第79話
「お前は? 何でも好きなもの食べろよ」
あっという間に自己解決(?)したらしい矢崎さんはお品書きを楽しそうに広げるが、私は若干の頭痛を感じつつ辞退した。
「いえ、私はこれで……」
「なんだ、立花が待ってるのか?」
うっ、またバレた。私ってそんなに分かりやすいかな。
口ごもっていると矢崎さんはお品書きを閉じてこちらを向いた。
「俺の気持ちはさっき言ったとおりだ。でももちろん成瀬の思いは尊重するよ。立花と仲良くしろよ。それがお前にとっての幸せになるなら、な」
そう言って右手を差し出す。驚いて矢崎さんを見ると、ほれ、というように手を揺する。私はその大きな手を自分の右手で握り返した。
「ありがとうございます」
そしてお辞儀をして、お店を後にした。
◇◆◇
「おかえりー。なんだ、思ったより早かったね」
家に帰ると、私のエプロンを付けた来人が玄関まで迎えに来てくれた。ピンクのチェック柄のエプロンが似合うとか、この子何者。
「ただいま……。超似合ってるね」
「笑うなよ、これしかないんだから……。なあ、俺の服とか、置いてもいい? あ、今週末は千早が俺ん家来いよ。もちろんちゃんともてなすよ?」
ダイニングを見ると綺麗にテーブルセッティングされている。鍋には温かそうな料理も待機中。そして来人は私からコートを受け取るとハンガーにかけてブラッシングまでしている。ちょっとこれは……。
「来人、そんな完璧な奥さん目指さなくていいから。ていうかそれやられちゃったら私はどうしたらいいのよ」
出来た女性を嫁にしたいと考えている男性は考え直したほうがいい。至れり尽くせりは自分の居場所がなくなる。落ち着けない。
「別にそんなの目指してないよ。千早だからやってあげたいだけ。ほら、着替えて来ちゃいなよ。ご飯食べてないよね?」
「うん、ちょっと飲んだだけだからお腹空いた」
「よしよし。じゃ、準備するから、ほら」
追い立てられるように部屋へ押し込まれる。嬉しいやら恥ずかしいやら立場無いやら。昨日の時点で合鍵を渡してしまったのは早まったかもしれない。
「いただきまーす」
「はい、どうぞ」
大きめのロールキャベツを一口。私が作るのとは違って和風の味付け。さっぱりしてて食べやすい。
「美味しい」
「そりゃ、どうも」
「一人暮らしだからって料理できるわけじゃないよね。好きなの?」
「いや、俺も最初はコンビニ飯ばかりだったけど、毎日だと飽きるんだよね。それで途中から自炊するようになったら楽しくなっただけ」
なるほど。飽き性と凝り性が合体した器用な人はこうなるんだな。
感心しながら他の料理にも箸をつけていると、来人がお茶を差し出しながら続ける。
「で、矢崎さんなんだって?」
きたよ、いきなり本題。うぐっと食べ物を詰まらせかけつつ、
「……えーと、一応伝えた。来人と付き合うことにした、って」
実際は私がごにょごにょ話した内容から矢崎さんが察してくれた結果なんだけど。
「で、なんだって?」
そこなんだよなぁ、問題は。冷えた麦茶を飲んで改まる。
「仲良くしろって。ただ……」
「ただ? 俺は諦めないよ、とか?」
分かるんだ、矢崎さんのことまで。
「うん……」
「やっぱりね。まあそうなるだろうね。逆の立場なら俺も同じこと言うよ」
「でも、私が断ったから、もう結婚はしないとか言ってるし……」
「そう来たか。それって駄目押しのプロポーズだよね。まさか千早、申し訳ないからやっぱり矢崎さん、とか思ってないよね?!」
「まさか! それは無いから! 絶対!」
だけど……。
「うそ、千早がそんなこと思うわけないって分かってるよ。ごめんね、変なこと言って」
「ううん、でも一つ問題があって……」
私は土曜日にも話した、矢崎さんの偽装恋人の件をもう一度来人に話した。決まった人がいるからと取引先から持ち掛けられた縁談を断った。その『相手』である私があっという間に別の男と付き合っていると知れ渡るのは具合が悪い。暫くは内密にしてほしいと言われたことを。
「聞くまでも無いと思ってるけど、常務とかに話してない、よね?」
態々言うことでもないし。
「あ、それ良かったわ。今夜にでも言おうかと思ってたんだけど。言わないほうがいいんだね」
まさか! 言おうとしてたんかい!
「だってあっちは社長を味方につけてるんだよ。俺も装備強くしないと」
装備……。
「まあでも、間に挟まって困るのは千早だもんね。本当は矢崎さんとの話がついたらもっと大っぴらにしようと思ってたんだけど、しょうがない、我慢するわー」
それだけ言うと、後は黙ってガツガツと食事を食べ始める。その来人らしからぬ乱暴な箸使いが怖い。
「来人、もしかして怒ってる?」
「……怒ってはいない」
じゃ、何よ。
きっと顔中に「?」マークを付け散らかしてる私をじっと見て、テーブル越しに手を伸ばして頬を撫でられる。
「矢崎さん、本気なんだって思って。俺も本気だし負ける気はしないけど、そういう男が千早のすぐそばにいるっていうことが、ね」
ことが?
まだちゃんと理解できていない私の頭をポンポンと撫でると、首を振って手を引っ込めた。
「なんでもない。ほら、食べなよ。お風呂も沸いてるよ?」
だから完璧な奥さんはちょっと。
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