第19話 ゴッズ・オーディールのクリア
――――ゲーム開始から10万77年後。
【
さらに気の遠くなる年月が過ぎた。
日中の普段のダンジョン探索は、十分な強さを有するファフとともに行う。比較的安全な場所は、フェンや九尾の同行を許し、共に探索した。
探索終了後の夜は討伐図鑑の魔物たちの馬鹿騒ぎに付き合ったり、獲得した本を熟読したりして寝る。
こんなある意味充実した生活を送っていた。
ちなみに、ずっと本を読んでいたせいか、【書物完全記憶能力】というスキルをかなり早い段階で獲得していた。これは書物限定ではあるが、文字通り、一度覚えたら忘れない、そんなスキル。脳医学の見地からは、人が記憶できる情報量はとてつもなく膨大であり、こんなスキルも存在可能なんだそうだ。
もうここでずっと暮らすのも悪くないかな。そう思っていたとき、999階の最奥へと到達する。そこの下層への階段には、【最終試練の間】との金属のプレートが張り付けてあった。
「いくぞ。準備はいいな?」
ヤバイくらいワクワクするぞ! 興奮で胸が弾むのを全力で抑えながら、隣のファフニールへ語り掛ける。
「ハイなのですっ!」
彼女は、右手を上げて元気よく答え、私達は下層へ降りていく。
最下層は、円柱状の巨大な空間だった。その真っ黒の空間の中心にはテーブルと椅子。その豪奢な椅子に座って本を読んでいるのは、黒色の異国の衣服を着た女のような綺麗な顔立ちの紳士だった。
あの黒色の服は衣服の書物にあった『スーツ』だったか。あの右目についてるのは、書物に出てきた片眼鏡ってやつなのだろう。
「ふむ、見ない顔であるな。まさかここまで至る無名の神がいるとは、驚きである」
紳士はそんな妄言を吐きながら、私達を一瞥すると、本をパタンと閉じて席から立ち上がる。
私も背中に背負う刀身が一際長い刀剣を引き抜き構えた。
これは【村雨】。今も愛用している【雷切】同様、『ニホントウ』という特殊な刀であり、私が込めた魔力に比例して効果が変わるという
この【村雨】は、無傷による九尾の屈服の特典により、奥の部屋に出現していた武器であり、今や私の主力戦力となっている。
「あのな、私は人間だぞ。そして私の隣は……ドラゴンだな」
「ドラゴンなのですッ!」
ファフニールがダンジョンで手に入れた右手のナックルを天へと突きあげる。
「はあ……ここは【
眉をしかめると、不機嫌そうにそう言い放つ。
どうやら、こいつも重度の妄想癖を持っているようだ。第一、神などこの世にいるわけがあるまい。
「そういわれてもな。真実だし。なあ、ファフ」
「はいなのです! ご主人様は
ファフ、たぶんは、余計だぞ。というか、その部分だけ強調しすぎだ。
「ふん! 多少やるようだが、常識や礼儀がなっていないようである。どうれ、吾輩が汝らの実力を見てしんぜよう」
右の片眼鏡に真っ赤な魔法陣のようなものが浮き上がる。あれは私の鑑定のようなものなのだと思う。まあ、私には他者の能力を解析する力などないが。
「ふへ?」
両眼をカッと見開き私を凝視していたが、
「いやいやいやいや、あり得んだろっ!! なんだこれっ!!」
ダラダラと玉のような汗を流し出して声を張り上げる片眼鏡の紳士。
「確認したな。じゃあ、とっととやろう。殺し合い」
こいつは、このダンジョンの最終ボスだ。相当な強者なのは間違いない。ここからの戦いはまさに命懸けのものとなることだろう。
ならば、私も人事を尽くそう。
私は【村雨】に【魔装】を載せて、【金剛力】により身体能力を向上させる。
あれから、私の【真戒流剣術一刀流】の型は七つから、さらに三つ増えて、十となっている。
どれも一撃必殺の効力を有する技ばかりだが、もちろん、最終ボスに簡単に効果があるとは思っちゃいない。だが、私には奥の手の【終ノ型】がある。最悪、あれなら、こいつがいかに強者だとしても、細胞一欠片残さず消滅させることができるはずだ。
まあ、【終ノ型】を使用すれば、約一日は完璧に行動不能となるが、それはファフや討伐図鑑の愉快な仲間たちがいるし、何とかなるんじゃないかと考えている。
では、まずは小手調べから。
私は身をかがめて床の赤色の絨毯を蹴ろうとしたとき――。
「ちょ、ちょっと待つのであるっーーー!!」
片眼鏡の男(?)は、血相を変えて両腕を上げる。
「何の真似だ? まさかと思うが、一太刀もやり合わず降参とか言わないよな」
冗談じゃない。ようやく、最高の命の奪い合いができると思ったのだ。こんなの肩透かしもいいところじゃないか。
「そのまさかである! というか、この非常識なステータス、
そんなこと言われてもな。なんか鑑定も大分前から調子が悪くなり、象形文字のようなものしか表示されなくなってしまっている。鑑定君には長い間、お世話になっているし無理はないかもしれんが。
「頭おかしいって、初対面の相手に失礼な奴だな。んなことより、早く殺し合おう。さっきから、楽しみで、楽しみで仕方ないのだ」
私は、魔力をより戦闘に特化したものへと変えていく。
「降参、はーーい吾輩、降参である!」
女のアナウンスが流れる前に両腕を上げて降伏宣言をする。何だ、この必死さとチキンさ。まだ、この周辺の雑魚魔物の方がずっと根性があったぞ?
『最終試練試験官――アスタロスの降伏確認を受託。最終試練が終了いたしました。
威圧のみによる討伐により、特別クリア特典――アスタロスが眷属としてカイ・ハイネマンに与えられます』
「ま、ま、待つのである! こんな化物の眷属とは流石にあんまりなのである!」
泣きそうな顔で、いや、実際に目尻に大粒の涙を貯めながら、アスタロスは天へ向けて絶叫するが、
『アスタロスの眷属の効果として称号――【チキンマジンの主人】を獲得いたします』
そんな無常な女の無機質な声。
チキンマジンって、このダンジョンの支配者ってアスタロスのこと、相当嫌ってるよな。
さらに無機質な女の声は続く。
『【チキンマジンの主人】の称号の効果――スキル融合が発動。
――【猛毒同化】、【麻痺同化】、【石化同化】、【熱同化】、【氷同化】、【土砂同化】、【風同化】、【水同化】、【雷同化】、【光同化】、【闇同化】は、【全属性状態異常同化】へと融合されます』
【チキンマジンの主人】の称号ね。
―――――――――――――――――――――
・称号【チキンマジンの主人】:臆病なマジンを支配した者に与えられる栄誉。独自スキルの開発や融合をすることができる。
―――――――――――――――――――――
うむ、名前とは対照的に中々有用な称号ではないか。この称号を獲得しただけでもアスタロスを眷属したかいはあったというものだな。
『【
試煉のクリアにより【討伐図鑑】の対象が、一定のレベル以上の人間種以外の存在へと拡充されます。
同時に、試煉クリア特典により、カイの記憶を本試煉直前のものへと強制接続します………………記憶が無事回帰されました』
私の頭に鮮明に思い出される懐かしの記憶……のはずなんだが、私ってこんなにナヨナヨしてたのか。正直、客観的に見てもキモイぞ。もはや、今の自分と変わり過ぎてて違和感ありまくりだ。まあ、そのうち慣れるだろう。
そんなことをボンヤリと考えていたとき、私達の足元に魔法陣が出現し次の瞬間、あの懐かしき(?)滝壺の奥にいた。その滝壺の奥の壁にあったはずの【
滝壺の奥から出ると息を深く吸い込み吐き出す。適度に肺を冷やしてくれて気持ちがすこぶるいい。これが夜の冷たい空気ってやつか。記憶では知っているが、体感としては十万年ぶりだし、とうの昔に忘れ去った懐かしさというやつなのかもな。
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