第148話 後悔の念 アスラ
アスラの大刀が赤く染まってカイ・ハイネマンの頸部へ目掛けて横薙ぎに振るわれる。一撃でここら一帯を破壊し尽くす威力の斬撃をカイ・ハイネマンは無駄の削げ落とした滑らかな動きにより、木の棒により受けて流す。大刀を上に弾かれて無防備になったアスラの腹部深く、カイ・ハイネマンの左拳が食い込み、その全身が上空に持ち上げられる。上空に浮きあがるアスラに、身体を駒のように回転させた回し蹴りがクリーンヒットする。
飛びそうになる意識を下唇を噛みしめることにより、どうにか繋ぎとめて大刀を地面に突き刺して、どうにか踏みとどまる。
顔を上げると、前鬼と後鬼がカイ・ハイネマンに襲いかかっているところだった。前鬼の棍棒を避けるとカイ・ハイネマンは同時に木の棒で、前鬼の背中を打ち付ける。前鬼が地面を抉りながら数回バウンドしていく一方で、背後からの後鬼に振り返らずに木の棒を突きつける。その喉に木の棒が付きつけられて数回転しつつも、地面に転がる後鬼。
頭から血を流しながらのそりと立ち上がる前鬼と、獣のような声を上げて己をふるい立たせながら飛び起きる後鬼。
カイ・ハイネマンは無言で前鬼と後鬼、そしてアスラを眺めると、
「5点。話にもならんな」
そう冷徹に批評を述べる。
『アスラ様、あれをやりますぞ!』
前鬼がこん棒を背負って重心を低くするとその眼球が真っ赤に染まる。
『もうそれしかねぇよなぁ』
後鬼も下唇をペロリと舐めて、両眼と爪を紅に染めた。
確かに、どうせこの化け物には生半可な攻撃は効果がない。アスラ最大の法術なら逃げることは不可能。まともに当たれば、掠り傷くらい負わせられるはずだ。
『前鬼と後鬼、頼むぞ!』
『『おう!』』
ただでさえ、前鬼と後鬼は他の六大将の『麾下王』とは桁が違う。アスラが面白くもない遊びにうつつを抜かしている間にも、常に己の武を磨き、己の肉体を鍛えてきた鬼神どもだ。さらに、今の
『くそがっ!』
ただの棒切れでことごとく躱されてしまう。そして――前鬼のこん棒がカイ・ハイネマンの棒切れにより反らされて、行く先が不自然に変更される。
『うぉっ⁉』
前鬼のこん棒がカイ・ハイネマンに振り下ろされた数倍の勢いをもって後鬼に迫り、
『ぐぁっ⁉』
大きく壁まで吹き飛ばす。
『……』
僅かに視線が後鬼まで泳いだ前鬼の一瞬の隙をついて、カイ・ハイネマンはその懐に潜り込むと左での膝蹴りを食らわせる。前鬼の身体がくの字に折曲がり、浮かび上がる全身をカイの遠心力のたっぷり乗った右回し蹴りが前鬼にブチかまされる。 一直前に高速で回転しながら折れた柱に衝突して、柱を粉々に砕いてしまう。
丁度そのとき、アスラの詠唱が完了し、カイをグルリと取り囲むように稲妻を纏った無数の針が出現する。
『
アスラのその言霊とともに、針はカイ・ハイネマンに向けて針先を伸ばす。
『やった……か?』
「いんや、無理だね」
突如すぐ背後から生じる声に、胸の中が煮え返るように動顚し、振り向きざまに持てる力を振り絞って大刀を振り抜く。
『バ、バケモンめっ!』
空を切った大刀の刀身の上に乗っているカイ・ハイネマンに、アスラは分かりきった陳腐な台詞を叫んでしまっていた。
直後、カイ・ハイネマンの棒切れがアスラの脳天に叩きつけられて、顔面から地面へダイブする。地面が大きく抉れて、アスラの顔面を中心に巨大なクレーターを形成する。
「30点だ。手数を増やせば良いってもんじゃない。自慢の飛び道具も私の動きを封じない限り、当たる道理がない。さっきから言っているだろう? 己の一つ、一つの攻撃に意味を持たせろと」
いいたいことは嫌というほどわかる。あれからカイ・ハイネマンに挑むが悉くいなされてしまう。そして奴に挑む度に、肌が焼けるような常にカイ・ハイネマンに対して本能的に覚えていた恐怖は次第に薄くなっていく。今の奴は悪軍でも下士官程度の強度しか感じない。
もちろん、アスラが強くなっているわけじゃない。奴がアスラたちを一撃で殺さないレベルまで自分の強さを引き下げただけ。
つまり、奴にとってアスラを圧倒するのに下士官程度の強ささえあればよいということを意味する。
『ちくしょう……』
カイ・ハイネマン、こいつは純粋な武だけで今のアスラたちを子ども扱いしている。今までアスラが信じてきた強さは、身体能力、魔導力、そして選ばれた神のみが扱えるこの世の奇跡である【超神技】。だが、どれも真の強さの前には、まったく価値のないガラクタに過ぎなかった。
『ちくしょう! ちくしょう!』
既にカイ・ハイネマンに散々どつき回されており、満身創痍もいいところだが、それに相反するかのように身体の芯から溢れてくる強烈な感情。それはとっくの昔にアスラが捨ててしまったもの。すなわち、己を保てないほどの自分に対する不甲斐なさ。
(俺はどうしてこうも弱いんだっ!)
こうして、生涯最高の相手と戦っているってのに、奴を本気にさせるどころか、手加減されても手も足も出ない。それどうしょうもなく悔しくて、そして情けなかった。
『ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう! ちくしょうっーーー!』
声を張り上げながら、大刀を構える。
「ふむ、ここまでの実力差でなお悔しがるか。確かにこのタイプは初めてお目にかかるな」
カイ・ハイネマンはそんな悪軍六大将とは思えぬ無様な姿に、木の棒の先をアスラに向けると、
「次で終いだ。全力で来い」
その様相を一変させる。巨大な怪物が大口を開けているかのような圧倒的な
重心を低くして、己の愛刀を後方に振り絞る。この技はアスラが最も初めて覚えた技。単純だが、今の今まで鍛えぬいてきたもの。
渾身の力で地面を蹴って、
『鬼斬り!』
愛刀をカイ・ハイネマンに向けて渾身の力で叩きつける。おそらく、生涯最大の斬撃はカイ・ハイネマンにあっさりと反らされてしまう。そして――。
「七牙」
アスラの
『俺は負けたのか?』
そのアスラの敗北の言葉を、
「ああ、お前の負けだ」
カイ・ハイネマンが静かに肯定する。
『くそっ!』
熱い涙が溢れてくる。
『くそっ! くそがぁ! 俺はまだやれたはずだ! もっと血が沸き立つような戦いがやれたはずなんだっ!』
視界が歪み、もうろうとする意識の中、みっともなく喚きちらしていた。
「無理だ。今のお前は弱すぎる」
カイ・ハイネマンが、そんなアスラの言葉を否定する。
『くそおおおおぉぉぉぉっーーー!“』
唯一動かせる右の掌で顔を押さえながら、喉が潰れんばかりの声を張り上げる。
「みっともない。とても戦人とはいえぬ振る舞いだ。やはり、お前は
カイ・ハイネマンの呟きを最後に、アスラの意識は薄れていく。
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