第22話 レッド
セルカとの別れを済ませ、王都でするべきことは無くなった。後は獣人の国について調べたり、詳しい奴を探すことくらいだ。俺達は冒険者だから行き当たりばったりで向かっても面白いのだが、時間があるので明日は調べてみよう。
「お帰りなさいませ、アルバート様」
宿に戻るなり、また朝の変な従業員が声をかけてきた。
こいつ、昨日の夜、今朝、今と3度も背後から急に現れた。気配をまるで感じない。ただの宿屋の従業員じゃない。
「何の用だ」
「いえ、お元気かなと――」
そんな理由で声をかけてくる従業員は初めてだ。絶対まともな奴じゃない。
「で、本題は?」
「いえ。そろそろ宿泊費が莫大な金額になっておりますので、お支払いをお願いできればと思いまして」
まともな用事だった。疑ってすまん。
「ギルド持ちじゃないのか」
「いえ、ラングリッド様からはアルバート様にお支払頂くように承っております」
あのじじいめ。自前ならもっと安い宿にしたものを。
「いくらだ」
「――――ほどになります」
先程セルカに渡した金額よりも多い。
「――――という内訳でして」
ライカ達の飲食代が8割、部屋代が2割。しかも部屋は抑えているのに俺の部屋で寝てるから使っていないとか無駄でしかない。
これは完全にこいつ等の支払いでいいだろう。それに俺は文無しだ。
「ライカ、払っといてくれ」
「ダメです。私は資金の管理担当ではありませんので、お支払できません。セツナへお話ください」
あいつには話したくない。どうせ何だかんだ理由をつけて、俺に交換条件を突き付けてくるに決まっている。何か方法はないか。
「アルバート様、ご資金が無いのでしたら、その魔剣を質に入れて頂くことになりますがよろしいでしょうか?」
「待て。これは駄目だ。旅には必要なんだ。金は明後日の出発までに用意するから」
結局、金は明日の夜までに準備する約束をし、部屋に戻る。
普通に考えて、明日の夜までに準備するのは不可能だ。セツナ達の金に頼るしか方法はない。どうやって出させるか。そもそも8割以上は奴らの宿泊費だ。全部俺が負担する必要はないはずだ。
情けないとは思うが無い袖は触れん。今の力ならばドラゴンでも余裕で狩れるとは思うが、俺達のせいで今のギルドにそれを買う金は無いだろう。
詰んだな。もはやセツナに頼むほか無い。
「お困りの様ですね。アルバート様」
こいつはさっきの従業員。どこから現れた。ここは部屋の中だぞ。
「貴様、どうやって入った!」
「こちらの隠し通路からです」
本棚を横にずらす謎の従業員。こんな所に通路があるなんて。普通の宿ではない。
「お前は何者だ! 答えなければ殺すぞ」
宿屋の従業員ではないことは確かだ。こいつは他の奴らとは違う。王様を前にした態度、気配の無さ、怪しい奴だ。
「私は怪しい者です」
認めた!
「冗談です。私は貴方の味方ですよ」
全く信用できない。冒険者が一番信じてはいけないセリフだ。
警戒は解かない。一瞬で始末できるように準備する。
「本当ですって。明後日から一緒に旅する仲間じゃないですか。初めましてではないですが、私はアルフレッドと申します。アルだと分からなくなりますので、レッドとでもお呼びください。御者の役を王より仰せ仕っております」
どうやら、こいつが御者をしてくれる男らしい。癖のありそうな奴を用意したものだ。こいつは昨晩から宿にいた、一体いつから俺をマークしていたんだ。ワイズもなかなか曲者だ。一国の王だけはある。
「私、本職はパン職人です。バイトで密偵をしておりまして、今回は御者という設定で内部に潜り込み、密かにアル様を監視するようにワイズ様より仰せつかっております」
いろいろと突っ込みどころがあるから、先ずは何処から攻めるか。
「宜しくな」
面倒なので無視する事にした。
さて、セツナにどうやってお願いすべきだろうか。
「アル様、ボケを無視するのは良くないと思うのですが。その辺りは如何お考えでしょうか。回答いかんではコンビを解消させて頂きます」
無視を続ける。
「合格! アル様流石です。Mの心をわかってらっしゃる。放置プレイという最高の――」
「だまれ」
レッドを軽く殴る――が躱された。やはり只者ではない。
「何が目的だ」
「大した用事ではございません。お金を工面する方法をご提案に来ただけでございます」
ほう。それは興味深い。
「言ってみろ」
「それでは2つほどございます。1つ目はある女性の前で目を瞑って1時間ぐらいじっとしていて頂ければ終わる簡単なお仕事です」
それは恐ろしく危険な香りがするので、無視する。
「2つ目は近くの鉱山で毒ガスが発生したのですが、鉱石足りずに困っておりまして、その鉱山へ鉱石を取りに行って頂きたいのです」
どっちも却下だ。
「お前、そんなのどっちも受けるわけ無いだろ」
「ですよねー。言ってみただけです。ちなみに宿代の件はお支払い不要です。王様に経費だと言って払わせますから」
「お前、だったら何でさっきは払うように言った」
「いやー。ダメ元で。どっちかの仕事受けてくれたら面白いなと思いまして」
殺す。先程より速めの拳を繰り出す。
レッドはひらりと躱してみせた。
「今のを躱すか」
「くるのが分かっていたら躱せますよ。殺気が強すぎですよ。アル様」
本気を出せば殺れないことはないだろうが、今日の所は見逃してやる。
「護衛はいらないようだな、明後日から宜しくな」
「はい。宜しくお願いします。アル様。でも明後日からじゃありませんよ。今日からこの部屋でご一緒させてもらいますから。その方がいろいろと助かるでしょ」
困った奴がまた増えた。役には立ちそうだが、心労は2倍くらいになりそうだ。
今日からは頭皮のケアを始めよう。
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そろそろ出発するできるはず
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