第116話 この世で一番危険な労いの言葉

 バッタマンたちが悪軍を蹂躙しているとき、後方でその戦闘を観察していた女神の集団――『女神連合』の面々は、あんぐりと大口を開けて眺めていた。彼女たちの目が釘付けになっているのは空中に映し出された黒色のバッタマンが鳥型の悪神マルファスを一方的に屠る映像。


「あ、あれは何の冗談ですの!?」


 青色の髪を左右でお団子に巻いた少女アテナは素っ頓狂な声を上げると、


「あの不自然すぎる挙動、きっと時に干渉していますわね」


 肌の露出度が著しい赤色の衣服に身を包んだ美女ネメシスが、難しい顔でそう独り言ちる。


「時……ノルンと同じ七刹の一つ。とすると、あのバッタマンは私たちと同じ、【権能】ホルダーですの?」


 アテナの声に周囲の女神たちが息を飲む気配を感じる。それはそうだ。今のアテナの言葉には大きな意味が含まれていたのだから。

 ここで七刹とはこの世に存在する七つの奇跡の能力、時、空間、重力、破壊、創造、精神、模倣。このあまりに強力無比な七つの能力は討伐図鑑の登録により、数多の魂が統合処理された結果、できた偶然の産物。

 この7つの能力を支配管理しているカイ・ハイネマンは、知らず知らずのうちにその奇跡の能力を変質させながら己の剣術の中に組み入れ、本気の場合に完全開放される仕様となっている。

 そんな世界の理を捻じ曲げるイカレきった能力だ。保有するものは、討伐図鑑の中でも限られており、『権能』と称されていた。


「討伐図鑑内でトップクラスの武に、著しく増強された身体能力、全属性の無効化能力、おまけに時を戦闘に特化した仕様までとか、どこまで反則仕様よ!」


普段のネメシスとは思えぬ心の高ぶりを抑えきれない乱れた音声に、突如球形の闇が生じ、鼻の長い怪物ギリメカラが出現すると、


『同感だな! あれはもはやバッタマンとは言い難い! 我らの同類といえよう!』


 腰に両拳を置くと声を張り上げる。


「フォルネウスは――聞くまでもないですわね……」

『無論! 我らが神の御心のままに、とびっきりの破滅をくれてやったぁっ!』


大気を震わせるような声を張り上げる。

ネメシスは肩を竦めると顔を真剣なものへと変えて、


「あの黒いバッタマンも『武心』の一員。とするとネメアは十二支以上の戦力を有することになりますわね。そうなれば――」

 

 彼女たちが最も危惧する言葉を口にする。


『あーあ、間違いなく、今の我ら派閥間の均衡も崩れるだろうなっッ!』


 嬉々として叫ぶギリメカラを半眼で眺めながら、


「ギリメカラ、随分、嬉しそうですの」


 アテナは呆れたように指摘する。


『当然だぁ! 我らが神を支える力が著しく増強されたのだのだからなぁっ!』

「あのですね、最悪のタイミングで強力なライバルが登場したことを、貴方、本気でわかっていますか?」


 主たるカイ・ハイネマンの筆頭派閥の筆頭眷属になる。それは各戦闘派閥各柱の夢にして目的。その地位をめぐって日々、各派閥は、涙ぐましい努力をしているのだから。


『はっ! 我らは何柱なんびとにもその地位を渡さぬぅ! 今後も我らが神のお傍に控えるのは唯一、我ら『悪邪万界』のみぃぃッ!』

 

 三つ目を怪しく煌めかせながら、ギリメカラが天にそんな頓珍漢な返答をすると、


『随分、言いたい放題じゃのうぉ。そもそも、貴様らを筆頭派閥などと認めてはおらん!』


 竜の頭部を持った男が怒号を上げつつも姿を現し、


『そうだなぁ。悪邪どもに筆頭派閥を名乗らせるほど、俺っちたちは温い鍛え方、しちゃあいねーぜぇ。訂正しやがれ!』


 額に角を生やした三白眼の鬼神、酒吞童子刀剣の刀身を肩に担ぎながら姿を現すと、ギリメカラに剣先を向けて強い口調で要望を叫ぶ。


『同感だな。あの御方の筆頭派閥は我らにこそ相応しいッ!』


 朱色の翼を有する青年フェニックスが叫び、


『好き勝手に盛り上がるんじゃないでありんす! 旦那様の一番近くにいるのは妾でありんす!』


 九つの尾を持つ銀髪の女、九尾の主張に、


「こら、どさくさに紛れて何勝手なことを言っているんですのッ!」


 アテナが烈火のごとく反論した。

 各派閥のトップたちが雁首をそろえて睨み会う状況の中、頭上から黒色の塊が降ってくる。それが彼ら全員の主であると認識して、


「「『『『『御方様ッ!』』』』」」


 一斉に地面に跪いて首を垂れた。


「ご苦労さん、ネメア、中々やるではないか。特にあの黒色のバッタマン、確か、クロノ・バッタとか言ったか。あれはかなり面白かった」


 いつの間に片膝を付く獅子顔の武神ネメアに、カイはご機嫌に労いの言葉を口にする。

 ここまでストレートに、カイが己の配下を褒めるのは極めて珍しく、周囲の全派閥から強烈な嫉妬の視線がネメアに集中する。そんな中、


『ありがたき幸せ!』


 ネメアは歓喜に声を震わせた。


『御方様! 我もただいまから、参戦いたしまするっ!』


 どこか必死なギリメカラの叫びに、


「ああ、フォルネウスの件、上手く処理したようだな。お前には期待しているよ」

『おお……ありがたき幸せ!』


 両手を組んで三つ目から大粒の涙を流すギリメカラを目にし、


『儂らもです!』

「わ、わたくしたちも賛成しますわ!」

『俺っちらもだぜ!』

 

 次々に各派閥の長たちは名乗りを上げる。


「そうだな。お前たちにも期待している」


 カイのなんの変哲もない労いの言葉に、狂喜が爆発した。


『儂が悪軍中将オセを殺してみせよう!』

『ふざけるな! それはこのフェニックスだ!』

「抜け駆けするなですわ!」


 各派閥の長達は我先にと戦場へ駆けていく。それは、正真正銘、戦場に最悪に質の悪い怪物たちが解き離れたまさに瞬間だった。



    

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