第41話 希望の集落

 身体を揺らされて重い瞼を開けると、不安そうな顔で覗き込んでいるゴブミィの顔。


「よかった!」


 ゴブーザの胸に抱き着いて泣き出すゴブミィを少しの間ぼんやりと眺めていると、


「気が付いたか。なら、こっちに来て食べなさい」


 背後から声を掛けられる。

 その記憶にない声の主を確かめるべく振り返ると焚火の前で犬顔の男が骨付き肉を焼いていた。その周囲ではゴブロ兄ちゃんを始め、あの忌まわしい施設から逃亡してきた村の仲間たちが串についた肉を美味しそうに頬張っている


「あんたは?」

「私か? 私は……そうだなルー・ガルーだ。ルーでいい」


 陽気な口調でそう返答する。

 マダガスカルに食われたはずのゴブミィとゴブロ兄ちゃんが無事なことからも、この犬顔の魔物があのマダガスカルを倒してゴブーザ達を助けてくれたのは間違いない。だが、だとすると目的はなんだ? このアルデバランの南下により、とてもじゃないが今は他種族に構っている余裕がない。それはこのコボルト族と思しき魔物も同じはず。だから――。


「どうしてオラたちを――」

「いいから、腹減っているんだろ? 食え。話はそれからだ」


 肉付き串を強引に渡される。その目と鼻の先にある肉の焼ける香ばしい匂いにグゥーと腹が鳴ってゴブーザは数日ぶりの食事にありついた。



 食事をとりながら、犬顔の魔物ルーはゴブーザたちの話に耳を傾けていたが、


「そうか……だからあいつら……」


 そうボソリと呟く。据わるに据わった表情でそう言葉を絞り出す。

その目の奥に宿る狂気にも似た激烈な感情にうすら寒いものを感じ、


「ルー……さん?」


 躊躇いがちに尋ねる。


「いや、すまんすまん、じゃあ、境遇的には私と大差ないな。私も北のコボルトの集落から逃げてきたところだ」

「ルーさんでも……抗えなかったんですか?」


 ゴブロ兄ちゃんが顔を絶望一色に染めて項垂れながら尋ねる。


「まあな、あの物量にはどうしょうもなかった」


 そう苦笑するルーさんに横っ面を殴られたような衝撃が走る。

それはそうだ。ルーさんが一瞬で倒したマダガスカルは、超武闘派の部族以外、この森の中で生きるものにとって決して近づいてはいけない災厄のような魔物だ。遭遇したら全力で逃げる。それしか助かる方法などない。

 そもそも、ゴブーザが行ったのはただの無謀な特攻。普通なら間違いなく死んでいるのだから。

 そのマダガスカルをルーさんはあっさり殺したのだ。それはこの人が超武闘派部族並みの強者であることを意味する。

 そしてルーさんが逃げざるを得なかったほど相手は強力だということ。それはゴブーザたちではどうにもならないことを意味するんだから。


「じゃあ、じゃあ、オラたちはもう……」


 項垂れているゴブーザたちに、ルーさんは驚いたように目を見張っていたが、すぐに気まずそうに頭をポリポリと掻き、


「心配するな。あくまで私の部族は数が特にすくなかっただけだ。それに希望もある」

「希望?」


 希望? この強力な魔物でさえも尻尾を巻いて逃げ出さざるを得ない事態に何の希望があるというんだ? そんなのどう考えてもただの気休めにすぎないじゃないか。


「ああ、ここからさらに南に行った場所に、魔物たちの中規模の集落がある。そこに今このノースグランド中の武闘派の部族が続々と集結しているらしい。逃げたとは言ったが私はまだ自らが負けたとまでは思っちゃいない。部族の垣根を取っ払って互いに手を取り合えば、あの薄汚い魔族たちの侵攻にも対抗できるはずだ」


 武闘派部族の集結か。それはゴブーザたちが当初から最も望んでいた状況といってもいい。誓ってもいいが、そうでもしなければあのアルデバランの南下は止められない。


「そこに僕らを連れて行ってください!」

「もとより、そのつもりだ。構わんよ」


 大きな口の口角を吊り上げてルーさんは実に軽い口調で頷くと、ゴブーザに串肉を渡してくるので受け取り肉を噛みちぎる。口の中に広がる甘い肉の味を噛みしめながら、


「そこの集落のボスはどんな魔物なのですか?」


 今一番気になっていた疑問を口にする。この緊迫した状況では団結が必須とはいえ、本来他部族を受け入れぬ魔物をまとめ上げており、しかも、灰汁の強い武闘派の魔物をまとめ上げているのだ。どれほどの魔物なのかは興味がある。


「ああ、噂では……」


 ルーさんは顎に手を当てて話始めたのだった。

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