第76話 変質した魔王

 僕は目にした魔族を全て殺しながらキャット・ニャーの中心にある会議場へと向かっていた。

 死、死、死、死……辺りは死で溢れていた。

 ――魚屋の陽気なリザードマンの青年も。

 ――服屋の器用なシープキャットの若い女性も。

 ――勝気な鬼族の女性も。

 全て息をしない屍と化していた。

 さっきから、涙が留めなく流れ、視界をぼやけて禄に見えやしない。きっと、今の僕にとってこの踏みにじられた景色は皆との絆であり、大切な思い出だった。それがこんなにあっさり無茶苦茶にされている。それが、どうしょうもなく、許せなくて、悔しかったんだ。

 だから――。


(頼む、無事でいてくれ!)


 心の底からそう願いながら僕は会議場へとひた走る。

そんな僕の願いは――。


「――――!?」


 会議場の前の地面に置かれた複数のものにより実にあっさり裏切られる。

 そこには――キージ、サイクロン、クロコダス、この都市の幹部のみんなの頭部が山のように積み重ねられていた。

 そして、傍で魔族どもに抑えつけられているターマとその傍で右手に持つ黒色の水晶をターマの額にかざしている筋骨隆々の赤髭の男。

 あの羽織っている真っ白の羽毛のついた黒のコートに、野性的な風貌。おそらく奴が魔王アルデバランだ。


「お前も不適合だねぇ。やはり、我ら魔族のようにはいかないねぇ」

 

 アルデバランの落胆した声を上げて右手を上げると、ターマの背後にいた魔族の一人が剣を振り上げた。


「やめろぉっ!」


 ターマが僕に気づくと、顔を恐怖に歪ませながらも、


「ギル、逃げ――」


 金切り声を上げようとする。

 刹那、魔族の剣が振り下ろされてターマの首が地面に落ちる。


「お前が土地神モドキだねぇ?」


 アルデバランは全身をくねらせて僕に視線を固定すると、そう尋ねてくる。


「この腐れ外道がぁっ!」


 限界だった。抑えのきかない荒々しいものが疾風のように心を満たし、奴めがけて一直線に突進し距離を詰めると、抜き放ったフレイムを奴の脳天に振り下ろす。

 フレイムは脳天からアルデバランの顔の半分を真っ二つにした。


「これで終わりだっ」


 フレイムの柄から手を離すと空中に浮いた状態で数回転し、混信の左回し蹴りを奴の頭部へとブチかます。

 ゴキリとアルデバランの首が明後日の方向へと向き、その頭部が燃え上がり、仰向けに地面に倒れる。

 僕はバックステップをして奴から距離を取ると重心を低くして身構える。

 一応、警戒はしていたが、僕はこのとき勝利を確信していた。だって、頭を真っ二つにしたうえで、首の骨を叩き負ったんだ。あれは確実に死んだ。もし生きているとしたら、それは既に魔族ではなく、生き物ですらない。

 僕のそんな淡い期待は――。


「中々、やるねぇ」


 仰向けに倒れているアルデバランの声によりあっさり裏切られる。


「っ⁉」


 突如、まるでばね仕掛けように、不自然に立ち上がると、突き刺されているフレイムの刀身を引き抜くと、燃え上がる炎を両手で叩く。さらに、折れ曲がった首をゴキリと元の位置まで戻し、左右に分かれた頭部をくっつけた。

 アルデバランの頭部から煙のようなものが生じながら急速に修復していく。


「バケモノめ!」


 おおよそ、あれはもう魔族ですらなく、まったく異なる生物だ。きっと、倒し切るには普通の攻撃手段では足りず、骨一つ残さぬくらいに粉々に砕くことが必要。だとすると――。

 奴の討伐方法を模索していたとき、


「でもぉ~、この程度なら楽楽らくらく勝勝しょうしょうだねぇ」


 奴の右腕の筋肉が数倍に膨れ上がり、その姿が消失する。

 ――刹那、奴の岩のような右拳が眼前に生じ、頭部に生じる凄まじい衝撃。

 僕の身体は何度も建物を瓦礫に変えながらも、一直線に吹き飛び、遂に城壁に背中から叩きつけられる。

 視界に真っ赤に染まる中、


「ぐっ……」


 必死に地面に血反を吐きつつも、立ち上がろうとする。

このまま、倒れていれば僕は確実に死ぬ。少なくとも一度、この場を離脱して回復しなければ――。


「――ッ!⁉」


 にゅっとアルデバランの顔が僕の鼻先スレスレに生じる。肌の上を蛇が這っているみたいな悪寒が生じ、右拳で奴の顔面を全力で殴りつける。

 僕の右拳が到達する一瞬の間、アルデバランの顔がぐにゃりと歪み、ワニのような姿となり、

 ――バクンッ!

僕の右拳を食いちぎる。


「ぐっ!」


焼け火箸に貫かれるような痛みが全身を走り抜けるなか。


「貧弱だねぇ」


 アルデバランが吐き捨てるような侮蔑の言葉とともに、僕の腹部の胸倉を持ち上げる。

そして――。


「でも、お前はどうやら適合者のようだねぇ」 


その言葉とともに、腹部に強い衝撃が走りその意識はあっさり刈り取られた。

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