第13話 僕はシャルを取り戻したい

 さらに数週間が経過する。僕は相変わらず地下牢で生活だったが、彼女は決まって地下牢まで食事を運んでくると楽しそうに昔話をしてくれた。

 予想通り、ここはシープキャット族の治める集落。そして、彼女シャルはその集落の巫女として周囲に結界を張る役目をおっていた。シャル曰く、その結界はあのペンダントが核となっており、シャル以外に誰にも使用することができないらしい。

 あのペンダントは迷宮やダンジョンで出土された宝物。シャムにペンダントを与えた女性はこの地を訪れた物好きなハンターというところだろう。遺跡クラスの宝物だ。それを他者に与えられるほどのハンターというと限られてくる。それは――。


「いっ⁉」


 突如、蟀谷に激痛が走る。しばし蹲って頭を押さえていたが、首を振って立ち上がる。


(まただ……なぜ僕、そんなに詳しく知っているんだ?)


 一般人がハンターの常識に詳しいとも思えない。特になぜあのペンダントが遺跡クラスの宝物だと判断できた? 魔法も使えたし、その知識もある。もしかして僕は元ハンターで、遺跡攻略のミッションでヘマでもして記憶を失いさ迷っていたとか? 魔物であるシープキャットを知っていたこともハンターなら十分あり得る話だし。いや、ハンターならこんな場所に一人で来るなどあり得ない。だとすると――。


「考えても無駄か……」


 どのみち、僕がどこの誰だろうと、今の状況が好転するわけじゃない。何せこうして軟禁状態でいつ処刑されてもおかしくはない状態なわけだし。かぶりを振って思考の切り替えを試みてみよう。


「それにしても、今日は大分遅いな……」


 普段ならシャルがそろそろ、夕食を持ってきてくれる時間だが、さっきから一行に姿を見せない。こんなのはこの数週間で初めてだ。

 次第に近づいてくる階段を下りてくる音。どうやら来たようだ。


「僕はほっとしているのか?」


 突如生じた強烈で説明不能な感情。これが彼女に見捨てられたことに焦っていたからという理由なら理解できた。だが、ただ再度彼女の顔をみることができる。ただそれだけで、胸の奥が暖かいもので満たされる。そんな錯覚を覚えていた。きっと、それは多分予想していたものとはおよそ正反対の感情。


「馬鹿馬鹿しい……」


 再度、首を左右に振って己に生じた難題を強制的に振り払い。


「今晩の夕食はなんだろうな」


 他愛もないシャルの持ってきてくれる夕食のレシピについて考えることにした。

シャルの持ってくるものは、外見もぐちゃぐちゃで味が薄くお世辞にも料理としての完成度は高くはないが、なぜか食が進む。そんな変な病みつきになる料理だったんだ。

 

(あれ?)


 聞こえてくる足音は複数で慌ただしかった。どう考えてシャルじゃない。だとすると、マズイかもしれないな。

 鍵が開錠されて勢いよく扉が開かれると、金色の短い髪の猫顔の青年と左頬に傷のある赤髪に猫顔の男が入ってくる。そして、猫顔の青年はキョロキョロと周囲を伺い僕の胸倉を掴み、


「シャルムをどこにやった⁉」


 鋭い犬歯をむき出しにして怒号を浴びせてくる。

 うん? 僕の処分が決まったとかではないのか。それに、いくつか不穏な言葉が含まれていた。


「シャルがどうかしたのか?」

「しらばっくれるなっ!」


 犬歯を剥き出しにして激高する金髪の青年。

 洒落や冗談には見えない。何より、僕に偽りを述べる意義が彼らにはない。とすれば、本当にシャルがいなくなってしまった。そう理解するのが自然だ。だとすると、いくつか確かめねばならないことがある。


「結界は?」

「あー?」

「だから、結界はどうなったっ⁉ シャルは結界を張っていたはずだ!」


 逆に金髪の猫顔の男の胸倉を掴むと疑問を叩きつける。

あの手の結界系の魔道具は発動者と土地に一定の関わりを要求するはず。結界がいまだに無事なら、シャルはこの集落の付近にいる。逆に結界が消失していれば――。


「結界は……消えた」


 僕の剣幕に猫顔の金髪の男は若干躊躇いがちに返答する。


「くそっ!」


 まず間違いなくシャルはこの集落にはいない。少なくとも結界を維持し得ないレベルでこの集落から離れてしまっている。シャルがこの集落から自らの意思で離れるとも思えない。だとすれば、きっとシャルの不在は外部的要因。すなわち――。


 ――ズキンッ!


 突如、頭の中が割れるように痛くなり、歪む視界。そこに浮かび上がるのは、草むらに倒れ伏す幼い少女の姿。その少女の周囲には真っ赤な液体の水たまりができていた。

 

 ――ズキンッ! ズキンッ! ズキンッ!


 さらに頭痛は強くなっていき、


「ぐっ……」


 堪えることすらできず、蹲り頭を押さえつつ呻き声を上げる。そして、薄れていく意識。それを、下唇を噛みしめることにより繋ぎとめる。

 口の中に広がる苦い鉄分の味と痛みに顔をしかめていると、


「娘、いや、シャル、について何か知っているのか?」


左頬に傷のある赤髪に猫顔の男が金髪の猫顔の男を押しのけて尋ねてきた。そうか、この男はシャルの父親か。ならば――。


「シャルは……この集落にはいない」

「ほら、こいつの仲間が攫ったんだっ!」


 金髪の猫顔の男が叫ぶが、左頬に傷のある赤髪に猫顔の男に刺すような視線を向けられ、口を噤む。


「なぜ、そう思う?」


 シャルの父は僕の目を見据えてそう尋ねてきた。

 

「結界が消失しているからだ。この手の発動者と契約する類の魔道具は発動者と連動している。特に結界は土地と密接な関わりがある。意識があろうとなかろうと、この地にいる限り結界の効果は継続するはずなのさ。今まで今回のように結界が消失したことは?」

「著しく減弱したことはあったが、消失したのは初めてだ」

「では、あの魔道具を得てから、シャルがこの集落から一定の距離を離れたことは?」


 シャルの父は思い返すように一呼吸を置くと、


「俺が知る限りないな」


 そう返答する。これで確定だ。聞くところによるとシャルが魔獣に襲われていたのは、集落の目と鼻の先。あのレベルの距離ならば結界は維持される。あの魔道具は所持者が結界として指定した場所から、一定の距離を離れると消失する。そんな仕組みなんだと思う。

 つまり――。


「ならば、答えは一つだ。シャルは攫われて既にこの集落にはいない」


 僕は端的に彼らにとって酷な現実を突きつけた。


「ふざけんな!」

 

 金髪に猫顔の青年に全力で殴りつけられ、背中から石壁に激突する。

 一瞬息ができず、咳き込んでいると金髪の猫顔の青年が近づき、再度右手で頸部を掴まれる。


「止めろ、チャト!」


 シャルの父の制止の声など歯牙にもかけず、


「てめえの仲間が攫ったんだろっ!」

 

 金髪の青年は僕を持ち上げたまま怒声を張り上げる。


「それは……否定はできない」


 何せ記憶がないものでね。シープキャットは人種に限りなく近いといわれる超がつくくらいの希少種だ。ハンターの一部には魔物をとらえ売却するという盗賊のようなチームもあると聞く。僕がそのメンバーだったとしても何ら不思議ではない。むしろ、それなら逆に今のこの状況をすんなり説明できるというものだ。


「尻尾を出しやがったなッ! 薄汚い人間めッ!」


 血走った双眼で僕を睨め付けて、空手の左手の爪を伸長させる。


「止めろと言っているっ!」


 シャルの父が額に太い青筋を張らせ、今にも僕の喉に突き立てられそうなチャトの左手首を掴みながら叫ぶ。


「しかし、キージさんっ!」

「もう一度いうぞ。チャト、やめろ」


 噛みしめるように指示を送るシャルの父キージに、チャトは奥歯をギリッと噛みしめていたが、乱暴に僕を床に放り投げた。

 シャルの父――キージは無様に横たわる僕に近づき、しゃがみ込むと、


「ギル、お前は我らの敵か?」


 今の僕には到底わからない疑問を口にした。


「わからない。なにせ、記憶がないからね」

「貴様ぁ――」


 チャトが再度額に青筋を張らせて捲し立てようとするが、


「チャト、今俺が話している。少し黙っていろ」


 キージはぞっとするような低い声で制止の声を上げるとビクッとチャトは全身を震わせると、口をへの字に曲げてそっぽを向く。

キージは僕を見据えると、


「質問が悪かったな。今のお前はシャルをどうしたい?」


 思ってもいなかった問いかけをしてくる。


「今の僕がシャルをどうしたいか……か」


 集落の者誰にも知られずシャルを攫ったのだ。少なくとも、今回、シャルを攫った輩はこの道のスペシャリスト。この手馴れようからいって盗賊の類なのかもしれない。だとすれば、人の愚劣さを知らぬこの集落者たちではシャルを取り戻すのは不可能だろう。

 要するに、このままではシャルは人族に売られ、よくて奴隷やみせもの、最悪変態どもの玩具にされて殺される。それを許容できるかだ。


(ははっ! 僕は何を考えている?)


 笑ってしまう。今の僕の頭の中に浮かぶのは――いくつものシャルを攫った賊どもの殺し方とシャルの救助の方法。まったくの躊躇いもなくそれを考えてしまっていた。


(滑稽だ。本来の僕はシャルを攫おうとしているかもしれないのに)


 そうだ。実に滑稽すぎる事実。だが、躊躇いが微塵もないことからも、どうやら僕はシャルという少女に相当固執してしまっているようだ。もちろん、誓ってもいいが僕は対価もなく救おうとする善人では断じてない。僕が執着しているのはシャルただ一人であり、この集落の者たちがどうなろうと知ったことじゃない。そう考えていることからも確か。

つまりだ。僕は彼女の救出にメリットがなければ、救おうとはしない。そんなクズなのだ。なら、命懸けで彼女を救おうとするメリットはなんだ?


――ズキンッ!


再度の片頭痛。前ほどの痛みはないが、やはり、あの赤髪の少女が地面に俯せになる姿が浮かび上がり、泡のように消えていく。

 理由は判然としないが、今の僕にとってシャルの救出と賊の殺害は至上命題のようだ。少なくともずっと己の生存のことばかり考えていた僕が、初めて危険を冒そうとする程度には。

 だから――。


「僕はシャルを取り戻したい。事実関係を聞かせて欲しい」


 僕は心の底からの願望を述べた。


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