第39話 悪夢の子守歌


 球体顔のアンデッド、マルは金髪の少女を背負いながらも、ほくそ笑んでいた。こんな簡単な仕事で腐王様に恩賞をもらえる。腐王様のあの御喜びようから察するに、この人間の女の身体を手に入れれば、アレスを滅ぼすだけの力が得られるのは間違いあるまい。

 アレス亡き後、この世界は腐王様の管理する地となる。つまり、人間は名実ともに我らの家畜となる。そうなれば、好きに壊して、好きに解体して遊べる。あれほど良質な家畜はそうはない。特につがいの目の前でその一方を切り刻んだり、母親に己の二人の子供のどちらを殺させるなど、マルたちの絶好のエンターテインメントなのだ!


(うーん、期待に胸が膨らむぅッ♪)


 走りながら鼻歌を口遊んでいたら、隣のサンカクの頭部がぐるぐると回っていた。そう、文字通り不自然なくらいグルグルと回っていたのだ。


「……」


 思わず立ち止まって距離を取るが、サンカクの頭部は高速で回り続け、次いで逆方向に身体が回り始めた。


『サ、サンカク?』


 恐る恐る尋ねた途端、サンカクの首が千切れ飛び空中で回転し始める。そして首の失った胴体から真っ白な何かがはい出てきた。


『ひッ!?』


 あまりのおぞましさに小さな悲鳴を上げながら後退るが、背後から首を捕まれる。


『ねぇねぇ、どこに行くのぉ?』


 その女の声に背筋に氷を当てられたようなぞっとする寒気が襲い僅かに首を動かして背後を確認すると、背負っていた金髪の女がマルの顔に右手を当てていた。


『ッ!?』


 思わず小さな悲鳴を上げそうになる。当然だ。無邪気な笑顔を浮かべる金髪の女の口の端は耳元まで裂け、鋭い牙が覗き見えていたのだから。こんな牙も悪辣な表情も家畜にんげんに出せるはずがない。だとすればこの女は人ではなく――。

 必死に背中の女を振り払おうとする。

 しかし――。


『な、なぜ振り払えないッ!?』


 そう。強く握れば壊れそうな細腕なのにどういうわけか凄まじい力でピクリとも動かすことは叶わない。

 サンカクから這い出た白色の人型の何かは、大きな背伸びをする。すると、サンカクの身体はボロボロの灰となって崩れ落ちてしまう。


『そ、そんな……』


 掠れた声が喉から漏れ出していた。

 あり得るわけがない! こんなの絶対にあり得るはずがないのだ! マルやサンカクたち、腐王様の直轄の直属の配下には【復元】の加護がついている。首が飛ばされた程度なら、瞬きを数度するだけで完全復元し得る。それが灰になってしまう? それは加護が機能していないことを意味する。腐王様は悪神。通常の理から外れた御方。その加護を無効化するのは同じく理から外れた存在。つまり、この金髪の女や白色の人型の何かは――。

 

『ぐぎぃ!?』


 最悪の結論に到達したとき、金髪の女がマルの頭部を凄まじい力で左右に引っ張ろうとする。

 さらに白色の人型の何かが近づいてくる。


 ――恐ろしいッ! 


 あれに触れられればマルは全てを失う。知的生物なら当然に享受することのできるすべてを!

 なぜこんな悪質なものに気付かなかったのだ⁉ この背後の金髪の女とあの人型の白色の塊からは腐王様すらも比較にならない悪意を感じる。

 激しい痛みともに、傷の修復がされないことに気付く。


(ど、どうなっているッ!?)


 マルたちは腐王様の御力で傷を負っても瞬時に修復するし、大した痛みなど感じるはずがない。それがさっきから修復はされず、少しずつ引き裂かれるにつれて、七転八倒の痛みが全身を駆け巡っていた。

 身体がジワジワと引きちぎられるという血液が凍結するほどのとびっきりの恐怖、そしてとっくの昔に忘れたはずの激痛に、口から悲鳴が漏れる。

 罅割れる視界の中、


『そうか。御方様の大切な方はお前たちがとっくの昔に保護済みか……』


 いつの間にか眼前に出現していた額に角のある三白眼の長身の男の呟きを最後に白色の人型の何かはマルに手を伸ばす。白色の人型の何かが触れた瞬間、マルの意識は永劫の悪夢へと落ちていく。


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