第23話 異世界でカレーを売る計画を立てる・上
渋谷から少し離れたコンビニをあさってみると、簡単な衣服や文房具、ドリンク類はなくなってた。
この辺は比較的用途が分かりやすいものだから理解できる。
一方でレトルト食品やカップ麺、電池、化粧品はほとんど手つかずのまま放置されていた。
レトルト食品とかは作り方がわからなければ理解不能だろうし。電池とか、化粧品とかも使い方がわかっているからこそ価値がある。まあ僕も基礎化粧品の効果なんて分からないんだけど。
化粧品もいずれ売れるかもな、と思いつつレトルトカレーの箱を手に取った。
カレーよりもパスタとかの方が受けがいいだろうか。いくつかの箱を棚からとる。ついでにカップ麺も。
とりあえず商品は確保したとして、次に考えるのは誰に売るか、ということだ。
仮に売れるとしてもあまり大々的には売りたくない。自分で売るのは、ルートもノウハウもないので論外だ。
できれば僕一人が作り方を知っていて、それを秘密が守れる商人にこっそり独占的に売る、というのが理想だ。
セコイとは思うけど、安定した収入源は切実に欲しい。
気ままな一人ぐらしが3人家族になったようなものなのだ。結婚して家族を養ってる人は本当に尊敬する。
◆
僕の伝手と言ったら……セリエたちを買うときに即金でお金を払ってくれたあの商人しか思いつかなかった。
ギルドで頼んだら、彼にすぐに会うことができた。たまたま商談でギルドにいたらしい。これはツイてる。
「スミト様。またお会いできて光栄です」
「こちらこそ。あの時は有難う御座います。えっと……」
「ケルシーと申します。スミト様。またなにかお売りいただけるので?」
そういえばあの時は夢中で名前を聞くのも忘れてたけど。ケルシーさんというらしい。
年はアーロンさんと同じくらいっぽい。ちょっと長めに伸ばした茶色の髪と合わせたのか、茶色の外套を羽織っている。服の色の印象もあるのかもしれないけど落ち着いた雰囲気だ。
あの時と比べてにこやかで愛想がいい……のはあの宝石がさぞかし高く売れたんだろう、多分。
「あるんですけど。できれば僕の部屋まで来てもらえませんか?」
「お安い御用です」
情報を漏らしたくない、というのもあるけど、そもそもお湯を沸かさないといけないので、レトルト食品のプレゼンをするならホテルの部屋の方が都合がいい。
僕のホテルの部屋まで来てもらって銀の袋を見せる。
「これは売れますか?」
「それは……」
ケルシーさんが顔をしかめて口ごもる。
「知ってるんですか?」
「はい。塔の廃墟の小さな店に大量にありましたので。その袋を開けて中を食べたものもおりました」
得体のしれない遺跡で見つけた得体のしれないものをよく食べる気になったな、と思うけど。
でも、解毒の魔法とかがある世界だし、即死しなければ魔法である程度何とかなるってことだろうか。
「ただ、味が濃すぎる上に冷たくてとても食べれたものではないとのことで。
長期の探索を行うときの保存食にはなりそうでしたが、売り物にはならない、と聞いています」
レトルトを温めずに食べたことは無いけど、温めないと美味しいものではないだろう。
「これはこうやって食べるんです」
セリエに合図をすると、セリエが隣の部屋からあらかじめ温めたレトルトカレーを持ってきてくれた。
カレーを器に注ぐ。ホテルの部屋に嗅ぎ慣れたスパイスの香りが満ちた。
僕にとってはなじみのある美味しい味だけど、はたして異世界の人の口に合うのか。
いちおうレトルトパスタソースはセリエ達には受け入れられたから、美味しいものは世界の壁を超えると思いたい。
「これは……初めてですが……たまらない香りですな。
……これは、あの銀の袋にスミト様が何らかの魔法でもかけられた、とか、そういうことでしょうか?それとも何らかの手順があるのですか?」
「そこらへんはいいから。まずは食べてみてください」
ケルシーさんがおっかなびっくりというかんじでカレーをスプーンで掬い口に運ぶ。
見た目は茶色のどろどろした液体だし、匂いがよくても食べるのに躊躇するのはまあわかる
カレーを味わっているケルシーさんを見つめる。
さて、どうなるか。一口のみこんだケルシーさんがほうっと息を吐いた。
「どうです?」
ケルシーさんがスプーンをおいて、ハンカチで口の周りを拭いた。
「……素晴らしい美味です。
初めて頂く刺激的な味ですが、後からえも言われない美味しさが感じられる。パンにつけてもよく合うでしょう。
これを私に食べさせた、ということはもちろん商売の話なのでしょうな?」
ケルシーさんの目と反応をみると、売り物になる、と考えているのはわかった。
「これをケルシーさんに売りたいんです。というより、作り方を教えます。簡単だからすぐわかるはずです。
ただし、僕が取ってくるんでそれを買ってほしいんです。それが作りかたを教える条件です」
作り方が分かれば、自分で売ればいいわけで。ケルシーさんが自分で探索者を雇って自分でレトルト食品を集めることは難しくない。
この条件を守ってもらわないと僕にはあまり意味がない。
「……独占ということですな。
結構です。私としても、この情報は出回らない方が都合がいいですからな。
抜け駆けは致しません。ただし」
「ただし?」
「一度そのものを頂いたうえでガルフブルグで売れるかを試させていただきたい。よろしいでしょうか?
その後値段の交渉をさせていただくということで、如何でしょう?」
試供品をよこせ、ってことか。まあ当然の話だな。
「じゃあこれを」
レトルトカレーとレトルトパスタの箱をいくつか渡す。
「この箱を開けると中に銀色の袋があります。これを沸騰したお湯に入れてください。時間は……そうですね、400を数えるくらいです」
時計の概念がない相手に6分お湯につけてください、という説明はできない。
「なるほど、簡単ですな。これならばガルフブルグでも問題なく作れます。
わかりました。早速ガルフブルグに参ります」
ケルシーさんがレトルトの箱を大事そうに背負い袋に入れるとホテルから出て行った。
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