第29話 獣顔の軍勢(1) イルザ・ハーニッシュ

――バルセ東門前荒野


「そろそろ、打ち止めのようね」


 イルザ・ハーニッシュは安堵の声を上げると、地面に腰を下ろして滝のように流れる汗を拭う。

 大波のごとく押し寄せていたシルケ樹海からの魔物。

 雑魚魔物はイルザ達が連携を組んで駆除し、深域の魔物はウルフマンとアルノルト騎士長の二人が受け持つ。そしてついさっきアルノルト騎士長が最後の一つ目の巨人の首を刎ねて事実上、バルセ魔物殲滅隊の勝利が確定した。

 あとはゴブリンやらコボルト等の敗残兵の処理のみ。それなら低ランクのハンターたちでも十分対処可能。つまり、イルザたちハンターは勝利したのだ。 

 皆も疲労困憊だ。あの少年の到着には最低でもあと1日はかかるし、保険を使わなくて済んでイルザとしても行幸と言ってよい。


「粗方、済んだようだな」


 筋骨隆々の無精髭を蓄えた青髪の中年男性が、イルザに近づいてくると穏やかな口調で今イルザが実感していることを口にする。


「ええ、騎士長もお疲れでしょうし、あとはアタイらで処理します。お休みになっていてください!」


 笑う膝で立ち上がろうとするが、よろめいて尻餅をつく。


「ははっ! 君らはよくやった。敗残処理は私とウルフマンでやるよ。無理をしなくていい」


 今もシルケ樹海に射すような視線を向けている狼毛皮を着こなし、狼の仮面を装着している長身の男――ウルフマンを眺めながらもアルノルト騎士長はそう提案してくる。

 騎士長とウルフマンは、この数日間不眠不休で戦いずくめだった。なのにまだ戦えるという。本当にこの二人とイルザは、同じ人間なんだろうか。


(益々、Sランクに遠ざかっている気がする)


 イルザが目指すのは、世界のハンターたちの羨望であり、超人とも称されるSクラスハンター。まだ彼らにこれほどの差があるとは、正直思わなかった。

 近づいたと思って見上げればそのあまりの高さに圧倒される。世界の頂点との距離はこれほどまでに離れているのか。その事実に説明不能な感情が湧き上がり、下唇を噛み締めて、


「わかりました。皆を連れて撤収します」

 

 力を振り絞り、立ち上がると、深く頭を下げる。


「ああ、あと任せてくれ」


 アルノルト騎士長が軽く頷いたとき――。


「アルノルトォォ!!」


 ウルフマンの鋭い叫び声が荒野に木霊する。咄嗟に音源に視線を向けるとウルフマンが背中を丸めて身構えながら、シルケ樹海に視線を固定していた。

 そこには一匹の異国の服を着た山羊頭の男。


「あれは……ヤバイな」


 初めて耳にするアルノルト騎士長の焦燥たっぷりの声。

騎士長は顎を引き、僅かに重心を低くして鞘から剣を抜く。

 二人とも今まで深域の魔物に対してもあんな過剰な反応をしたことはなかった。つまり、あの山羊頭の男はあの一つ目の巨人ども以上の怪物ってこと? とてもそんなに強そうには見えないんだけど……。


「城門まで皆を下がらせろ!!」


 声を張り上げると、アルノルト騎士長が山羊頭の怪物に向けて地面を蹴り、同時にウルフマンも山羊顔の男へ走り出す。

 人類最高クラスの二人と山羊頭の怪物との闘いが開始される。

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