第18話 二対一

「お!あれは何!?」


驚いた様な声を上げ、千堂先生の視線が横に動く。

俺の視線もそれにつられて――


「隙あり!」


俺の視線が外れた途端、その隙を狙って先生が一気に間合いを詰めた。

そして拳を俺の顔面目掛け、容赦なく突き出して来る。


「うぉ!?」


俺は思わず声を上げ、顔を逸らして躱す。

急なパンチに驚いた訳ではない。

千堂先生の拳が途中で開き、人差し指と中指が俺の両目目掛けて飛んできたからだ。


「ちょ!?不意打ちでなに目潰ししようとしてるんですか!?」


何処の世界の教師が、生徒目掛けて目つぶしするというのか。

余りの事に抗議するが、千堂先生はにやりと笑って答える。


「戦闘において心理戦を仕掛け、敵の弱点を狙うのは常道。練習でそういう所をちゃんと指導してあげるのも、私の仕事よ!」


嘘くせぇ。

周囲の組手でそんな卑怯な事してる人間は、一人も見当たらないぞ。


「再び隙あり!」


今度は回し蹴りが飛んでくる。

俺はその動きを見切って皮一枚の所で避ける。

いや、それでは駄目だと結局は小さく後ろに飛んで躱した。


旋回の最中に千堂先生の股関節が外され、リーチが伸びたからだ。


「関節外して、痛くないんですか?」


「慣れよ、慣れ」


千堂先生は笑いながら抜けた股関節を戻す。

全く面白い動きをしてくれる先生だ。

俺も今度練習してみるとしよう。


「しっかし、さっきから虚を突いてるのに余裕で躱してくれるわねぇ。いや、ほんと大したもんだわ。こうなったら……取って置きをお見舞いするしかないみたいね」


千堂先生の目つきが変わる。

悪戯っぽい眼から、真剣勝負の厳しい険を帯びた物へと。

ここからが本番と言った所だろうか。


先生は腰を落とし、顔の前で腕を組む。

その瞬間、その体がぶれた。


「!?」


ブレは少しづつ大きくなり、やがて彼女の体は二つに分かれてしまう。


幻覚などではない。

両方とも実物だ。

それは気配ではっきりとわかる。


つまり――これは千堂先生の能力ギフト


「ふふ。これが私の能力、分身ダブルデートよ」


「ダブルデート?」


どう見ても分身にしか見えないのだが、何処にデート要素があるというのか?


「この状態なら、同時に二人とデートできるでしょ?」


「それ、別にダブルデートではないんでは?」


俺の知るダブルデートは、二組のカップルが同時にデートするという物だ。

女性側が2人とも先生とか、それは単に男二人を侍らかす単なるハーレムデートでしかないと思うのだが。


「細かい事はこの際言いっこなしよ」


先生が左手で口元を抑え、右手首を此方に向けてクイッと倒して手招きする様に動かす。

おばちゃんが良くやる謎のジャスチャーのあれだ。

若く見えるが、そういう細かい動きに先生の年齢が浮き出て来ていた。


「じゃ、行くわよ!」


先生が素早く左右に分かれ、俺を挟み囲む。

こうなると厄介だ。

一人ではたいした事のない相手でも、左右や前後から挟み込まれると途端に対処が難しくなってしまう。


こういう場合、狭い場所に移動して相手の展開を防ぐか、大きく動くなどして出来るだけ囲まれない様にするといった対処法が正道だ。

まあこのデカい道場では狭い場所なんてないので、囲まれない様動くのが正解な訳だが……俺はあえてどっしりと受けて立つ事にする。


何故なら、その方が面白そうだから。


「貰った!」


左右同時に突きが来る。

片方は手ではたき、もう片方は体を捻って躱す。


「なんか動きが悪くなってますよ」


「体二つ同時にコントロールするのって、すっごい難しいのよ。おりゃ!」


回し蹴りがくる。

それを片手で受けると、時間差で背後から飛び蹴りが飛んできた。

俺はそれを屈んで躱す。


「何で後ろからの攻撃がわかんのよ!?」


「勘です」


「スッゴイ嘘臭いわね!」


確かに嘘ではあるが、じゃあどうやって気配を察知してるのかと聞かれても勘としか答え様がなかった。

間違いなく相手の動きを感じてはいるのだが、何故それが出来るのかは俺自身もよく分かってはいないのだ。


これは別に転生時にチートとして貰った訳ではない。

異世界の戦いの中で、自然と身に付いた能力だ。


結局何なんだろうな?

この感覚は。


「ぬぬぬぬ!なら手数で押すのみよ!」


千堂先生が突っ込んで来た。

さっき迄は反撃を考慮した動きだったが、今度はそれを無視してガンガン攻撃して来る。


実戦では限りなくアウトに近い動きだ。

無茶な攻めなど、カウンターのいい的だからな。

だが明確に受け攻めの分かれるこの組手では、それは有効な手となっている。


「ふっ!」


蹴りを受け止め、拳を躱す。

防御も何も考えない、攻撃のみに特化した鋭い連撃を俺は捌き続けた。


反撃できない状況で、2人がかりの攻撃。

制限される動きの中、最適解を見つけてその答えに沿って体を動かし続ける。


正直、すっげー楽しい。

言ってしまえば、ゲーム等で言う所の縛りプレイだ。


そういった類の物にあんまり興味はなかったが、流行るのも頷ける。

今度誰かと戦う事があったら、何らかの縛りを設けて戦ってみるのも悪くはないな。


別に負けても死ぬわけじゃないのだから。


「はぁ……はぁ……げ、限界……」


楽しい時間は長くは続かない物だ。

先生の動きが止まり、辛そうに呼吸を荒げる。

道場の壁に掛けてある時計を見ると、まだたった10分しか経っていない。


どうやら彼女の能力は消耗が激しい様だ。


まあ自分と同等の分身を作るなんて強力な能力だからな。

当然と言えば当然の話か。


「こ……これ以上やったら……汗で化粧が剥げちゃうわ……」


「大変ですね。女性は」


「……ふぅ……鏡君。貴方見込みがあるから、卒業後ならドンと来いよ」


一息ついて呼吸を整え終えた千堂先生が、ウィンクしながら胸元のプレートに親指を指した。

俺はそれに苦笑いで答える。


「考えておきます」


「ふふ、キープ君ゲット!」


全く、愉快な先生だ。

しかし静かだな?

そう思い、周囲を見渡す。


何故か他の皆は組手を止めており、その全ての視線が此方に向いていた。


「あらあら、皆の注目の的ねぇ。ちょっと張り切り過ぎたかしら」


まああれだけ派手に暴れたんだから、注目を集めるのは当然か。


「目立たず、影から厨二的なの気取ってたんならごめんなさいね」


「いや、別にそんな事考えてませんよ」


ひけらかすつもりは更々無かったが、別に何がなんでも隠そうと考えていた訳でも無い。

能力外の魔法でも使わない限り、転生チートなんて疑われないだろうしな。

周りも俺が物凄く喧嘩が強い程度にしか考えないだろう。


「そ、良かった。じゃあ先生疲れちゃったから、他の皆の事は鏡君が見て指導してあげてね」


「は?」


「じゃあ先生昼寝に行くから」


そう言うと、千堂先生は鼻歌交じりに休憩室の方に歩いて行こうとする。


「いやいやいやいや!授業お願いって意味不明ですよ!?」


「私より強いんだし。問題ないわよぉ」


「そういう問題ですか!?っていうか、生徒が授業受け持つとか聞いた事ありませんよ!?」


「あー、大丈夫大丈夫。いっつもつるぎちゃんは私の代わりに受け持ってくれてるから」


「劔ちゃんって?」


突然出た名前。

俺は少し気になってそれを聞き返した。


話しの流れ的に生徒だとは思うが……


金剛劔こんごうつるぎ神速の槍グングニルって言った方が分かり易いかしらね」


グングニル……氷部達と同じ四天王だ。

授業を代わりに受け持っているという事は、少なくとも千堂先生よりは強いという事だろう。


四条は正直微妙だったが……果たして金剛劔の実力は如何程の物か。


「興味があるみたいね。向こうも貴方には興味深々だったわよ」


千堂先生が口の端を歪めて笑う。


「皆!!鏡君が先生の代わりにこの時間担当するから!ちゃんという事聞くのよ!じゃ、そういう事で後はお願いね!」


そう言うと、スキップで先生はさっさと道場から出て行ってしまった。

本気で俺に押し付けるとか、何ちゅういい加減な教師だ。


「いやー、驚いたわー。鏡っちって滅茶苦茶強いんだね」


「ああ、まあちょっとな」


背後から声を掛けられ振り返ると、空条が俺の顔を物珍しそうに覗き込んできた。

顔が異様に近い。

お互いの息がかかる程に。


いったいどういう距離感をしてるんだろうか、彼女は。


「じゃ、ま!一つご指導お願いします!教官!」


「誰が教官だ。誰が」


結局、この時間はそのまま組手を続け。

俺が各自の動きにアドバイスを入れるという流れになってしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る