第24話 まだ終わらない襲撃
――近隣の洞窟
キージを先頭に僕らが避難所となっている洞窟内に入ると、多数の猫顔の老若男女が緊張でこわばった表情で僕らを眺めてくる。
まだ、シャルは戻っていない。だとすると、この事件は目下継続中というわけだろうな。
キージが一歩前に出ると、
「我らの里に侵入した人間どもは全て死んだ。一先ずは我らの勝利だ!」
大きく息を吸い込むと勝利宣言を行う。
一瞬の静寂の後、歓声が爆発する。
抱き合ってはしゃぐシープキャットの住人たちに、
「だが、まだ賊の首領格が残っている可能性がある! 安堵も喜びはあとだ! 今後も警戒を怠るな!」
厳粛した表情で声を張り上げる。
「じゃが、キージ様、計画通り、人間どもは全部死んだんじゃろ?」
老婆は僕をチラリと横目で見ながら、素朴な疑問を投げかける。
この様子だと老婆から同じ人族を殺したことに対して僕に引け目のようなものがあると思われているようだ。だが、生憎僕はそんなこ綺麗な人間じゃないみたい。なぜなら、まったく殺したことに罪悪感など感じちゃいなかったのだから。むしろ、今僕の関心は――。
「ああ、侵入した人間どもはな。だが、まだ終わっちゃいない」
キージの断言にも似た噛みしめるような返答に、老婆たちは息を飲む。
やはり、キージも同意見か。
「なぜです? 大部分の賊は殺したんでしょう?」
赤髪をショートカットにした猫顔の女性が眉を顰めながら、キージに尋ねる。
「ああ、だが、シャルが戻っていない。つまり――」
言いよどむキージ。多分、己の出した推測に自信が持てないんだろう。これで襲撃が終りならありがたい。そう思ってしまう気持ちはよくわかる。
しかし、この事件には悪質な首謀者がいる。その首謀者の目的は不明だが、少なくともシャルが戻らない以上、この盗賊の襲撃事件は依然として現在進行形。その可能性が濃厚なのだ。
「ギルが言っていた黒幕の存在ってやつか?」
チャトが神妙な顔で僕に問いかけてくる。
「ああ、間違いないよ」
チャトは少しの間、僕を凝視していたが、
「おい、すぐにでもこの洞窟の警備を整えるぞ!」
武装した若いシープキャット族の青年たちを促し、洞窟の外へ向けて颯爽と去っていく。
「ギル、先ほどの戦闘礼をいう。そして今までの非礼、すまなかった」
キージが僕に深く頭を下げる。人族のしかも、捕虜の僕への態度に周囲がざわつく。
「いや、別に気にしちゃいないよ。それに、まだ全く終わってない」
正直、キージの立場なら当然だし、僕が彼らの立場でもこんなあからさまに胡散臭いやつを好きにさせておきはしなかったらだろう。むしろ、この程度で信頼するキージたちが、人が良すぎるのだ。
「次の策を考えたい。悪いがまた知恵を貸してくれ。次我らはどう動くべきだ?」
「奴らの戦力の大部分を減らした今。あとは、総力戦。奴らもそれはわかっているはず。要するに――」
「小手先は通用しないと?」
「うん。多分ね」
本当にあの戦闘で終わっていないのなら、まだ賊どもには切り札がある。そして、僕が賊どもの指揮者なら最後に取っておく切り札は絶対的な強さの個に頼る。それを下さねばきっとシャルは戻ってこない。
「力押しか。だが、それでもお前に策はあるんだろう?」
僕は顎を引くと、
「あとは僕らの利点を上手く利用するのさ」
次の戦闘の確信を口にする。
「メリット?」
「ああ、そもそも、本来、この手の洞窟は防衛には不向きなんだ。なにせ、炎で炙りだされでもしたら、ひとたまりもないからね。でも今回はそうはならない」
「奴らの目的か?」
「そう。奴らが襲う目的は君たちシープキャットの捕獲。ならば、奴らは君たちを殺せない。それこそが僕らにとって最大の利となる」
黒幕の目的は依然として不明だが、盗賊どもの目的は実にシンプル。シープキャットをとらえ、奴隷商に高値で売却すること。ならば、奴らは商品とみなしているシープキャットを傷つけられないはず。
「わかった。お前の指示に従おう。次、俺たちは何をすればいい?」
このキージの言葉に、
「キージ様、正気ですかっ⁉ こいつが敵の間者ではないという証拠はどこにもないんですよっ!」
赤髪ショートの猫顔の女が血相を変えてキージに詰め寄るが、
「もし、ギルが敵の間者ならそもそも、敵の主力を全滅させたりしないさ。それに、もう俺たちにはあとがないんだ」
キージは僕に近づくと、右手に持つ槍で僕の両手首を縛っている縄を一線する。
「なっ⁉」
驚愕の表情でパクパクと口を動かす赤髪ショートの女。
「僕を自由にしていいのかい?」
「いっただろ? 俺たちには既にあとがない。これは俺の勘だが。お前の戦力がなければこの窮地、切り抜けられない。そんな気がする」
キージは僕らとともに偵察に出ていた数人のシープキャットの男たちをグルリと向き直ると、
「実際にあれを見たお前たちはどうだ?」
その意を求める。
「あんなえげつないことを考える奴が敵ならどのみち私たちに勝ち目などないでしょうし、私もかまいませんよ」
黒髪のシープキャットの青年は相槌を打つ。
「そうだな。どのみち、そうするしか他に方法はない。ただし、信頼ができぬのは変わりがない。この件が済めばまた牢に入ってもらうぞ?」
どっしりとした猫顔の中年男性がギロリと僕を睨みながら言い放つ。
「いいよ。別に逃げるつもりもない」
「みんな、どうかしてるよっ!」
赤髪ショートの猫女が焦燥たっぷりの声を上げるが、老婆がその右肩を掴んで首を大きく左右に振る。
しばらく、身を震わせていたが、怒ったように赤髪ショートの女は洞窟の奥へと姿を消してしまう。同時にキージ達に納得がいかないシープキャット族の男女たちもそれに続く。
「あれ、いいのかい?」
「構わん。どのみち、シャルが戻らないなら、今も南下してきている魔族どもに滅ぼされる。今は里の防衛が最優先事項だ」
キージの言葉に、他のシープキャット族も無言で頷く。
人族である僕を使うなどまさに狂喜の沙汰だ。彼らの立場からすれば、あの赤髪ショートカットの女性たちの方が遥かに正当といえるだろう。なのに僕を自由にしようとする。それだけ、キージ達は追い詰められているのかもしれない。
「わかったよ。じゃあ、今から奴らの撃退の具体的な策を話す。時間もないし、各自効率よく動いてほしい」
僕は口を開き、最終防衛の闘争は開始された。
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