第29話 正義の味方
「余計な事するなとか言うなよ」
人の勝負に横槍を入れるのは趣味ではない。
だがエレメントマスターの状態はどう見ても異常だった。
明かに氷部を殺そうとしていたので、流石に放っておくわけにもいかず手を出してしまった。
「ありがとう……助かったわ」
氷部は弱々しく礼を口にする。
かなりの疲労がその表情から見て取れた。
しかし……美女を抱き抱えられる上にお礼まで言われるのだ、正義の味方ってのは役得だなとしみじみと思う。
因みに四条は氷部を助け出す所が見えていなかったのか、始末出来たと勘違いしてゲラゲラと月に向かって笑い声を上げていた。
楽しそうで何よりだ。
「ところで、一つ聞いていい?」
「ん?」
「何でこの足場で貴方は、沈まずに立っていられるの?」
俺は氷部を抱き抱え、泥沼の上に立っていた。
「ああ、それか。忍者が水の上を走ったりするだろ?それと似た様なもんだ」
漫画とか、時代劇では忍者が川の上を走っている。
沈む前に足を出して、出した足を軸にして更に前に足を出す。
そうして忍者は水に沈む事なく走る事が出来るのだ。
まあそれは完全にフィクションな訳だが――
「右足に体重をかけるだろ?じゃあ右足が沈む」
「ええ、そうね」
「じゃあ今度は左足に重心を移す。すると右足は浮いて左足が沈み出す」
「……」
「これを超高速でやれば、あら不思議」
普通に立っている様に見えて、その実、左右の体重移動を高速でやってのける事で俺は泥沼の上に立つ事が出来る。
と言う体で、話を進める事にする。
言ってる事は勿論口から出まかせだ。
走るならまだしも、その場で停滞している状態で浮き続けられるわけがない。
実際は足の裏から闘気を噴出させ、ジェット代わりにして浮いていた。
これを使えば、その気になれば空を飛ぶ事も出来たりする。
「凄く……嘘臭いわね」
「おいおい。命の恩人の言葉ぐらい素直に信じろよな」
氷部にはあからさまに疑われてしまう。
だからと言って、素直に話す訳にもいかないだろう。
何せ闘気は異世界で習得した力で、本来ならこの世界に無い力だからな――俺はレベルアップの影響で使える様になっている。
だからそれをペラペラ誰かにしゃべるつもりはなかった。
ここは超科学的ホラ話で切り抜けさせて貰う。
「貴方……本当に何者なの?」
「正義の味方さ。という訳で、四条との勝負は俺が引き継がせて貰うぜ」
「……彼は、ブースターの過剰摂取で異常な事になっているわ。気を付けて」
「ああ、見りゃ分かるさ。まあ気を付けるよ」
俺は苦笑して答える。
未だに月に向かって狂った様に笑ってる姿を見て「やあ、今日も四条君は陽気だね」とは流石に考えないからな。
俺は氷部を抱え、グラウンドの端に向かって走る。
流石に彼女を抱えたままでは戦えない。
フェンスを軽く飛び越え、足がしっかりつける地面に氷部をゆっくりと下ろした。
残念だが、ボーナスタイムはここで終了だ。
「随分と楽しそうね」
相当疲弊しているのだろう。
氷部はその場に乙女座りして、俺を見上げる。
「ああ、今の四条は強いからな。倒し甲斐があるってもんだ」
「呆れた人ね」
彼女が微かに微笑む。
俺もそれに合わせてニカッと笑った。
「悪いけど、何かありそうだったら頼むぜ!」
暗がりに向かって声を掛けた。
かなり距離は離れてはいるが、多分聞こえてはいるだろう。
「誰に向かって言ってるの?」
氷部が怪訝そうに聞いて来た。
相手は、生徒会副会長の茨城恵子だ。
彼女は遠く離れた場所から此方の様子を伺っている。
俺は気配でそれに気づいていた。
「味方だよ」
「味方?」
今の氷部はまともに動く事も出来ない。
多分大丈夫だとは思うが、戦いの影響がここまで出た場合を想定して声を掛けておいた。
まあ氷部がやられそうになった時、彼女は動こうとしてたから――俺に気づいて動くのを止めている――一々声を掛ける必要は無かったとは思うが。
「んじゃ、行って来る」
そう言い残し、フェンスを越えて四条王喜の元へと戻る。
流石に直ぐ傍まで近づくと奴は此方に気づき、俺を睨み付けて来た。
「かがみぃ……おまえかぁ……へひひ、丁度いい」
その口の端には、涎がべとべとに滴っている。
きったねぇな、まったく。
「
「なにぃ!!」
まるで目玉が飛び出さんばかりに、奴は目を剥く。
面白い顔だ。
「ここからは、お前の相手は俺がさせて貰う。氷部を殺したきゃ、先に俺を殺す事だな」
俺は拳を構え、四条を睨み付けた。
さあ、勝負開始だ。
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