第33話 静かだが激しい怒り デイモス

 デイモスは自身の行動に純粋に驚いていた。これは至高の御方様おんかたさまの策。そしてその御方様に命じられたのはあくまでライラ様の保護。黙ってみているべきはずなのだ。

 特にこの若者は我らが至上のあるじカイ様を侮辱した。助ける義理などこれっぽっちもない。それが本来正しい選択のはず。なのに、この行為に及んだことにつき、後悔はなく妙な清々しさを感じていた。


「なんだ、お前、アンデッドか? しかも、知性がある。新種のスケルトンってやつか……」


 頭部に髑髏の入れ墨をしたスキンヘッドの男が目を細めて独り言のような疑問の言葉を口にする。

 

『その薄汚い口を閉じろ』


 なぜろう? どうしてもこの者共を許容できない。

デイモスは過去に魔導を極めるために人をやめた。その際に人の心も捨て去った。それは間違いない。魔導の実験のため、この者どもと大差ない非道も行ってきた。過去のデイモスを見たものは、きっと今さらどの面さげて綺麗ごとを宣うのかと批難することだろう。

 特にルビーとの生活は最悪だった。数多くの無辜の命を奪ってしまった。あの頃のデイモスはまさに、このトウコツとタムリとかいう愚物と同類と言って差し支えはあるまい。

 そのデイモスがこの度、ここまで強烈な嫌悪感を覚える。その理由はわかっている。

 カイ様だ。あれほど圧倒的な力を有する超越者だ。本来ならデイモスたち下界の民草のことなど大した興味すら持たないのが通常だ。なのに、時には非道に怒り、ときには皆と肩を並べて飲み、食い、笑う。同じ超越者とだけではない。人やデイモスのような元の人であったはぐれものともだ。そのあまりに自然な姿をみれば、それがこの御方の本質であることが容易にわかる。

 それは神が稀に見せる気まぐれにも似た優しさとも違う。まさに家族のような関係。それはとても新鮮で驚きに満ちていた。だってそうだろう? それはまさにデイモスが捨て去った人そのものだったのだから。

 きっと、ギリメカラ様が人に強い興味がおありなのも、そうしたカイ様に常にある人として側面に強く惹きつけられているからだと思う。

 これはタブー中のタブーではあるが、カイ様はデイモス同様、元人間なのではないかと思っている。そうでなければ、あれほど人の心がわかるはずがない。寄り添えるはずがない。

 こうして、今デイモスが少年の心が痛いほどわかってしまうのも、かつて人であった魂が強烈に主張していることであるはずだから。

 そして、カイ様がデイモスの立場でもきっと同じようにしていた。そう確信できていた。

 

「たかが、スケルトンごときが、舐めた口きくじゃねぇか」


 トウコツは薄汚い笑みを浮かべると舌なめずりをしつつもデイモスにとって最大の侮蔑の言葉を吐く。

 不思議だ。あれだけ嫌悪していたスケルトンという言葉にも大して心を揺さぶられない。代わりにカイ様とライラ様に対する数々の不敬に対する静かだが激しい怒りが渦巻いていた。だから――。


『ふん、三流の、いや似非ネクロマンシーごときに言われてもな』


そう毒づく。


「あー、似非だとぉ?」


犬歯を剥き出しにして吠えるトウコツに、


『吠えるな。雑魚』


左の人差し指に嵌められた指輪に魔力を込める。突如出現する黒色の刀身の刀剣。それを握り構える。


「大層な口をきくから何だと思ったが、スケルトンが剣士の真似事かよ。あー、興ざめだ。お前がやれよ」


 トウコツは興味を失ったように、右手をヒラヒラさせると部屋の隅の椅子へ腰を掛ける。


「ったく! 勝手な奴だ。だが、アンデッドの処理は守護騎士たる私の務めでもある。別に構うまい」


隣の真っ白な鎧を身に纏った金髪の青年タムリが剣を構える。


『御託はいい。来い。相手をしてやる』


 黒剣を上段に構えて、重心を低くする。


「貴様スケルトンの癖に、生意気だなぁ」


 タムリが不快に顔を歪めながら、長剣を振り上げてデイモスに切りかかってくる。

 黒剣を操り、それを最小の動きで受け流す。


「んなっ!?」


 目を見開いて驚愕の声を上げるタムリに、


『拙いな。だが、容赦はせん』


 黒剣を振いデイモスは茶番戦闘を開始した。

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