第21話 別れ
「それで、何でじじいがギルド長室にいるんだ?」
「ライカちゃんのせいで前ギルド長が精神を病んでしまってな。仕方なくな」
「ライカ、ギルド長まで坊主にしたのか!?」
「当然です。一番最初に坊主にしてやりました。その後もライセンス剥奪するだのギャアギャアと煩かったので、ぶん殴って大人しくさせました」
「お前、無茶苦茶するな。あんな爺さん殴ったら死ぬぞ」
「それはそれで自己責任でしょ。師匠を悪く言った奴は死んでも良いはずです」
ライカの盲信が少々恐ろしく感じる。何がここまで俺を崇拝させるのだろうか。俺は大した事はしていないのだが、これがワンコの忠誠心という奴なのか。
よく見張っておかないとそのうち本当に人を殺めかねない。あの首輪余ってないかな。
「それはそうと、査問委員会をこれから行うが覚悟はいいか?」
「覚悟も何も今の今まで忘れてたよ。いつでもいいよ」
「そうか」
査問委員会は冒険者ギルド執行部における最高機関である元老院に所属する8名の委員によって開かれる。ギルドへの反逆や不正の疑惑がある冒険者を呼び出し、尋問される。
「それでは、只今より査問委員会を開催する」
「ちょっと待て」
「何だアルバートよ。査問委員会での勝手な発言は許可できんぞ」
「いろいろおかしいだろ」
査問委員会も何もここには俺とライカとじじいしかいないのだ。
「仕方ないのだ。儂以外の7名の元老達は不正疑惑で近衛騎士達に連れて行かれてしまったのだ。先ほどの話を聞くと原因はライカちゃん達の一件だと思うがの。もはや元老は儂一人。査問委員会なんぞどうでも良いのだ。早くギルドの立て直しを図らんとならん。査問委員会、終わり」
どうやら王都ギルドは崩壊しつつある様だ。止めをライカが刺した感じか。
何にせよ、面倒な尋問を受けずに済んでよかった。
「その王城から俺宛の指名依頼が来ているはずなんだが知っているか?」
ラングリットはデスクの引き出しから依頼表を投げて寄越した。
「さっさと行って帰って来い。同行者が1名、御者が1名付く。同行者は明後日出発する時に合流する流れだ。御者からはもう会ったと聞いたが挨拶はあったか?」
御者と会った覚えはない。
「俺は会っていないぞ、間違いではないのか」
「まあどちらでもよい。明後日の朝には会えるだろう。それよりも長期の任務になる。死ぬなよ。ちゃんと戻って来るんだぞ」
今の俺がそう易々と死ぬとは思えないが、意外な弱点とかがあるかも知れない。玉ねぎを食べたら死ぬとか。
それに、何があるか分からないのが旅の怖さだ。一応伝えておく必要がある。
「じじい。俺は成るべく早く、人間に戻って帰ってくるつもりだが、戻れるかも、何年かかるかも正直分からない。アイシャには俺の他に好きな人ができたら、そいつと幸せになってくれと伝えてくれ」
「この阿呆が。あいつはお前と初めて会った10歳の頃からずっとお前の事が好きなんじゃ。今さら他の男を好きになるはずがなかろう。さっさと帰ってきてお前が幸せにしろ」
じじい。あんなに俺たちの事を邪魔していたのに、そんな事を言ってくれるんだな。
「あんたの歳を考えるとこれが今生の別れかもしれないな。世話になったな。必ず帰ってきてアイシャを幸せにするよ。あの世で見守っていてくれ」
「ふざけるな! やはり貴様にはアリテイシアはやらん。お前が旅に行っている間にふさわしい婿と結婚させてやる」
「何だとコラ! 即効帰って来て奪ってやるからな。覚悟しておけよクソじじい」
「ええい、さっさと出ていけ。業務の邪魔じゃ」
結局いつもの流れになり、ギルドを後にした。帰る前に口座に預けている資産を全額引き出してやった。勘弁してくれと泣いていたが知ったことではない。S級冒険者が3人で稼いだ額だ。嫌がらせには丁度いいだろう。
ギルドを出る直前で振り返るとビクッと反応する奴らが面白くて3回ほど遊んでしまった。
ギルドを後にし、その足でセルカの家に向かうことにした。昨日の今日だが、病状が気になったからだ。
「おーい、セルカ、リシュ君。アルだ。入ってもいいか?」
ぼろ屋のドアを叩くと壊してしまいそうなので、外から声をかける。
「アルさん、来てくれたんですね。昨日は急に寝ちゃってごめんなさい」
セルカがドアを開けてくれた。
「起きていて平気なのか? リシュ君はどうした?」
「リシュは王様の使いの人が来て、宿を再建するからと打合せのために呼ばれて行きました。正直何が何だか分かりません。
体の方はアルさんのお蔭で薬を飲むことができました。今朝からすごく調子が良くて昨日までが嘘みたいなんです」
ワイズはもう動いてくれている様だ。仕事が早い。変人だけどな。
薬も効いて病も良くなっている様で安心できた。
「どうぞ、狭い所ですけど上がってください。そちらのお連れ様もどうぞ」
家の中に招いていただき入るなりセルカに捉まり問いただされた。
「昨日の女の子もそうですけど、今日も違う女性。しかも飛んでもない美女を連れて、どういったご関係ですか。アルさん!」
セルカは俺たちの関係を怪しんでいる様子だ。只の師弟関係以外はないのだがライカがぶち込んできた。
「只ので――」
「私は師匠へ身も心も捧げております。師匠の犬でございます」
「セルカ、只の弟子だからな。誤解するなよ。昨日のもそうだ。3人弟子がいるんだ」
ふーんと怪しんではいるものの納得してくれた。
「ところでアルさん、そのお姿はいったいどうされたのですか?」
先ほどよりも簡潔に俺の事だけを端的に伝える。レオナルドの事は触れない方が良いだろうと判断し、黙っておくことにした。
「ほえー。鬼の角なんですか。これが。オーガとは違うんですか?」
「俺も自分のことながら分からないことだらけでな。これから少しずつ調べていこうかと思ってる。それよりも俺は人間じゃなくなったんだけど、怖くないのか?」
人は自分とは違うものを排除したがる弱い生き物だ。俺の様な異物が怖くないはずがない。
「だって、アルさんですよ。怖いはずないじゃないですか」
ライカ達やラングリッド、それにセルカも誰もかれも俺を否定せず受け入れてくれる。人間ではない、ただそれだけだ。種族が違うだけなんだ。俺は俺だ。セルカの言葉に救われた気がした。
「セルカ、これを受け取ってくれ」
ギルドで引き出した資産のうち、俺の分を全て渡す。
「こんなものでセルカに対する恩が返せれたとは思ってはいないが、宿の再建に使ってくれ。5年分の宿泊費だ」
「ダメです、アルさん。そのお金はアルさんが命をかけて稼いだお金です。頂くことなんてできません。その体でこれだけのお金を稼ぐのがどれだけ大変だったんでしょうか。戦えない私には分かりません。でも楽な事ではなかったはずです。宿を潰してしまったのは私が至らなかったせいです。ですから、そのお金はアルさんの為に使ってください」
「なら、尚更使ってくれ。王都に俺が帰ってくる場所を作ってくれ。帰ってくる場所がないとこの国に帰って来ないかもしれない。明後日から長期の任務で他国に渡るんだ」
「そんな! やっと帰って来てくれたのにもう行っちゃうんですか?」
「すまん。俺もゆっくり話をしたかったが、そうもいかなくなった。王様からの依頼だからな。だから俺が帰る場所をこの金で作ってくれないか。屋根裏でいいから俺専用の部屋を」
「分かりました。帰って来られるまで、その部屋は誰にも入らせませんから。例え王様でも入らせませんから。だから絶対に帰って来てくださいね」
「わかった。約束だ。何年かかろうと必ず帰ってくる」
5年前と同じようにセルカが見送ってくれる。背は伸びたがやせ細ってしまったセルカ。でもその瞳の優しさは変わっていなかった。
今度は必ず帰ってこよう。5年前とは違う思いで別れをすませた。
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