第128話 オセにとっての死神

 オセの周囲が黒霧により阻まれてから、1時間が経過していた。

 あのバッタの軍勢と悪軍が衝突する直前、突如オセのいる司令本部はこの濃厚な黒色の霧に包まれてしまったのである。指令本部を取り囲むこの黒霧は空間自体が無茶苦茶に歪んでいるらしく、脱出を試みても結局、元の場所まで回帰してしまう。こうして、オセたちは外部から遮断された状態で足止めを強いられたのである。


『まだ、この霧は晴れないのですかっ⁉』

『は! 総員を上げて解呪を試みているのですが、全く見当もつかぬ術式であるため……』


 口籠る解呪を試みしている呪術処理班の班長に、


『言い訳は聞きません! 一刻も早くこの忌々しい呪いを解きなさいっ!』


叱咤の声を上げると、


『は、はいっ!』


 班長たちは大慌てで作業を再開する。

 

 それから、十数分やはり、一行に解呪が進まぬ現状に、


『くそがぁっ! 舐めた真似をしやがってぇっ!』


 遂にオセは怒声を張り上げた。この黒霧は間違いなく敵側からの悪軍の指揮系統の妨害工作。通常の軍なら、この指揮系統の攪乱は最も効果が期待できる手段。もっとも、此度オセが率いるのは悪軍の精鋭。そんな指揮云々以前に自力が違う。結果はどう転ぼうと悪軍の圧勝で変わりはない。問題はオセがどこの馬の骨ともわからぬムシケラ風情にこんな致命的ともいえる呪いをかけられてしまったこと。


(もし、こんな失態をアスラ様に知られれば、私は破滅ですっ!)


 オセはアスラ大将閣下の命でこの奇跡の軍を率いたのだ。そのオセのこの醜態は、アスラ様の御尊顔に泥を塗ると同義。アスラ様は決して許しはしない。十中八九、粛正の対象となる。降格はもちろん、処刑されることすらあり得る失態だ。


(どうする!? どうすればこの難局を切り抜けられるッ!?)


 オセが自己保身を図る策を練ることに全身全霊を傾けていると、


『周囲の呪いが解けていきます・・・・・・・ッ!』


 呪術処理班のまさに闇夜の灯火の言葉に、


『でかしました!』


 歓呼の声を張り上げる。九死に一生を得る心地からか、オセはこのとき、呪術処理班の微妙なニュアンスに気付きもしない。

 もっとも例えそれに気付いていたとしても、時既に遅し。現実はオセにとって残酷極まりないものとなってしまっていた。

 黒霧が完全に晴れたとき、眼前にはオセにとっての最悪の死神がやけに長い長剣の刀身を肩に担いで佇んでいたのだ。

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