第44話 応援
「よう」
控室でストレッチをしていると、ドアが開いて理沙と金剛が入って来る。
ここは関係者以外立ち入り禁止なのだが、俺に声をかける為に二人は警備の目を盗んで忍び込んで来た様だ。
「妙な組み合わせだな。お前ら知り合いだったのか?」
「んな訳ないだろ。勝手について来たんだよ」
理沙は半眼で金剛を睨む。
だが当の本人はそれをまったく気にしていない様だった。
「鏡。安心しろ。お前の骨は俺がちゃんと拾ってやるから、全力で玉砕してこい」
「おいおい。縁起でもない事言うなよ」
金剛が爽やかな笑顔でとんでもない事を口にする。
まあこいつは荒木真央の実力を知っているだろうから、その上で俺には勝ち目がないと判断しているのだろう。
「あたしは竜也が勝つって信じてるからな!」
「おう。この学園の女王様をぶちのめして来てやるから、楽しみにしてろよ」
「何か勝算でもあるのか?厳しい事を言う様だが、俺を倒した時に見せた力位じゃ勝ち目はないぞ?」
「まあ見てろって」
勿論勝算はある。
まあ金剛には話せない方法ではあるが。
「良いだろう。将来の番の戦いっぷり、しかと目に焼き付けさせてもらおう」
金剛は目を細め、腕を組む。
何故か偉そうだ。
こいつ本気で俺を口説く気があるのだろうか?
「金剛先輩。番とかそういうの、竜也に迷惑だよ」
「そうなのか?」
「まあ俺は16だし。結婚とか考える年じゃないからな」
因みに金剛は一つ上だったりする。
そのためか理沙は一応先輩付けしていた。
まあ俺は問答無用で溜口だが。
「ああ、それなら心配するな。将来的にはという話だから、今すぐに結婚を迫るつもりはないさ。だから鏡は気兼ねなく俺に惚れるといい」
自分に惚れるというこの謎の自信は、一体どこから来るのだろうか?
確かに顔は綺麗だし、昨日見た――サラシの――感じだと胸もかなり大きい。
だが言動があれなせいで、金剛は異性って感じが全くしなかった。
俺はどっちかというと可愛らしいタイプが好きだから、見た目が良くても今のままじゃ落とすのは絶対無理なんだが……言ってやった方がいいだろうか?
「ふん、そんな男みたいな格好で竜也が落ちる訳ないだろ?先輩は今まで通り、アイドルとして女子にキャーキャー言われてればいいんだよ」
「悪いが、俺には同性愛の趣味はないんでね。遠慮しておくよ」
金剛と理沙が睨み合う。
二人の間に稲光が走った様に感じるのは気のせいだろうか?
「で、お前ら何しに来たんだ?」
なんか雰囲気が悪くなりそうなので、話題を変える。
というか特に用がないのなら、準備運動に集中したいのでとっとと帰って欲しいのだが。
「お、応援に来たに決まってるだろ」
「夫を戦に送り出すのは、妻の仕事だからな」
理沙はともかく、金剛は本当に訳が分からん。
こういうのを古風というのだろうか?
「だからそういうの、竜也に迷惑だって言ってるだろ?」
「おっと、すまんな。ついつい本音が出てしまう。いじらしい乙女心と受け取ってくれ」
再び理沙と金剛との間に火花が飛び散る。
どうやらこの二人は絶望的に相性が悪い様だ。
「うん、お前ら迷惑だからもう帰れ」
流石に事あるごとに横で揉められたら、折角戦いの為に高めた集中力が散ってしまう。
冗談抜きで迷惑だ。
「だそうだ。理沙?だっけか。君はもう帰れ」
「人の名前を下で呼び捨てにするな!ていうか、帰るのは先輩の方だろ!」
二人は再び揉めだす。
俺は“お前ら”と言ったのだが、話を真面に聞く気はないらしい。
どうした物かと思案していると、人の気配が近づいて来るのが分かった。
この気配は……
「天の救いって感じかね」
「貴方達、何をやってるのかしら?」
鬼の風紀委員長様の登場だ。
扉から入って来たその姿を見て、金剛と理沙がギョッと表情を変える。
「ここは関係者以外立ち入り禁止よ。即刻立ち去りなさい」
「い、いや。俺は鏡の伴侶としてだな」
理沙はその冷たい視線に威圧されてしまうが、金剛は言い訳を口にする。
「金剛。貴方は武を志す人間なのでしょう?だったら下らない言い訳はせず、ルールを守りなさい」
「ぐ……」
痛い所を突かれたのか、金剛も黙った。
流石風紀のトップだけあって、氷部は弁が立つ様だ。
「分かったなら、二人とも早く退室なさい」
「まあ仕方ないな」
「……竜也、観客席から応援してるから頑張れよ」
二人は渋々控室から出ていく。
それを見送ってから出て行こうとする氷部の背中に、俺は声をかけた。
「風紀委員もたまには仕事するんだな?」
返事の代わりに、鋭い氷の針が飛んで来た。
相変わらず冗談の通じない奴だ。
だがまあ、お陰で外野に邪魔される事無く集中力を高める事が出来る。
氷部には感謝だ。
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