第31話 超重の制圧者
周囲を柔らかく照らす月明りの中、そこに影を落とす者がいた。
美しい月を背景に佇む黒衣の少女。
それは何とも言えない幻想的な光景ではあったが、俺はそれに魅入る気分には到底なれなかった。
何故なら、俺にはその少女が人の姿をした得体の知れない何かに感じられたからだ。
少女が月明りの中、ゆっくりと下降してくる。
そしてふわりと四条の横に舞い降りた。
彼女の周りの泥は、まるで少女から逃げるかの様に円状に穴を広げていく。
「驚いたのう。まさかこんな所で再会しようとは……これが
まるで此方の事を知っているかの様な口ぶりだった。
だが俺の方は彼女の顔に見覚えはない。
「どこかで会った事があったかい?」
少女の姿は妖艶で美しかった。
そういう趣味を持ち合わせてはいないが、これ程の美少女を一目でも見た事があったなら、忘れる事など決してないだろう。
間違いなく初対面のはず。
なのだが……何故かは知らないが、俺の本能が彼女を知っていると告げて来る。
小骨が喉に引っ掛かる様なむず痒い感覚。
答えが出そうで出ない。
彼女は一体何者なのだろうか?
「分からん……か。くくく、そうじゃろうなあ」
目の前の少女が悪戯っ子の様に笑う。
その笑顔は、年相応に幼く可愛らしく見えた。
だが俺は警戒を解く事無く、彼女を注視する。
一瞬でも油断すれば、この首を持っていかれかねない。
俺にそう思わせる程に、彼女の立ち居振る舞いには隙が無かった。
その眼差しも、まるで此方の隙を虎視眈々と狙う野生の獣の様だ。
しかも、今目の前にいるにもかかわらずその気配を全く感じる事が出来ずにいる。
四条のゴーレムを瞬殺した力といい。
これを化け物と呼ばず、一体何と形容すると言うのか。
「そう……か。化け物か」
「ん?」
「そう言えば氷部が言ってたな、この学園の頂上にはとんでもない化け物がいるって」
俺のその言葉を聞き、少女は楽し気に目を細めた。
それは肯定を意味する笑顔だろう。
彼女の攻撃が目に見えなかったのも、これで納得がいくという物だ。
「あんたが……
「いかにも。お主は四天王と次から次へと揉めている様じゃが、なんなら妾とも手合わせしてみるかえ?」
そう言うと彼女は笑顔のまま一歩前に足を出す。
次の瞬間空気が凍り付き、強烈な殺気に晒された俺の皮膚が泡立つ。
この感覚……戦えばまず間違いなく負けるだろう。
それは確信できる。
だが――
「それはいいな」
胸が高鳴る。
この少女ならばきっと、俺の全てを受け止めきってくれるだろう。
そう思うと、挑まずにはいられない。
俺は拳を強く握りしめ、腰を落として構えた。
荒木真央は腰の辺りで手を組んだまま、ゆっくりと此方へと歩いて来る。
一歩、また一歩と距離が縮まって行き、一足踏み込めば拳の届く位置にまで彼女が迫った。
大きく息を吸い込み、俺は全力で――
「冗談じゃよ」
そう言うと、荒木真央は無造作に俺に向かって背を向ける。
その姿が余りにも隙だらけで。
俺は一瞬で毒気を抜かれ、あっけに取られてしまう。
「私闘はこの学園では禁止しておる。妾はこの学園の統治者じゃ。その妾が、学園のルールを進んで破る訳にも行かぬからな」
彼女がパンパンと手を叩くと、茨城恵子が姿を現した。
「そのアホの手当と、洗浄を行ってやれ」
「は、畏まりました」
答えると同時に茨城は気絶している四条を抱え上げ、泥の上を走り去って行く。
まるで忍者だ。
いや、違うか。
彼女の足の裏からはプラーナが放出されていた。
どうやら闘気と同じ様な事が、プラーナでも出来る様だ。
今度暇があったら、俺も練習してみるとしよう。
「さて、貴様との勝負じゃが……1月後に開かれる
荒木真央が振り返り、嫌らしく笑う。
恐ろしく安い挑発ではあるが、乗らない理由はない。
「子供を大衆の面前で叩きのめすのは確かに気は引けるが……生意気なガキンチョに世の中の厳しさを叩き込んでやるのも、大人の務めだからな」
「ほ、言いおるわ。ならば、
荒木真央が地面を蹴る。
その体は重さを忘れたかの様に空高く舞い上がり、美しい少女の姿は夜空へと消えていく。
「重力操作か、便利な能力だな。しかし……一月後か」
今の俺と、荒木真央との間には大きな力の差が感じられた。
それをたった一ヶ月で果たして埋められるだろうか?
「まあ、やるしかないか」
鍵はプラーナだ。
能力的には全く期待できないが、その出力を上げれば身体能力や防御力を引き上げる事が出来るこの力。
それをどこまで伸ばせるかが、勝利の鍵と言えるだろう。
「とりあえず、氷部を拾って帰るとするか」
四条との戦いで相当疲労していたのだろう。
気配が全く動いていない。
別に放っておいても死ぬわけではないが、ほったらかしにして帰ったら、今度顔を合わせた時に思いっ切り文句を言われそうだからな。
さっさと帰って訓練を始めたい気分を抑え、俺は氷部の回収に向かう。
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