろうという訳か……面白いな」


「よし、じゃあまずは動かし方だ」


俺は水中からプールサイドへと上がる。


金剛は闘気を力として、直線的に放つ事しか出来ない。

今から俺が教えるのは、闘気を体の一部の様にコントロールする方法だ。

それにはまず、体感させる必要があった。


「金剛。体から完全に力を抜いて闘気を消してくれ。その上で全身の感覚を研ぎ澄ますんだ」


そう言うと俺は金剛をぎゅっと抱きしめた。

そしてそっと、彼女の体の中に俺の闘気を流し込む。

流れ込んだ闘気の動きから、金剛には闘気を動かす感覚を覚えて貰う。


「う……ぁ……鏡……体が……」


「力は籠めるな。俺に身を任せろ」


他人の闘気が自分の体の中で蠢く感覚は、かなり不快なものだ。

だが短期間でコントロールを覚えるのは、これが一番てっとり早い。

実は俺も、かつて師と仰いだ人物に同じ訓練を施されている。


「うぅ……鏡……」


「こらえろ、こんごっおっ!?」


俺の顔面に拳がめり込む。

理沙のものだ。

気を送るのに集中していたせいで対応できなかった。


ふ、俺もまだまだ未熟だな。

しかし解せん。


「何で邪魔をしたんだ?」


「するに決まってるだろう!いきなり先輩を抱きしめるとか!馬鹿か!お前は馬鹿なのか!?」


「いや、これが一番効率のいい訓練方法なんだが?」


「嘘つけ!このドスケベ!」


失敬な。

健全な男子なので助平なのは否定しないが、俺は訓練に下心を差し挟むような真似はしない。

常に真剣、全力投球だ。


「鏡、続けてくれ」


金剛が熱に浮かされた様にふらつきながらも、続行を口にする。

かなりきつめの訓練だが、彼女は全く怯む様子を見せない。

いい根性だ。


俺は再び金剛の体を抱きしめ――


「させるかぁ!」


また理沙の拳が飛んでくる。

が、今度はひらりと躱してみせた。

甘いな、俺に二度も同じ手が通じると思ったら大間違いだ。


「だから、邪魔すんなよ」


「しない訳ないだろ!訓練は他の方法でやれ!」


「やれやれ」


結局理沙に邪魔をされまくったので、この方法は断念する羽目になった。

ただ金剛は驚くほど呑み込みが早かったので、最初のほんの短時間でも感覚を掴めていた様だ。


お陰で問題なく次のステップに進む事が出来た訳だが――


理沙はなんであんなに邪魔をしてきたのだろうか?

それが分からない。


ひょっとして。


ひょっとすると。


理沙は――金剛の隠れファンだったのだろうか?


それなら納得いく。

大好きな金剛が男に抱きしめられたら、ファンなら嫌がるのも当然だ。

訓練を手伝うと言ったのも、少しでも近くにいたかったためか。


全ての符号ががっちりと噛み合い。

俺は心の中でポンと手を打つ。


理沙……同性同士の恋はいばらの道だとは思うが、俺は友達として陰ながら応援してるぞ。

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