第二部

プロローグ

七年前、ある『神』に立てた誓い


「どうした、もう終わりか?」


 薄暗い神殿の中、人を馬鹿にしたような男の声が反響する。地面にうつ伏せに倒れた俺の前で、俺の姿を写し取った『神』が血濡れの剣を持っていない方の手で髪を掻き上げた。


 父譲りの燃えるような赤毛。細められた蜜色の瞳は、こちらを見下している事を隠そうともせず、釣り上がった唇のなんと傲慢なことか。腹立たしいのと同時に、俺はああいう顔も出来るのか、ムカつく奴に出会う機会があったら是非やってやろうと心に決める。


 俺は身体を再び起こそうとする。


 ――これで、


 そんな考えが頭によぎる。立とうとしても手足に上手く力が入らず、『神』の前に跪く形になった。


「フハハハ、良き良き。これでだ。大半の人間はオレと剣を交えることも出来ず、五十も死なぬ内に心を壊す。百の死を越えて尚起き上がらんとする者はいつぶりだ?」


 いやはや、と『神』は言う。


「どうやら、神薬エリクサーを飲んでオレの前に立つだけはあるようだな」


 その言葉に、俺はここに来た目的を思い出した。


 ひどい雨の日の真夜中、ずぶぬれになって俺の部屋に駆けこんできた子ども。

 魔獣に足を食いちぎられ、背骨を折られて指一本動かせなかった俺に、希少な神薬エリクサーを迷わず差し出した。

 俺に、もう一度生きる機会を与えてくれたひと。


「チャールズ、さま……」


 男爵家の次男の為に泥だらけになって駆けずり回る伯爵家の跡取り。

 王侯貴族が国を傾けてでも欲しがる神薬を、爵位も持たない俺にためらう事無く使った。

 俺が、生涯を捧げると誓った主人。


 ――チャールズ様を、あらゆる敵から守りぬく力が欲しい

 ――チャールズ様の、あらゆる憂いを退しりぞける力が欲しい


 足の裏で地面を踏みしめる。膝を伸ばし、腰を上げ、もう一度『神』の前に立った。


 ――チャールズ様の、あらゆる望みを叶える為の力になりたい


 『神』はヒュウと口笛を吹き、俺と同じ顔でわらう。


「おお、おお、立ちよった。本当に、オマエらグラーテのすえどもは――……弱いくせに諦めが悪い」


 『神』はその目に剣呑な光を宿しながら、さっき髪を掻き上げた方の手に、自分が持つものと同じ形の剣を呼び出し、無造作に放った。真新しい剣が、俺の前に突き刺さる。


「身の程もわきまえず『神』の力を矮小なる身に宿さんとする、不埒ふらちなるグラーテの裔よ! たとえ神薬しんやくにてその身を我が下僕しもべたるに相応ふさわしきものにしても! その無恥、万死に値する!!」


 『人』と言う生き物の全てを許しはしないとばかりの、苛烈な咆哮。『神』は、もう何度俺の身体を裂いたかもわからない、血濡れの剣をこちらに向け吠える。


「故に、! この試練を越えた暁にこそ、貴様の魂を我が下僕しもべに列する事を認め、その身に我が力の一片を宿してやろう!!」


 俺は指の一本一本が自在に動く事を確かめるように、地面に突き刺さった剣の柄にゆっくりと手をかける。


 ――チャールズ様がいなければ、俺は今ここに立ててはいない

 ――ならば、この生、この命


 ――この身の全てを、我が主チャールズのために


 柄を握り、剣を引き抜いて、構える。『神』はニタリと口角を上げた。


「さあ。






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