第37話 イーストエンド開発会議


「もう、聞いていると思うが、お前たちは此度、そこのローゼマリーの納めるこのイーストエンドの領民として生きていくことになる。ま、今までのような逃げ隠れする必要はもうないから安心しろ」

「心より、感謝いたしますじゃ」


 長老が席を立ちあり、姿勢を正して頭を深く下げると、他の住民たちの代表もそれに倣う。

 てっきり皆で抱き合って喜びを表現したり、信じられずに困惑の表情でも浮かべるのかと思っていたが、連中は驚くほど淡泊だった。というか、こいつらってこんな感じだっけ? というか、完璧に目が据ってね? 


「まず、ここの防衛だな。【朱鴉あけがらす】、お前たちに任せる」

しゅよ! 今御言葉を遮る愚かで不遜な私をお許しくださいッ! 」


 栗色の髪を坊主にした年配の男が私の決定に割って入ってきた。


「うん? どうした?」

「そんな馬の骨ともわからぬ弱者に御身おんみの守護はさせられません。防衛は我らが請け負います!」

「じゃ、弱者やと――」


 オボロが気色ばみ立ち上がろうとするが、


「黙れぇ! この〇×▽◆がぁッ!!」


 栗色の髪を坊主にした男が下品極まりない言葉で激高した途端、黒一色の人型の靄のようなものが出現し、オボロの首根っこを捕み、テーブルにその顔を押しつける。これって、きっと討伐図鑑の加護だろうな。

 

「やめろ。こいつらもこのイーストエンドの領民だ。争いは許さん」

「はッ! 失礼いたしましたぁッ!」


 頭を下げると起立した状態で踵を合わせて姿勢を正す。

 こいつらって、二週間前までは、戦いたくないとか、戦っても負けるなど、弱音言いまくってた奴らだよな。どうでもいいが、あらゆる意味で変わり過ぎじゃね? 全員目つきがマジで怖いし。ギリメカラ、ホントにお前、この二週間、こいつらに何したんだよ?


「悪いな。少々、鍛え直し過ぎた」

 

 不自然なほどニコニコ顔のルーカスと、頭を抱えて「純真無垢の妾の家族たちはどこに行ってしまったのじゃ!」とブツブツと気持ち悪く唸り声を上げているフェリス。


「マジでなんなんや、あんたら!? 第一、わいをあっさり羽交い締めにできるような化物がゴロゴロいる街を守護する必要などないやろ?」

「そうでもない。ネメアからお前たちの闘争の報告は受けている。ギリギリの命の奪い合いで極めて重要なのは経験に基づいたセンスと戦術勘だ。それがお前たちにはある。ネメア、こいつらを実践で使えるレベルまで徹底的に鍛え上げろ!」


 ま、ギリメカラの性格からいって、反則的な技を駆使して魔改造することだろう。これ以上、ギリメカラに任せるのはあらゆる点で危険だ。というか、また狂信者を量産しかねんし。ま、もう若干、手遅れである気もしないでもないが。


「御意! では直ちに!」


 獅子顔の獣人、ネメアが一礼すると、オボロの後ろ襟首をムンズと掴むと引きずっていく。オボロの部下たちも売られていく子牛のように哀れに引きずられていくオボロにトボトボとついていく。


「次は資金だな。金がなければ何もできぬし」

「金と簡単に言いますが、三大勢力も入れて領民の総数は2000人にものぼります。当然、日々の食料等の維持費だけで相当な金額となりますが、当てはあるんですか?」


 ローゼが顎に手をあて、神妙な顔で尋ねてくる。


「まあな。おい、タオ家。これは私が開発した薬だ。売るといくらくらいになる?」


 先ほどのオボロの一件から顏を強張らせている黒髪を御団子頭にした褐色の肌の少女――リンリン・ラーファンの前のテーブルに、真っ赤な液体の入ったツボを置く。


「開発した……これは何ネ?」

「下級ポーションさ」


 弱者専用ダンジョンで獲得した本には、この手の魔術具作成の方法が書いてある本も無数にあった。無限に湧き出るエリクサーがないのに加え、私の【超再生パナケイア】は発動者の私自身にしか使用できない。回復手段の確立は必須であり、毎日暇を見て製造実験を試みていたのだ。

結果、いくつかのことが判明する。

 ポーションの原料は、トゥル草と呼ばれる草だ。これは一般には雑草としてこの世界に無数に生えている。さらに、この草は大気中や大地など環境中の魔力を魔素として吸収し内部で濃縮し成長するという性質を持つ。

 この点、この【深魔の森】の大地の魔力の含有率は異常だ。理由は色々考えられるが、とにかく、この地なら良品質のトゥル草が腐るほど手に入る。

 上級ポーションまでなら作成工程さえ踏めば誰でも作れるし、利用しない手はない。


「下級ポーション?」


 見せた方が手っ取り早いだろう。形の良い眉をしかめているリンリンを尻目に、腰から村雨を抜き放ち魔力を込めて自身の指先を切りつけると、小さな傷ができる。その上で下級ポーションである真っ赤な液体を壺から柄杓で掬い飲み干した途端、まるで時間が遡行するかのごとくその傷は修復してしまった。


「……」


 目をカッと見開いて修復されたばかりの私の指先を凝視していたが、リンリンは弾かれたように腰からナイフを取り出し、震える手で己の指を切りつけ、私から柄杓を奪い取ると、一気に飲み干す。私のときと同様、瞬く間に修復される傷。

忽ち、リンリンの美しい肌にブワッと玉のような汗が湧きだしてくる。


「うむうむ、ポーションが甘いから驚いているのだな? そうだ。ポーションは通常、クソのような味だ。それがポーションに付随する固定概念というもの。だが、このポーションは甘い! これなら、無駄に味にうるさい美食家から不味いものを飲めぬ児童まで何の抵抗もなく――」

「味なんてどうでもいいネっ!!」


 遂に両眼を血走らせてポーションを凝視しながら私の渾身の成果を否定するリンリンに、


「そうか……私のとびっきりの改良点だったのだが……」


 落胆気味に肩を落とす。あの飲めたものじゃない味を変えるのが一番苦労したのだ。なにせ本には味については一切記載されていなかったしな。

 無論、中級以上のポーションは振りかけるだけでも十分効果はあるが、やはり体内に取り込む方法が最も効果が高いし重要な改良点だと私は個人的に思っている。


「これ何ネ!?」


 リンリンは私の胸倉を掴むとブンブン振る。

 頭上からの打ち付けるようなギリメカラの憤怒と殺意の嵐に、リンリンの部下たちから悲鳴が上がる。

 鼻の長い巨大怪物による威圧のたっぷり含んだ眼光だ。未熟なこいつらならば悲鳴くらいあげよう。だが、リンリンはお構えなし。というか周囲が見えちゃいないな。


「少し落ち着け」

「これ何ネ!? 答えるネっ!?」

 

 捲し立てるリンリンに、今も憤怒のギリメカラを慌てて右手で制止し、


「だからポーションといったろうが。苦くない特別性のな」


私の返答に胸倉から両手を離すとフラフラと歩き自身の席に着くとポーションを握りしめる。


「だから、ポーションって、何ネ!?」

「うん、ポーションを知らんのか? そうか一般的ではないのか」


 あの弱者専用ダンジョンでは、ポーションは初層の早い段階で宝箱から収集できるクズアイテムの一つだった。一部屋に数百本置いてあったことすらあった。あまりに当たり前になり過ぎていたが、そういや、あのダンジョンに入る前の私も一度も耳にしたことがなかったな。


「ポーションとは、修復の効果のあるアイテムのことである」


 アスタの説明に一瞬にして場は喧噪に包まれる。


「まぁ、予定調和であるな」

「だよなぁ」


 うんうん、とアスタとザックが頷き、ローゼが大きなため息を吐く。

単に貴重で、以前の私が知らぬだけかと思っていたが、実際に存在すらしなかったのだな。それは彼らが驚くのも無理はない。


『静まれぃっ! 御前おんまえであるぞっ!!』

 

 大気を震わせるギリメカラの咆哮が木霊し、アスタ以外、ピタリと硬直化する。アスタの私特製紅茶を啜る音だけがシュールに室内に響き渡る。


「で、リンリン、このポーション、一般市場で売れるか?」

「一般には無理ネ。具体的な値も今の段階では何とも言えないヨ」


 即答するリンリンの様子からも、偽りを述べているようには見えない。


「そうか。ポーションの売却は資金獲得の絶好の方法だと思ったのだがな」


 考えてみれば回復魔導士がいえれば足りるクズアイテムにすぎんしな。大した需要はないのかもしれん。


「このポーションとやら、どのくらい作れるネ?」

「うん? 下級ポーションの作業工程は比較的単純だからな。300人規模で手分けすれば……そうだな、下級ポーションなら1週間で500本分ほど、作業に慣れてくれば1000本は作れると思うぞ。

ただ、中級と上級のポーションは作業工程がやや複雑だし、一か月数十本が精々だろう。まだ大量生産するのは無理だ」


「い、一週間で500本分……」


リンリンの側近の女が呻き声をあげる。


「そのポーション、このタオ家が売りさばくネっ!!」

「はあ? だってお前、一般市場では売れぬっていったばかりだろ?」

しゅよ、売れないのはあくまで一般市場です。こんな出鱈目な効果の回復アイテムを開発できるなど公にしられれば、十中八九、各国の収奪による戦争になります。そうではないですかな?」


 ルーカスの言葉に、


「その通りネッ!」


 リリンは即座に肯定する。


「各国の収奪ぅ? これはたかが下級ポーション。かすり傷を直す程度の効果しかないぞ?」

「それでもなの。回復アイテムがあれば、回復魔導士がいらない。回復魔導士を重症者のみに限定できるの。すごい利便性。生活様式どころか、戦争そのものの仕組みすらも劇的に変えるの!」


 とんがり帽子の童女アリスが両拳を握りしめて興奮気味にそう力説する。

 生活様式や戦争そのものを変貌させるか。この下級ポーションがねぇ。だが、確かに今までは回復手段が回復魔導士に限られていた。それが、ポーションというアイテムにとって代われば、壮絶に混乱するな。特に欲望まみれの阿呆どもがこの地に殺到するのは目に見えている。

 メインの産業としては不向きということか。


「リンリン、ポーション、上手く売りさばけたなら、その15%をお前たちにくれてやる」

「ほ、ほんとネ!!?」

「ああ、本当だとも」


 何せ材料は雑草であるトゥル草に、少量のアルコールと水のみ。水と雑草はただだし、アルコールは市場で安酒を大量に買い込めばよい。手間以外、材料費など大したものではない。そのくらいくれてやっても採算は取れる。


「アリスも、そのポーションにかませて欲しいのっ!」


 興奮で顔を赤らめながら、身を乗り出すアリスに、


「いんや、お前には他にやって欲しいことがある。確か、【迷いの森ロストフォーレスト】のエルフたちには魔法の適正あるのだな?」

「うん、人族よりはあると思うの」

「なら話が早い。お前たちにはこれを用いて都市の建設をして欲しい」


 アイテムボックから数十冊の魔導書を取り出す。


「ま、魔導……書?」


アリスは立ち上がりフラフラとまるで夢遊病のごとく近づくと震える両手で触れる。


「ああ、それは土木関連の魔導書だ。複数名の契約が可能な本ばかりを集めておいた。全て上級魔法だし、作業を行うには十分なはずだ」


 魔法にはその発現する奇跡の強度によって初級、中級、上級、最上級、伝説級、神話級の6種の階級に分類される。ちなみに私の有する【金剛力】、【超再生パナケイア】、【魔装】、【神眼】は、全て元々は最上級の無属性魔法だったが、使用の度に改良を重ね効率化を図っていたら、気が付くと魔法名の後に(改)がつき、神話級となっていた。

 此度与えたのは私が腐るほど有する上級の魔導書。どの道、無能の私は属性魔法の契約などできぬし、あっても宝の持ち腐れ。此度、都市建設計画のため放出することにしたのだ。


「……」


 無言でギラギラした両眼で魔導書を凝視する童女アリスに、


「こちらが考える都市計画書通りに建設を進めてもらいたい。無事建設を完了した暁には、金銭を報酬として払おう。最初はポーションの売り上げ代金だし、多くは払えんが次第に大きくしていくつもり――」

「魔導書がいいの……」

「ん?」

「これ以上の魔導書が欲しい! それが報酬でいいのっ!」


 私の前に立つと童女とは思えぬ音量で声を張り上げる。


「別にそれでも構わんぞ」


 確か数百人が登録しえる最上級の魔導書があったはずだ。あれを数冊放出すればいいか。最上級の魔導書など数万単位で持っている。数冊で済むなら安い買い物だろうさ。


「よし、よし、よーし!!」


奇怪な踊りを始めるアリスに苦笑しつつも、


「では、具体的な都市開発計画を説明する。耳をかっぽじってよく聞くように」


 一同に私の悪巧みを話し出す。


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