第41話 決勝戦

会場内に黄色い声援が湧き上がる。

勿論、俺に対する物ではない。

学園の王子様こと、金剛劔こんごうつるぎに対する女子達の声援だ。


奴の歩みに合わせるかの様に、女生徒達が「王子!王子!」と連呼する。


五月蠅い事この上なしだ。


言っておくが、これは嫉妬ではない。

純粋に武人として、外野の声が煩わしいと感じているだけだ……ほんとだよ?


「相変わらず大人気だな。王子様は」


武舞台上の中央で奴と向かい合う。


「王子呼びは止めてくれと言ってるんだがな。全く、彼女達にも困った物だ」


金剛は此方の嫌味に気づいていないのか、サラリと返してくる

俺も「王子と呼ぶのは止めてくれ」なんて台詞を、一度は言ってみたい物だ。

まあそんな機会、一生巡っては来ないだろうが。


「そりゃ大変だな」


正面からじっくりと改めて奴の顔を眺める。

中性的で抜群に綺麗な顔立。

空条が言うには、男子の中にも密かにこいつのファンがいる程だそうだ。


キモッ!


と言いたい所だが、化粧して胸に詰め物でもいれたら絶世の美女に早変わりしそうな美貌だからな。

喰い付く奴がいてもそれ程おかしくはないと、金剛のビジュアルには妙に納得させられる物がある。


ま、俺は興味ないけど。


「試合開始!」


武舞台の中央で睨み合う中、開始のアナウンスが流れた。

俺は考え事を中断し、拳を構える。


「さて、それじゃあ……あの時の決着といこう」


金剛の手に、白銀の槍が現れる。

それを片手で軽く回し、その切っ先を俺へと向けた。


それに合わせて、観客席からは「きゃー」とまるで絶叫に近い悲鳴が上がる。


だがそんな声など気にせず、俺は奴へと集中する。

奴ももう、外野の声は耳に入っていない様だ。


「参る!」


金剛は半身の構えから地を蹴り、矢の様に一直線に突っ込んで来た。

早く鋭い突きだ。

俺は手にオーラを纏わせ、手甲代わりにしてその先端を払う。


「はぁぁぁぁぁぁ!!」


槍の穂先がギリギリ届くか届かないかの範囲。

奴の間合いというべき距離で、その穂先が乱れ飛ぶ。


俺は手で払い。

体をずらし。

時には後に下がって金剛の連続突きを躱し続けた。


「くっ」


完全に防戦一方に追い込まれてしまった。

反撃しようにも、隙が無い。

間合いを詰める為の隙が。


「やるなぁ」


このままでは埒が明かないので、一旦後ろに大きく飛んで下がる。

予想を遥かに超える槍の冴えだ。

流石、強くなってる氷部を倒しているだけの事はある。


「どうした?防戦一方じゃ勝負にならんぞ」


「そうだな」


正直なところ、スタミナ勝負になれば100%俺に軍配が上がる。

俺はレベルアップによって、通常の人間の何倍ものスタミナを得ているからだ。

プラーナによる身体強化を含めて考えても、攻撃を続ける奴の方が間違いなく先に干上がる筈。


だが、それではつまらない。

戦いは打ち合ってなんぼだ。

とは言え、素手と槍のリーチ差を覆せるだけの身体能力と技量差は、今の俺と金剛の間にはない。


まあ、あくまでも素の能力ならば・・・・・・・ではあるが。


「その顔。この状況を覆す術がある様だな」


「まあな。個人的には剣を使うのが手っ取り早いんだが」


「ほう、お前は剣術を嗜んでいるのか?」


「我流だけどな」


答えつつも、俺は全身にプラーナを巡らせて身体能力を高めていく。

コントロールがまだまだ未熟であるため、使うと動きが少々雑になってしまうが、それをカバーして余りある程の強化をプラーナはもたらしてくれる。


「是非、お前の剣技を見てみたい物だ」


剣は持ってきてないし、魔法や攻撃用の闘気は衆人環視の中では使えないので、今回は基本スペックでゴリ押しさせて貰う。


「また今度な!」


今度は俺が突っ込んだ。

即座に、槍による迎撃が繰り出された。

だが俺はそれをぎりぎりで躱し、旋回しつつ体を先に進める。


「くっ!」


金剛は下がりつつも、槍を使って巧みに此方の動きを牽制してくる。

だが如何せん、スピードが足りない。

奴の槍を捌きつつ、俺は一気に間合いを詰めた。


「はぁっ!」


奴が下がりつつ、苦し紛れに槍を薙ぐ。

それに合わせ、俺は回し蹴りをその柄の部分に叩き込んだ。


金剛の手にした槍が砕け、奴は上体を仰け反らせる。

ここがチャンスだ。


俺は一気に奴へ攻撃を――


「――っとぉ!?」


が、思わぬ反撃に仰け反って躱す。

奴の手には、砕けた筈の槍が握られている。

それはさっき俺の蹴りで中程から砕けたにもかかわらず、まるで何事もなかったかの様に綺麗に修復されていた。


「そういや、能力だったのを完全に忘れてたぜ」


普通の槍なら砕いて終わりだ。

だが能力で生み出された物は違った。

プラーナが続く限り、何度でも再生されてしまう。


「鏡。お前は強いな」


今度は金剛が後ろに飛び、間合いを開ける。

地力の差で追い込まれていたにも関わらず、その顔は晴れ晴れとした物だった。

こいつも多分、俺と同じタイプなのだろう。


後――


「何か隠し玉でもありそうだな」


「まあな。というか、昨日の準決勝でも使ったんだが……ひょっとして見てなかったのか?」


「カンニングは嫌いなたちでね」


「ふっ、はははは。全く、面白い奴だな。お前は」


金剛は楽し気に笑った後、槍を背後に隠すよう半身に構える。

それは俺の見た事のない、独特の構えだった。


一体どんな技を見せてくれるのか……楽しみだ。


「行くぜ」


「ああ、来い」


金剛が背後で手にした槍を一回しさせ、その場から槍を高速で突きだした。

だが間合いが遠い。

何をどうやっても俺には絶対届かない距離だ。


が――


「くっ!」


俺は両手を体の前で交差させ、闘気で全身を覆う。

次の瞬間、衝撃に体が弾かれ大きく飛ばされる。

咄嗟に足を舞台に突き立て何とか縁で止まる事は出来たが、危うく場外に落とされる所だった。


「マジかよ」


今の攻撃は間違いない。

闘気だ。

俺は大きくジャンプして武舞台の中央付近に戻る。


「金剛流の奥義の一つに、気を操る力がある。今のはそれを、槍術として使ったのさ」


聞いても無いのに、どや顔で説明してくる。

一瞬金剛も異世界帰りかと考えたが、どうやら違った様だ。

だが、これは俺にとって朗報に近い。


「成程。金剛流の奥義か」


異質な力になると思い、闘気は今まで防御以外には使ってこなかった――昨日の氷部との勝負で使いはしたが、あいつは人に吹聴しないだろうからセーフ。

だが金剛が理由つきで闘気を使ってくれたお陰で、これからは俺も大手を振って攻撃として使う事が出来る。


これで金剛が「金剛流だ!」とか言いながら魔法まで使ってくれたら最高なのだが、まあ流石にそれは無理があるか。


「実は俺も気を操った攻撃が出来るぜ」


「なにっ!?」


俺の言葉に金剛は驚いて目を見開く。

だがそれは一瞬だけの事だ。


「いや、鏡クラスの使い手なら驚く程の事はないか」


「勝負するか?」


「いいな」


金剛が再び、半身の構えを取る。

態々特殊な構えを取るところを見ると、どうやら普通に放つ事は出来ない――もしくは、そうでなければ威力が落ちてしまうのだろう。


「お前は構えないのか?」


「俺はいつでも自然体だ」


「そうか……勝負だ!鏡!」


金剛が槍を背後で一回転させ、槍を突きだす動きと共に闘気を放つ。

俺は片手を向け、掌底を突き出す形で闘気を放ってそれを迎撃する。


金剛と俺の間で力がぶつかり、空間が弾けた。


会場内にバチバチと力の軋む音が響く。

純粋な力と力のぶつかり合い。

互いの闘気が悲鳴を上げ、道を譲れと我を通しあう。


一件互角に見える衝突は、次第にその均衡を崩していく。

やがて俺の闘気が金剛の闘気を力で引き裂き、奴の体を破壊という名の暴力で吹き飛ばした。


「ぐあぁ!」


俺と奴との闘気の量に、殆ど差はなかったと言える。


勝敗を分かったのは……プラーナだ。


金剛が放ったのが純粋な闘気だったのに対し、俺の闘気はプラーナを籠める事で強化していた。

その差が眼前の結果に繋がったのだ。


「はぁ!」


そしてこの隙を見逃してやる程、俺もお人よしではない。

吹っ飛ぶ金剛を追う。

奴が空中で一回転しなんとか地面に着地した瞬間、その顔面に俺の拳を叩きつけた。


「がっ!?」


「おまけだ!」


拳を受けて上半身を仰け反らせる金剛。

その頭上に、縦に体を一回転してのジャンピング踵落としを容赦なく叩きつける。

奴は咄嗟にそれを槍の柄でガードするが、俺はそれを無視して踵を力尽くで地面へと振り抜いた。


「――っ!!」


奴の体が武舞台に叩きつけられ、石畳が粉砕する。

大きく抉れ、クレータ状へと変形した石畳は堪らず粉塵を吐き出し、周囲は砂煙で覆われた。


「ふぅ……」


少しやり過ぎたかと思ったが、金剛は気絶しているだけで大きな怪我はしていない様に見える。

ま、大丈夫だろう。


やがて周囲を覆う煙が晴れ、俺と奴との戦いの結末を周囲に告げる。


倒れる奴と、片手を上げてガッツポーズする俺。

その結果は明白だった。


「勝者!鏡竜也!」


俺の勝利のアナウンスが流れると同時に、観客席から非難の声が上がった。

勿論、すべて女生徒達からの物だ。

その悲鳴はやがて俺に対する中傷へと変わる。


「はぁ……」


それを聞いて思わずため息が出る。


「死ね」とか「不細工」とか。

何で正々堂々と戦って勝ってるのに、こんなに非難されにゃならんのだ?


正直納得いかない気持ちでいっぱいだったが、まあしょうがないかと肩を竦め。

俺は会場を後に――


「鏡への中傷は止めろ!!」


会場内に響く大声。

振り返ると、金剛が起き上がって来ていた。

頑丈な奴だ。


「完敗だった」


奴はふらつきながらも此方へと歩いて来て、その左手を俺に伸ばす。


「またいつでも相手になるぜ。但し、氷部にバレない所でだけどな」


俺はその手を握る。

その瞬間、周囲から拍手が鳴り響いた。


さっきまで中傷しまくっていた女子連中まで手を叩いてるのは、何だかなぁと思わなくもないが。


ま、いいとしよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る