第32話 最強の男 イルザ

 小柄で筋肉質な赤ローブの男が今も腰を抜かして動けぬイルザの元へと来る。


「ギルド長、無事だったんですね?」


 無事を確認し安堵で胸を撫でおろす。


「死にかけておったよ。今五体満足でいられるのは、あ奴の召喚したスライムのお陰だ」


 カイ・ハイネマンの周りを得意そうに跳ね回っていたスライムを思い出して、


「そうですね」


 口元を緩ませて頷いた。


「で? あれは何だ?」


 あれ、とは当然、カイ・ハイネマンのことだろう。


「私にもさっぱりです。正直、あそこまで彼が非常識だとは夢にも思いませんでした」


 彼はギルド長たち三人と互角だった獣の怪物ども数千を不思議な力で皆殺しにしたのだ。

しかも、奴らの将官クラスと思しきアルノルト騎士長を易々と羽交い絞めにした狼、虎、鷲顔の怪物どもを粉みじんにし、さらに蜥蜴の顔と化して数倍の図体になった奴らのボスを一方的に蹂躙した。

 ハンター界最強、いや、世界最強と言っても決して言い過ぎではないと思う。


「エルムの奴めッ! どうやったらあんな怪物を作り上げられる?」


ギルド長が憎々しげにそう言葉を絞りだす。


「それは違うな。あの武神には師などおらんよ」


 咄嗟に振り返ると、白髪に同じく真っ白な長い顎鬚を垂らした翁が愉快そうな笑みを浮かべながら、近づいてくる。


「アーロン師父、御無沙汰しておりますっ!」


 アルノルト騎士長もこちらに走ってくると、白髪の翁の前で左の掌に右拳を当てて、頭を深く下げる。一足遅れてウルフマンも近づいて来ていた。


「うむ。アルノルト、お主も無事でなによりじゃ」


 アルノルト騎士長を労う白髪の翁。あー、彼はアルノルト騎士長の師、カイエン流総師範、アーロン・カイエンか。


「アーロン! カイ・ハイネマンに師がいないとはどういうことだっ!?」

「あれは武神じゃ。武神に師などおらん。違うか?」

「……」


アーロンの言葉に顎に手を当ててギルド長は考えこんでいたが、


「言われてみれば、あれを作るなどそもそも不可能か。とすればあれは天然の……」


 ブツブツと独り言を口走り始めた。そんなギルド長ラルフを尻目に、


「で? 結局、あの少年が何者なのか、オイラにも教えて欲しいズラ」


 ウルフマンがそう強く情報の提示を求めてくる。


「彼はカイ・ハイネマン、ローゼ王女のロイヤルガードさ」


 やはり、噂は本当だったようだ。とすると、これは――。


「そうか。カイがローゼ王女のロイヤルガード……だから王女は……」


 アーロン老も難しい顏で腕を組んで考え込んでしまった。対して――。


「儂は反対だ! あれは生粋の怪物だぞ? 一国が保有するには手に余る力だ。それを一介の王女の家臣にするなど正気の沙汰ではないわいッ!」


 ギルド長の初めてみる鬼気迫る形相に若干蹴落とされながらも、


「では、マスターはどうすべきだとお考えです?」


 ギルド長にその発言の意図を尋ねる。


「どの国にも属さぬ組織、それは【世界魔導院バベル】か、ハンターギルドに決まっておる!」


 そうくるよね。でもギルド長の言い分はもっともだ。カイ・ハイネマンの存在は今まで存在した際どい国家種族間のパワーバランスを粉々に崩しかねない。というか、例え数十万の兵を彼にぶつけても倒せるとは到底思えない。死体の山を築くだけだ。それこそあの獣顔の怪物たちと同様に。


「心配いりませんよ。彼はそもそも誰かの下につくような人間ではない。我らのような純粋な騎士にはなりません。どちらかというと、ローゼ様を支える後見人的な関係に落ち着くと思います」


 王族の後見人的関係。そんな関係になれるものなど、超高位貴族か、王族親類縁者くらいだろう。いくら強くても、一介の少年がなれるものでは断じてない。なのに、このときアルノルト騎士長の言葉をイルザは実に自然に納得できていた。

 腕を組んで考え込んでいたアーロン老が神妙な顔で弟子のアルノルト騎士長を凝視し、


「アルノルトよ、お主、カイ・ハイネマンの強さの秘密を知っておるのか?」


 今、この場の全員が一番知りたい事項を尋ねた。


「あくまで私の個人的な状況分析にすぎません」

「だが、お主は確信しておるのだろう?」

「はい」

「教えろ!」


 身を乗り出すアーロン老にアルノルト騎士長は大きく首を左右にふって、


「きっと、それは彼の根幹にかかわることで、おまけに推測の域を出ません。ですので、師父の命でも軽はずみなことは言えません」


きっぱりと断言する。


「どうしてもか?」

「はい」

「そうか……なら仕方ないのぉ……」


 がっくりと肩を落とすアーロンにアルノルト騎士長は苦笑しながら、


「では私が確信していることを一つだけ。確かに彼は、この旅が始まる前までは弱く無力だったということでしょうか」


 補足説明する。


「旅が始まる前まで弱かったか……ふむ、あの武神の強さは才能や恩恵などという薄っぺらいものでは到達できぬ性質のもの……とすれば……」


 思考の渦に飲まれているアーロンに、


「強さの原因などどうでもよい! カイ・ハイネマンが現に強いことが問題なのだ! 

奴はハンターギルドがもらう。アーロン、構わんな?」


 ギルド長はアーロンに有無を言わせぬ口調で尋ねた。


「ああ、もちろんじゃ。儂もあの武神を弟子にしようなどと大それたことは望まんしの。基本実力至上主義のハンター界に身を置くのが一番軋轢の少ない方法じゃて」

「ならいい! さーて、忙しくなるぞ! 早急にあの男のハンターランクを上げねばならん!」


 両眼をギラギラと輝かせつつ、バルセの街へ駆けていくギルド長に肩を竦めて、


「我らも行きましょう」


アルノルト騎士長はそうイルザたちを促し歩き出す。イルザたちも無言で頷くと、街へ向けて足を動かした。

 このとき肌を打ち付ける強風がイルザにはなぜかやけに新鮮に感じられた。それがただの気のせいではなく、自身がカイ・ハイネマンという激流の渦の中にいることを実感するのは、もう少し後のことである。


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