第51話 隣の席

軟骨を砕く感触。

殴ってから少々やり過ぎたという事に気づいた。

俺に殴られたエヴァは、鼻血を吹き出しながら吹き飛んでいく。


このままだと黒板に突っ込んで大惨事だ。


だが流石の俺も、ここから追いかけて黒板に突っ込む前のエヴァを受け止めるミラクルを起こすのは無理だった。

まあ大怪我したら――あまりやりたくはないが、何とかバレない様こっそり魔法で回復してやるとしよう。


「よっと」


だがその心配は杞憂に終わる。

黒板に突っ込む直前に桜先生がエヴァの体を空中で綺麗にキャッチし、その勢いを殺して黒板直前で着地した。


いい動きだ。

普段の隙の無い立ち居振る舞いからかなりやるとは思っていたが、一度機会があったら彼女と手合わせしたいもんだ。


「今のは……エヴァさんが悪いわね」


桜先生が笑顔でそう告げる。

どうやら彼女は、俺が何故エヴァをぶん殴ったのか理解してくれている様だ。


「ただ流石に、鼻を折るのはやり過ぎよ。鏡君」


「はぁ……すいません」


痛い所を突いてくる。

確かに目つぶし程度で良かったのは事実だ。

それでもし止まらない様ならば、その時は改めて半殺しにすればいい訳だからな。


異世界で生きるか死ぬかのやり取りをしていたせいか、咄嗟の事に対してどうしても過剰に反応してしまう。


此処は平和な日本だ。

ある程度自制できる様にしておかないと、流石にまずいな。


「取り敢えず、エヴァさんを保健室に――」


「あ、あの。彼女の事なら私が回復します」


留学生のアメリが、気絶しているエヴァの顔の前に手を翳した。

彼女の手が温かく光り、エヴァの見事にひん曲がった鼻が見る間に修復されていく。


かなりの回復速度だ。

俺の魔法といい勝負できるレベルと言っていい。

それに彼女から感じるこのプラーナ――恐らく、ギリシア組3人の中ではトップだ。


プラーナの総量は強さに直結する。

俺の中の獣が、彼女と戦いたいと疼いて仕方がない。

後で一発頼んでみよう。


「お、おい!?何があったんだ?」


「ああ、なんかしらんが俺に対して能力を使って来たんだよ」


事情を理解できていない理沙が聞いて来る。

今のままだと俺が悪者にされそうだったので、教室中に聞こえる様大きめの声でそれに答えた。


「だからぶん殴った」


「お前、本当に容赦ねぇな……」


全力では殴ってないんだから、死なない程度にはちゃんと容赦している。

だが周りにはそう見えなかった様だ。


これが異世界だったら「なんて寛容なお方なのだ!」とか返って来るんだけどなぁ……現代日本はやりにくくて困る。


「何か用か?」


俺の前に、ゲオルギオス・デュカス――通称ポセイドンがやってくる。

苦情でもいいに来たかと思ったが……


「姉が失礼をした。申し訳ない」


そう流暢な日本語で謝ると、その巨体を折り曲げてポセイドンは頭を下げた。

その礼儀正しさにちょっと面食らう。


「ああ、気にしなくていいよ。お仕置きはちゃんとしたしな」


「寛大な心遣いに感謝する」


そう言うと、教壇の方にポセイドンは戻って行った。

喧嘩を吹っ掛けられなかったので、ちょっと「つまらん」と思ったのは内緒だ。


既にエヴァは意識を取り戻しており、じっとこちらを見ている。

治療を終えた彼女は鼻血を拭き、再び此方へとやって来た。


今度こそ文句でも言われるのかと思ったが――


「そこを退いて貰えるかしら」


何故か俺ではなく、理沙とは反対側に座る女子に声をかけた。

しかも席を退けと言っている。


「あ……は、はい、どうぞ」


彼女の目が赤く輝くと、その女子は荷物を持って開いている席に抵抗なく移ってしまう。

どうやらあの目は、他者の精神に影響する能力の様だ。


俺の勘はやはり正しかった。

ぶん殴って正解だ。


「先程は失礼しました。今日から隣の席同士、仲良くお願いしますね。キング」


「……」


正直……反応に困る。

向こうが悪いとはいえ、鼻をへし折ってぶっ飛ばしてるわけだからな。

戻ってきて即フレンドリーにされても困る……というか、逆にそっちの方が怖いわ。


「それじゃあ授業を始めましょうか」


ポセイドンとアメリが桜先生の指示で席に座り、何事も無かったかの様に授業が始まる。


「私、教科書を持っていませんので見せて頂けますか?」


そう言うと、エヴァは席を動かして俺の席にくっつけた。


「あ、ああ……」


そういえば、エヴァは鞄を持っていなかった。

他の2人は持っていたが、彼女だけは手ぶらだ。


教科書持ってきてないとか……一体何しに学校に来たんだ、こいつ?


「ん?」


ツンツンと左肩がつつかれる。

理沙だ。

何故か怖い顔をしている。


「デレデレすんなよ。みっともない」


俺にだけ聞こえる様、そう彼女は呟いた。

言ってる意味が分からん。


確かにエヴァは美人でスタイルもいいが――後、いい匂いもする。

いやまあそれはどうでもいい。

流石にさっき自分が鼻をへし折った相手にデレデレするとか、あり得ないだろう。


どんなドSだよ。


「少し見えづらいので失礼します」


机から出した教科書を広げると、エヴァが俺に寄りかかって来る。

その大きな胸が俺の腕にしかかり、思わずにやけてしまう。


「あたっ!?」


理沙に思いっ切り足を蹴られた。

後、桜先生に流石にそれはと注意されてしまう。


結局、エヴァには予備の教科書が手渡され、席は離れてしまった。


………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………残念だ。

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