第5話
小柄な体でよかったと、今程思った事はない。
だけど、小柄な自分でもここは狭い。
まるで、ソファーと床にプレスされているようだった。
ソファーの隙間から、ゾンビの足が見えてきた。
間一髪だったらしい。
ミイラの死体が死体では無かったように、もしも血塗れのゾンビがゾンビでも血塗れでもなかったとしたら、命は助かっても私は不法侵入で訴えられるに違いない。
そう考えると、今まで以上に私の鼓動が煩くなった。
気を紛らわそうと、身を潜めてゾンビの足元を観察する。
ゾンビは、部屋でも靴を履いている。
ゾンビの歩いた軌跡は、まるでナメクジが通った跡のように、雨水でびしょ濡れになっていた。
ゾンビはナメクジなのか。いや、靴を脱がないという事は、このゾンビもミイラと同じく、洋モノモンスターなのかもしれない。
なんせ金髪ゾンビだ。きっとそうに違いない。
どうやら私の灰色の脳みそが、やっと働き始めてくれたようだ。
ゾンビはゆっくりと、何故かこちらに向かって歩いてくる。
声が出ないように必死で口を手でおおう。
どうしよう。心臓が破裂しそうだ。
身体中が震える音で、ゾンビに気付かれるかもしれない。
ゾンビが更にソファーに近付き、立ち止まる。
さっきまで私が居た位置だ。
そういえば、ソファーの上にはミイラが居る。
あれはまだ、かろうじて死体にはなっていないミイラだった。
ゾンビはミイラの息の根を止めているのだろうか。
だけど、戦闘力ゼロの死にかけミイラを助けてあげられる程、私は強くもなければ善人でもない。
人助けをするのはヒーローで、私がしたいのは只の探偵ごっこなのだ。
そう自分に言い聞かせ、自分の中の僅かな良心を誤魔化した。
ミイラを仕留め終わったのか、ゾンビがバスルームの方へ歩いていった。
私は、この隙に逃げだそうと、ゆっくりと顔を覗かせる。
嗚呼、マズイ。戻ってきた。
私は急いで元の場所に首を引っ込めた。
これじゃあ私の人生は、推理小説ではなくゾンビとミイラと亀のお伽噺になりそうだ。
ゾンビもミイラも亀も、それなりに動きが遅くてそれなりに長く生きるだろう。
生きているとは断言出来ないが、動いているイコール生きていると仮定すれば生きている。
その点では同じだが、亀は、お伽噺の中では分が悪い。
嗚呼、もうマトモな精神状態とは言いがたい。
今すぐここから逃げ出したい。
ゾンビが再びソファーの前にやって来る。
ソファーが一瞬沈んで、その後、少し空間が広がった。
これでやっと呼吸が出来る。
私の灰色の何かが、酸素をたくさん取り入れて、より一層働いてくれるに違いない。
ゾンビはミイラの死体を持ち上げたようだった。
目の前の床に水が堕ちる。
いや、違う。それは水ではなく、鮮血だった。
私は泣きそうになる。
歯がガタガタと煩く震える。震え過ぎて顎が痛い。
ゾンビは死体を抱え、バスルームに消えていった。
嗚呼、怖い。
チェーンソーの音でも聞こえてきそうだ。
死体とバスルームの中で、何をしているのかを想像した。
下水口に何が流れていくのかを想像したら、苦手なスプラッタ映画を見た時のように吐き気がしてきた。
ゾンビがまた戻ってくるのでは無いかと思い、私は未だ、動けずにいた。
決定打をききもらさないように耳を澄ます。
だけど、チェーンソーもノコギリの音もしない。
いくら耳を澄ましても、水音しか聞こえない。
ソファーの隙間から僅かに首を覗かせて、バスルームの方を観察する。
バスルームのドアが開き、ゾンビが見えた。
ゾンビは風呂の中でも服を着ているらしい。
もう、血塗れのゾンビではない。
服も靴も体も丸洗いできるなんて、何て燃費の良い生き方なのだろう。
ここを生きて出られたら、私も今度やってみようと思ってしまった。
ゾンビは湯気を出しながらタオルを取り、そして再び中へと戻る。
脱出するチャンスは今しかない。
私はソファーから這い出ると、玄関まで駆け出した。
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