第13話 騙し合い ルチール
蝋燭の明かりが照らす薄暗い一室には三人の男女が佇立していた。一人は執事服を着た骸骨、二人目は膝から下が透けている剣士姿の青年。最後の一人は真っ白色のローブにフードを深く被った女であり、顔にいくつもの呪符のようなものを付けている。
『お嬢様、数人の学生らしきものたちが、この屋敷へ向かっているようです』
そう報告してくる執事服を着ている骸骨に、
『ここに住むつもりでしょうか?』
お嬢様と呼ばれた白色のローブの女が神妙な表情で問いかけた。
『いえ、人数も多いですし、おそらく、肝試しのようなものではないかと』
『愚かなことを!』
そう小さく叫ぶ女性の声には強烈な怒気が含まれていた。
『どうなさいますか?』
『もちろん、このまま見殺しにはできません。なんとしても丁重にお帰りいただいてください。ただし――』
『ルチール様、心配いりませんぜ! ケツの青いガキどもなど適当に脅かして追い返してやりますよ!』
足の透けた黒髪の剣士の青年が右拳を強く握って答える。
『お願いします。絶対に怪我だけは負わせてはなりませんよ』
『任せてください!』
快活に答える足の透けた青年に、ルチールは満足そうに何度か頷くと、
『あと、くれぐれも、あれに知られては――』
険しい顔で指示を送ろうとするが、
『呪いの王のお言葉を賜りましたッ! 一回の客間へ集まりなさい!』
頭の中に響く野太い声により遮られる。
『奴に勘づかれましたか……』
ルチールは悔しそうに下唇を噛みしめながら、そう声を絞り出す。
『お嬢様、行きましょう』
骸骨の執事に促され、
『そう……ですね』
大きく頷き、下の階へ向けて歩き出す。
やはり、薄暗い客室のボロボロのソファーには黒いローブを着用し、ローブを頭からすっぽり被っている存在が踏ん反り返っていた。その存在の前で石のような固い表情となったルチールの仲間たち。
この黒色ローブの男はカーネル。この館の絶対的支配者であるあの身の毛がよだつ恐ろしい存在に最近取り入ったよそ者のアンデッドだ。
『どうやら賊がこの地に足を踏み入れたようですねぇ?』
『ええ、そのようです』
そっけなく答えるルチールに黒ローブの存在は不自然な挙動で立ちあがってギョロッとした真っ赤な両眼で見降ろしてくると、
『ならば、君らのやることは一つのはずですぅ。即ちぃーーーー、この館に誘い込み、我らが呪いの王の贄とするのです!』
耳を弄するような大声を張り上げると屋敷内に集められたルチールの仲間のアンデッドたちは身をすくませた。
『……』
無言で下唇を噛みしめるルチールを、黒ローブの男はギョロッと血走った眼を細めてルチールをしばし睨みつけていたが、大げさに肩を竦めると、隅で震える双子の童女の一人に眼球だけを向けると、
『ほうほう、そこの君、気分がすぐれないようすねぇ』
ねちっこい笑みを浮かべながら、一瞬で双子の童女の一人の背後に移動するとその両肩を骨と皮の両手で掴む。
『ひっ⁉』
身をすくませる童女に、
『ベトっ!』
ルチールは焦燥たっぷりの声をあげてしまっていた。
『ほーら顔色が変わったぁ。君は彼女らがしっかり使命を遂げるまで、私とともに奥の部屋で休んでいましょう』
『カーネル! ちょ、ちょっと待ってください!』
ルチールの必死の制止の声などおかまいなしに、カーネルと呼ばれた黒ローブの男がパチンと指を鳴らすと、黒色のローブを着た全身透明な男たちが床のソファーの影から湧き出てくると、少女を取り囲む。
『ベト、強い子。だから大丈夫』
震えながらも、笑顔を向けてくる童女ベト。
『ベトっ!』
ベトの双子の童女ディンが悲痛な声を上げるも、全身透明の男たちはベトを部屋の外まで連れて行ってしまう。
『少し休むだけですから、君らの使命が遂げられれば無事帰れますよぉ』
気味が悪いほどの穏やかな口調でそう脅迫してくると、顎をしゃくってくる。
ベトは家族だ。犠牲になど絶対できない。一方で死者のために生者を生贄にするのも違うと思う。まだ、やりようはある。ルチールの能力なら誰も犠牲にせずにこの難題をクリアできる。
もっとも、少しでも不穏な動きをすれば、ルチールたちの一挙手一投足を観察しているあいつに見つかる危険性が高い。加えて、ルチールの能力の効果範囲は限られている。敵を騙すには味方から。皆には魔力が強そうな2、3人だけ生贄にし、それ以外は追い返すように指示を出しておけばいいだろう。魔力が高いものを差し出せば、まだルチールたちに利用価値がある以上、ベトに危害は加えまい。
まあ、この能力は身代わりに近い。ルチール自身に相当の負担はあるが、今回の件を一先ずは無事に乗り切りれるならそれでよい。
(やってやります!)
『行きましょう』
難解な運命に取り組むような顔でルチールは仲間たちを促して部屋を出る。
ルチールたちが部屋を出ると、カーネルは大きく両腕を掲げて、
『我らが偉大なる呪いの王の望みは呪いの連鎖ッ! 呪い、呪って、呪われ、再び呪う! そんな素晴らしい呪いの世界こそが、我が王の渇望! さあ、愚かな侵入者を死にいざない、新たな呪いを生み出すのですっ!』
狂喜の籠った声を張り上げたのだった。
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