第6話 失敗認識と決意 アレス
――天上界 アレスパレス ゴーティングルーム
「ラミエルからの連絡は本当に途絶したままなのですか?」
アレスはラムリア調査の陣頭指揮を執っている初老の側近、シルケットに再度たずねていた。
「はい。連絡が途絶えて一週間が経過しております。ラミエルは敵に捕縛された。そう考えるべきでしょう」
シルケットは跪きながらも苦々しく返答する。
シルケットは幼い頃からのアレスの教育係だった男であり、このアレスパレスの実務の全てを取り仕切っている。此度、アレスは知恵袋であるシルケットに件の地の調査の指揮を命じていたのだ。
真面目なラミエルから一週間も連絡がないのだ。この状況をどう肯定的にみても、今回のミッションが完璧に失敗したことはもはや決定的だ。
それでも――。
「こちらからラミエルへコンタクトはとれないのですか?」
この無常な現実を受け入れられず、縋るようにシルケットに問いかけていた。
ラミエルが無事戻ってくるならば、まだ、いくらでも挽回は可能のはずだから。
「既に試みておりますが……」
シルケットは言葉途中で口ごもる。シルケットのその顔からは普段の憎たらしいほど冷静な表情はなく、苦渋に塗れていた。彼のこの様子を一目見れば、既に結論は出ているといってよい。だから――。
「私は……失敗したのですね?」
どうにか、敗北の言葉を絞り出した。
「誠に残念ながらそれは間違いないかと。捕縛されたラミエルから、我らの情報は事細かに賊どもに伝わっていることでしょう。計画の即時中止を意見具申いたします」
そんなことは指摘されなくても十分承知している。ただでさえアレスはあの蠅頭の怪物に手も足もでなかったのだ。この上、情報という最も重要なファクターまで相手に握られれば勝利はおろか、最低最悪の事態を招きかねない。
「ラミエルはやはり、無事には済まないと思いますか?」
「賊のコリントたちへの仕打ちを鑑みれば楽に殺されていればよほど幸せでしょうが、あまり期待は薄いかと。おそらく、考えるのも悍ましい状況に陥っていることでしょう」
シルケットがそんな無常な現実を突きつけてくる。
「そうですか……」
これは完璧にアレスの失態だ。この事態を招いたのはアレスの復讐心。その胸の奥に燻る怒りに突き動かされて、大切な配下に調査を命じた結果、二次遭難の目にあう。
相手は上級神のアレスですらまったく手も足も出なかったあの蠅頭の怪物なのだ。慎重に事を起こすべきであることは重々承知していた。だが、どうしても配下の神民たちを虫けらのように殺されたことが許せなかった。いや、己を偽るのは止めよう。それだけじゃない。きっとアレスは祖父であるデウスに己の犯した失態は自身でケリを付けられる。そう証明したかったのだと思う。その己の醜くも身勝手な感情を満たすために、一か八かの危険な賭けをしてしまった。その賭けに負けた際のペナルティーはアレス自身ではなく、配下の命により支払われる。それは当然のことであり、端からわかりきっていること。
(我ながら、うんざりするくらい卑怯ですね……)
いくら自己弁護してみても、今の状況は自業自得。この件はアレスごとき未熟な神が触れてはならぬ事件であるのことは、もはや自明の理。このまま指を咥えて成り行きに任せればこのアレスパレスの神民たちが犠牲になりかねない。天軍に事のあらましを話してレムリアへの救助隊の要請につき直訴にしきにいくべきだ。
禁止されていたレムリアへの関与を強行したのだ。十中八九、アレスはかなり重い罰を受ける。だが、天秤に乗っているのは己のラミエルと神民の命だ。もはやアレスの保身などを考える余地はない。
「エーリュシオンへ向かいます」
アレスが席を立ちあがってそうそう口にすると、
「仰せのままに!」
シルケットも跪きながらも頭を深く下げて声を張り上げる。
(ラミエル、待っていてください。必ず助け出します!)
ラミエルには内密でミッションへ出立する前にある保険の術式をかけた。アレスを慕っているラミエルのことだ。この術式の内容を知れば彼女は烈火のごとく憤激し拒絶するだろう。だが、この術式ならば仮にラミエルが生きている限り、救うことができる。
もし、今からいく天軍にも動いてもらえないようならそのときは――。
「やってやる!」
己を奮い立たせて、アレスは天軍本部のあるエーリュシオンへ向かう。
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