第48話 破滅の唄(2) パンドラ 

――中央教会バベル支部


「今、何とおっしゃいましたぁ?」


 魔導通信機器の前で、いつも鉄壁の笑みを浮かべていた枢機卿パンドラは、上ずった声で聞き返していた。


『たった今、教皇猊下が崩御されました。シー枢機卿様も同様です』

「は? い、いえ、でも、どうしてぇ?」


 覚束ない足取りで椅子に腰を下ろして、懸命に平常を装いながらも聞き返す。


『きっと、怒りに触れたのでしょう』


 通信前にいる連絡役の男は、両手に丸い包みを持ちながら、恐ろしいほど淡泊にそう返答した。そのまるで何かを確信しているような様相に、


「誰の怒りに触れたというのですぅ?」


 即座に尋ねていた。とはいえ、原因くらい十分に検討がついていた。十中八九、ルミネ・へルナーと密接な関わりがある。

 なぜなら、此度のルミネ・へルナーの有する恩恵ギフトは、我らの神さえも貶めるものであるという天啓を得たのは、シー枢機卿。そしてその天啓を受け、実際に排除の決定をしたのは教皇猊下だったのだから。このタイミングだ。まず間違いなく、ルミネ・へルナー絡み。

 しかし、あのお二人は神の落とし子とも称される四大司教を除けば、中央教会でも屈指の実力を有する。その二人を殺害するなど並大抵の力では不可能――。

パンドラの意識は、


「ダーレ?」


 連絡役の男が立ち上がり、ケタケタと笑い出すことにより遮られる。


「どうしましたぁ?」


 通信の魔道具から距離を取る。大司教シュネーもいつものお惚けの様相とは一転、今まで見たこともない形相で魔道具を凝視していた。

 

『ベルゼバブデブー♪ ベルゼバブデブー♪ ブブデバブデブー♩

 ウジウジしていて、とっても臭い蠅の中の蠅、キングオブ蠅♬ それがバブぅ♫』

 

 通信機器の向こうの連絡役の男の首が、ボキボキという生理的嫌悪を伴った音とともに不自然に回転し、身体もやはり骨を砕き肉を裂くを音とともに珍重な踊りを舞始めた。

 同時に連絡役の男の両手に握られていた球体の包みが解ける――。


「パンドラ様ぁっ! これはヤバイやつだよっ!」


大司教シュネーが額に玉のような汗を貼り付けながら、叫び声を上げる。

 

「わかってますぅ! 直ちに通信の切断を!」


 そんなの言われなくても見ればわかる

 球体はブラウン色の髪を坊主にした男の頭部。その頭部は目と鼻から血を流しながら、大口を開けて歌っていたのだから。


「通信を切断してくださいっ!」

「ダメですっ! さっきからやっていますが、反応すらしませんっ!」


 これは異常だ。さっきから通信機器は切断しているのに効果がないのだ。

 さらに通信機器の向こう側の連絡役の信徒の死の舞踊は続行する。


『ベルゼバブデブー♪ ベルゼバブデブー♪ ブブデバブデブー♩

 バブは至高の御方の忠実なしもべぇ♪ 御方の喜びはバブの喜びぃ、御方の不快はバブの不快ぃぃぃぃぃ♩ 

 ベルゼバブデブー♪ ベルゼバブデブー♪ ブブデバブデブー♩』


 既に肉体は蠅のような生物へと変わっていた。

 そしてピタリと歌うのをやめると、起立し、


『我らが至高の御方おんかたはとってもとってぇーーも不快になっておいででちゅ。故にこの件に深く関わった者に罰を与えたでちゅ。これ以上不快にさせるようなことがあらば、そのものにも罰を与えるでちゅ』


 そう叫ぶとプッツリと通信は切断されてしまう。


「助かった……のですかぁ?」


 緊張の糸が切れて腰をペタンと床に降ろす。文字通り、腰を抜かしてしまったのだと思う。


「そのようですね」


 大司教シュネーもそう頷き、片膝を突いて荒い息をしていた。このような無様な姿を見せるのはパンドラ同様、彼も生まれて始めてなのかもしれない。


「あれはきっと最後通告という奴ですねぇ」


 パンドラが助かったのはルミネ・へルナーの排除には深く関わっていなかったから。

 なにせ、パンドラがこの地を訪れたのは全く別の理由だったのだから。ことのついでで中央教会本部からの連絡役を請け負っただけ。たったそれだけの理由だから、助かったのだろう。


「どうも、この世界、相当キナ臭くなってきたようですねぇ」


 ルミネ・へルナー。一介の少女をなぜあそこまでシー枢機卿様や教皇猊下が危険視扱いするのかが疑問だったが、今はっきりわかった。あの蠅が口にした至高の御方、それがルミネ・ヘルナを殺そうしたことに激怒し、制裁目的でシー枢機卿と教皇猊下を殺した。いや、ルミネ・へルナーの謀殺計画に深く関わった者は全て死亡しているとみるべきだろう。


(むしろこの程度の損害で済んだのを喜ぶべきかもしれませんねぇ)


 あれはまさしく神敵であり、人類共通の敵。それほどの悪意を感じた。此度、中央教会があれの存在を認識した対価と支払ったのは、教皇猊下もシー枢機卿の命。二人とも人材的にはいくらでも変わりがきく。戦力的には大分痛手ではあるが、致命的な損失というわけでない。

 あれは間違いなく魔王以上だ。いや、むしろ魔王など、あれからすれば道端で蠢く蟻にすぎまい。その一旦にでも触れればその邪悪さについて理解できる。あれは決してこの世界で野放しにしてはならぬ存在。

 そうはいっても、あれらに勝てる存在など、我らが神くらい。我らの神が、そう簡単にこの世に現界できるなら世話はない。そして、今の中央教会の全戦力をつぎ込んでもおそらく結果は同じ。皆殺しになるのが関の山。

 だとすれば、あの計画を前倒しすべきだ。パンドラと四大司教が真の意味で神力を得れば、きっとあれらと渡り合えるはずだから。


(いえ、それだけではおそらく足らないかと)


 勇者のチーム。あれらが神力を得れば相当な強さを獲得できる。魔王討伐の暁には用済みとして処理するつもりだったが、聊か事情が変わった。勇者だけではない。利用できるものは全て利用しなければ、あれには抗えぬ。


「勇者殿にコンタクトを取りますよぉ。あと四大司教を本部に招集してください」


 おそらくパンドラの意図は以心伝心、通じ会っていたのだろう。こんなとき、普段なら不平の一つくらい述べている大司教シュネーは実に素直に頷くと部屋を退出していく。


(この戦、私たち神の子が負けるわけにはいきませんわぁ)


 パンドラは右拳を強く握りめてそう誓ったのだった。



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