第32話 案内役確保

 ライラ・へルナーか。あのイージーダンジョンに10万年閉じ込められて、ほとんど全て忘れてしまったが、薄っすらとだがその存在を覚えていたことがいくつかあった。その一つが、ライラだ。それほど過去の私にとってライラの存在は大きかったということだろう。

 親同士が決めた許嫁というある関係であったからか、ライラとは幼い頃から共に一緒だった。

 共に昼食を頬張り、ポッカポカの草むらで共に昼寝をし、汗を流して剣を習った。私にとって彼女は歳の近い姉に等しかったんだと思う。

 だからだろうな。どうにもこの彼女の危機に激しい焦燥を感じているようだ。

 こちらに向けられている稚拙極まりない殺気に立ち止まると、


「出て来いよ」


 今も暴れたがっている右手に握る【村雨】を全力で抑えつけながら、私は声を張り上げた。


「気付いていたか」


全身傷だらけのスキンヘッドの男が曲刀を肩に担いで木々の隙間から出てくる。


「まあな」


 殺気を隠そうともしていないんだ。そりゃあ気付くだろうよ。


「その立ち振る舞い。お前強いなぁ。坊ちゃん剣士とは違う。スカルの言もあながち嘘とは言い難い――」

「御託はいい。私に聞かれたことだけを嘘偽りなく話せ」


 今は時間が惜しい。こんな奴に構っている暇はないんだ。だから、奴の会話を強引に遮り、端的にこちらの要求を口にする。


「生意気な餓鬼だ!」


 スキンヘッドの男は先ほどの余裕の笑みを消して、顔を憤怒に変えて曲刀を上段に構える。


「ダメだ。ダメだな。まったくダメだ」


 実に未熟な挙動だ。これならリクの方がまだ剣士としては実力がある。というか、それではいつぞやの私を襲ったハンターゴロツキ共と大差ないぞ。


「あ⁉ 何がダメだってんだ⁉」

「お前の全てだよ」

「ほざけっ!」


 猪のような何の捻りもない突進をすると、その曲刀を振り下ろしてくる。それを私は身体を捻って躱す。

 上段からの振り下ろしに、力任せの横一文字の斬撃、右の首筋から斜めの袈裟懸けの一刀。全てを最小限の動きで躱す。


「くそっ! なぜ当たらねぇ⁉」

「それは、お前が未熟すぎるからさ」

「ほざけ! おい、何をぼさっとしている!」


 私から距離を取ると、大声を張り上げる。

 間抜け! それでは伏兵がいると教えているようなものだぞ? まあ、未熟すぎて覗き見ている奴の気配から既にその場所は特定済なわけだが。

予想通り、左斜め後方からこちらに放たれる三本の炎の槍。それを【村雨】により絡めとると、全て返してやる。

 炎の槍はこちらに放たれた数十倍の速度で戻って行き小規模な爆発が生じる。そして甲高い悲鳴とともに地面に落下する音。


「ば、馬鹿な!」


 後退るスキンヘッドの男を尻目に、


「お前たちは、全てにおいてダメすぎる」


 【死線】により周囲の木々を粉みじんの瓦礫に変える。


「は?」


 間の抜けた声を上げて、スキンヘッドの男はサークル状に綺麗に更地となった周囲を見回す。そして、急速に血の気が引いていき、


「バ、バケモンッ!!」


 今まで散々うんざりするくらい耳にしたセリフを吐く。


「狼狽えている暇があるなら、逃げるなり、攻撃するなり行動に移せ!」


そう吐き捨てると、数歩跳躍し奴の距離を詰めて、左手で曲刀を持つ右手を掴み捩じり折る。


「け?」


スキンヘッドの男の右腕が明後日の方向を向く。次いで――。


「ぐぎぃあぁぁぁッーーー!!」


 絶叫を上げるスキンヘッドの男の胸倉を左手で掴むと、


「騒々しい。黙れ」


 有無を言わせぬ口調で命じる。


「ひっ!」


 顔を恐怖一色に染め、スキンヘッドの男は小さな悲鳴を上げる。


「さーて、お前たちには案内してもらわねばならん。どの道、それがお前たちの役目なのだろう?」


 さらに、スキンヘッドの男の胸倉掴みながら、炎の槍を放った賊の落下地点に引きずって行き、バラバラの肉片となった緑ローブを着た男の死体を見せる。


「ひぃぃぃっ!」


 その躯を見て情けない悲鳴を上げるスキンヘッドの男。


「いいか。逆らえば即座にこうなる。大人しくライラ・へルナーの元まで案内しろ」


 耳元で低い声により囁くと、スキンヘッドの男は涙目でブンブン頭を上下に振る。

 私がスキンヘッドの男を地面に放り投げると、ヨロメキながらも歩き出す。


「走れ! 全速力でだ!」

 

 激昂すると、


「はひぃ!」


 涙と鼻水を垂れ流しながら、スキンヘッドの男は走り出し始めた。


――待っていろ、ライラ! 必ず助ける。


 そう固く誓い、私もスキンヘッドの男の後に続いて走り出す。


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