第56話 お前のあがき、見せてもらうぞ

 ケトゥスの肉体の大部分・・・が消滅したのを確認して、


「まあ、普通に考えればこうなるのである」


 アスタが皮肉気味に当然の感想を述べる。


「まあな」


 ギルの能力とパフォーマンスからすればこの結果は予想の範疇だろうさ。

 アスタは無言でしばらく私の顔をのぞき込んでいたが、


「マスター、今のでバトルで第二試練をクリアしたことには――なるわけないであるな……」


 肩をすくめると、お互い自明な事実を尋ねてくる。


「わかり切ったことを聞くなよ。あれは第二試練の狼煙。本番はこれからだ」


 ケトゥスごとき木っ端トカゲが第二試練のボスのわけがあるまい。あれは所詮、第二試練開始の生贄にすぎない。


「やはり、吾輩たちが裏で動いていたのを知っていたのである」

「もちろんだとも。アルデバランが大神と仰ぐ存在を呼びだそうとしていることもな」

「まさか、ギルバートにその大神の相手をさせるつもりであるか?」

「言ったろ? 奴に求めているのは強さではないと。そこまでは望んじゃいないさ。まあ、クリアには最低限の強さは必要ではあるがね」


 神などこの世にいない。だから、アルデバランのいう大神とはあくまで誇張にすぎまいが、仮にも四大魔王アルデバランが崇める存在だ。今まで私が遭遇した中で最強の存在であるはず。そんな奴にギルが勝てるとは夢にも思ってはいない。今回の第二試練のボスも奴らがこれから行う如何わしい儀式により呼び出したもののうち、今のギルに相応しい強さの存在に限定される。

 

「あのおサルさんにとっては、その最低限のハードルがあまりに高すぎると思うのであるが?」

「アスタ、らしくもなく、ギルに同情でもしているのか?」


 これはあいつが真の意味で人になりえるかの試練。物事の全てに基本ドライなアスタがギルにこだわりがあること自体意外だが、例え、アスタの望みでも手心を加えるつもりは毛頭ない。


「それこそまさかである。吾輩が危惧しているのは一つだけ。きわめて鈍感で、世間知らずの朴念仁がこの世のつまらぬ現実を知って、やる気を失ってしまうことだけである」

「鈍感で世間知らずの朴念仁か。お前も苦労しているようだな」


 独特の言い回しからいってその朴念仁とはアスタの恋人か何かなんだろう。大方、今回の作戦にでも参加しているのだろうさ。アスタも私の幼馴染殿たちのような態度を最近頻繁にとるし、それほど意外ではない。


「……」

 

 アスタが半眼で私を眺めながら、深いため息を吐く。ほら、これだ。ライラたちもよくこんな態度をとってくる。

 うむ、どうにもやりにくいな。話を先に進めよう。


「まあいい。話を戻すぞ。お前たちが、その大神の召喚に関与していることも知っている」

『御方様、誠に勝手な振舞――』


 首を深く垂れて陳謝するギリメカラを右手で遮ると、


「勘違いするな。お前たちの目的の一つが魔物たちの犠牲を避けることにあることも知っている。責めるつもりは一切ないし、むしろ感謝しているさ。よくやったな」


 感謝の言葉を贈る。


『も、もったいないお言葉……』


 目じりに涙をためて言葉を詰まらせるギリメカラに、


「改めてこの私、カイ・ハイネマンが命じる。その大神とやらを蘇らせ、第二試練を本格始動させよ!」

『御意!』


 大気を震わせる大声で返答すると、ギリメカラの全身は黒色の霧に包まれ、夜空に消えていく。一呼吸遅れて黒炎となってイフリートが、黒色の砂となってタイタンが姿を消失させた。

 アスタも軽く一礼すると夜の闇に溶け込んでしまう。


「さて、これからが本番だ。お前の足掻き、見せてもらうぞ!」


 私は眼前に投射された映像の中のギルに向けて、そう鼓舞したのだった。

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