第24話 異世界にカレーを売る計画を立てる・下
「ご主人様、うまくいくといいですね」
「そうだね」
ケルシーさんが帰った後、売れるかもしれない、ということで、コンビニ跡地のバックヤードからレトルトカレーとかの箱をいくつか回収してホテルの部屋に運び込んだ。
その後は、いつも通り風呂を沸かして順番に入り、ユーカは先に寝てしまっている。
いつも通りに風呂に入ってセリエが僕の部屋で待機してくれている
こういう時はなんというか微妙に気まずい。すぐ寝てしまうべきなんだろうか
「そろそろ寝ようか?」
「……あの……ご主人様」
「どうかした?」
セリエが唐突に口を開く。
「あの……失礼ながらお願いが……よろしいでしょうか」
「失礼ながらとか、気にしなくていいのに。で、なに?」
「でも……」
「あのさ、僕らの世界っていうか、東京で奴隷を持ってます、なんてやつはいないんだ。
だから僕もセリエやユーカを奴隷だなんて思ってない。言いたいことがあれば言ってくれたほうが嬉しい」
当たり前の話だけど奴隷なんて持ったこともないし、ごく普通のサラリーマン家庭だったから召使いとかじいやとかがいた、なんて環境でもなかった。会社でも下っ端だったし。なので年下の女の子に
そこら辺はあまり気にしないように言ってあるんだけど。向こうも距離感が分かってないというか
つかみ切れていない感じだ。
「では、あの……お休みになる前に、口づけさせていただいてよろしいでしょうか」
「は?」
「あの……私、なにか粗相をいたしましたでしょうか?
あのあと口づけしていただけていませんでしたので。なにかご機嫌を損ねるようなことをしたんじゃないかと」
真顔で聞かれる。そんなことを考えていたのか。
率直に言って、キスしていいですか、とこっちが言いたいくらいだったんだけど。なんせ女の子の扱いが上手いなんて口が裂けても言えないので、どうしていいものやら、という感じだった。
「そんなことはないよ。そういうことなら、おいで」
というよりむしろ僕がお願いしたい、とは言わなかった。一応紳士イメージで居たい。
セリエの顔がぱっと明るくなってベッドの横に腰掛けてきた。
触れ合う肩や手から体温が伝わってきて、心臓が早鐘のように打つ。こんなシチュエーションにはそんなに慣れてないです。
「あの……口づけしていただくときは目を閉じるものなんでしょうか?」
「はい?」
セリエが聞いてくる。意図が分からんけど、わりと真剣な目だから真面目に答えたほうがよさそうだ。
「……できれば閉じててほしいかな」
見つめられるとなんか目をそらしたくなる。
「目を開けたままではいけませんか……いえ、口づけいただいたら閉じますから」
「なんで?」
「ご主人様が口づけしてくださるのを確かめたいんです
……わたし、こういう風な口づけ、ご主人様にしていただくのが初めてで……今までは、あの……」
「……ああ、いいよ」
もうわかった。本人の口から言わせるのはあまりに気が引ける
「あの、ご主人様……私汚くないですか?」
「そんなことない」
「……本当ですか?」
返事の代わりにベッドの横に座ったセリエの腰を抱き寄せた。ふんわりと石鹸の香りが漂ってくる。
「いいかな?」
「はい……」
首に手を回すとセリエが犬が甘えるように体を摺り寄せてきた。薄手のシャツ越しに胸のふくらみが当たる。個人的には大きすぎないところがいいと思う。
緊張した感じで唇が震えている。吐息がかかる。見つめられるとすごく照れるので僕が目をつぶった。
唇を合わせると、夕飯のサラダのオリーブオイルか何かの香りがかすかにした。
僕が買う前はいろいろとひどい目にあわされていたのはなんとなく知ってる。できる限り優しく舌を絡めて、うなじや髪や獣耳をなでてあげる。
やさしく、といっても、そこまで経験があるわけでないので、僕もこれでいいのかよくわからんのだけど。
唇を離れるとセリエが大きく息を吐いて僕を見た。嬉しそうなはにかみ顔を見ると嬉しくなる。
シャツからのぞく首筋まで真っ赤になってるのが可愛い。
「あの……ご主人様、お伺いしたいことがあるのですが」
「なに?」
「ご主人様は奴隷をお持ちじゃなかったのですよね……」
「持ってないよ。さっきも言ったでしょ」
「……ということはえっと……あの、この口づけは……」
セリエがまたも口ごもる。
「いえ、いいです。失礼なことをお聞きしました。おやすみなさいませ、ご主人様」
頭を下げるとセリエが部屋を出て行った。
ここまでいろいろ聞いておいて、なぜ最後は逃げるのか。聞きたいことがあるなら最後まで聞けばいいだろうに……異世界の感覚は僕には良くわからん。
しかし。こっちにきてほぼ半月。静かになった部屋で起きたことを思い出してみる。
正直言って、この塔の廃墟に取り残されてから面倒なことばかりだ。
魔獣と殺し合いをやる羽目になるし、生活費稼ぎに四苦八苦する羽目になるし。
夜中にちょっとコンビニでおにぎりを買うこともできないし、疲れた時にスーパー銭湯でゆっくり足を伸ばして風呂につかることもできないし、好きだった漫画の続きも読めない。
それに、もとの東京に戻れることはあるんだろうか。
親や友達ともう二度と会えないんじゃないか、と思うと暗澹たる気分になることがある。
僕はどうなっているんだろう。突然いなくなった、という風に扱われているんだろうか。
それともどこかの小説で読んだような、はじめからそんな人居なかった状態になっているんだろうか。
僕をこっちに引き込んだ、という表現が正しいのか分からないけど、あの新宿で会った子が何らかの形で関係しているんだろうけど、どこに居るのかも分からない。
でもお休みのキスをしてくれる犬耳メイドがいるのは元の世界じゃありえないんで、悪い事ばかりではないな、と思う。
◆
ガルフブルグでレトルト食品は受け入れられそう、という報告がケルシーさんから来たのは、その二日後だった。
とりあえず一箱の買値は100エキュトに決まった。結構いい値段だと思うけど、ケルシーさんはこれでも売れると判断したんだろう。
この値段なら10箱売ればとりあえずその日の宿代と食事代にはなる。
レトルト食品も無限じゃないけど、これに通常の魔獣狩りを合わせればそれなりに稼げる。サラリーマンが副業を持っているようなもんだ。
これでレトルト食品を少しづつケルシーさんに流せば当面の生活品は困らなそうだ。少し気が楽になった。
……と思ったけど。二週間もしないうちに、それが甘い考えであることを思い知らされた。
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