第17話 覚醒

 僕は、目の前で繰り広げらる光景をただ呆気にとられて眺めるしか出来なかった。

 アヤメの反転術式、《カマエル》の能力はほぼ《アスモデウス》と同じ使い魔を召喚すると言うものでは有ったが、その性能は《アスモデウス》とは比べものにならない程強力なものに見えた。


(これだけの数を召喚してるのに、その1体1体の魔力量がアヤメと同格なんて、こんな隠し球が有ったなんて!)


 だが、興奮を覚える反面、同時にそれ以上の不安も僕の心の中に生まれていた。


(でも、《アスモデウス》の悪魔と違って全ての天使がアヤメと全く同質の魔力を持ってるなんて有り得るのか? そもそも、これだけ強力な力を発動させてその代償が全く無いなんて絶対有り得ないよな)


 そして、僕のその不安が的中していることは直ぐに判明する。

 同等の魔力量を誇る100以上の敵に囲まれ、相手の力量に合わせて自身の力を調整する術式は不利だと悟ったジャスティスは、直ぐさま術式を解除して純粋な魔力による身体能力向上に切り替え、そのまま襲い来る天使達の迎撃を開始した。

 すると、ここに来るまでに何度も《アスモデウス》の術式を使用して魔力を減らしていたアヤメが召喚した天使達は、直ぐさま呆気なくジャスティスの攻撃で1体、2体と姿を消して行く。

 だが、ジャスティスに消されるよりも新たに召喚される天使の数の方が多かったため、以前アヤメが圧倒的有利な状態に変わりが無かったのだが、やがてその異変は唐突に訪れる。


「ゴプッ!」


 突如、アヤメが水気の有る嫌な咳をしたかと思えば、その足下にポタポタと何かが滴り落ちる。

 そしれそれは、ジャスティスが天使を消滅させる度に少しずつ量を増やし、やがては真っ赤な水溜まりをアヤメの足下に作り出してしまった。


(あれは、血!? でも、アヤメはあの位置から一歩も動いていないのに何で!?)


 一瞬そう混乱を覚えるが、僕は直ぐさまアヤメの《カマエル》のデメリットがどう言ったもので有るかを理解する。


(まさか、あの天使達が受けたダメージの一部がアヤメにフィードバックされるのか!?)


 そう理解した瞬間、ダメージが抜けきらずに未だ碌に動かない体を引き摺りながら僕は声を上げる。


「ダメだ! それ以上やれば、アヤメの体が持たない!」


 必死で止めようと声を張り上げるが、アヤメはこちらを振り返ることすらしない。

 そもそも、ふらつく体を支えるために最初にその手に召喚された旗を杖代わりにして、辛うじて立っているようにしか見えないアヤメの耳に僕の声が届いているかは微妙なところだろう。


(ダメだ。このままじゃ、ジャスティスを倒す前にアヤメが倒れるか、その前にジャスティスを倒せてもアヤメが無事じゃ済まない!)


 この状態を打破するには、直ぐさま僕も戦いに加わって早くジャスティスを倒しきる以外に方法は無いだろう。

 それでも、いくらアヤメの『聖杯カリス』によって体の傷を癒やしてもらったと言っても、既に神器の魔力がほぼ枯渇した状態に有る僕では足手纏いになるだけだ。


(どうすれば、どうすればアヤメを助けられる! 僕はどうなろうと構わないから、アヤメだけは助けないと!)


 必死にアヤメを救うため、僕は魔力が尽きてまともに動かない体にどうにか力を入れようと足掻くものの、どれだけ必死に願ったところで僕の体は言う事を聞いてくれる気配が無かった。

 そして、そうやって必死に足掻いている内にどんどんと戦いは進み、気が付けばアヤメの足下に広がる血だまりは体の中の全ての血液がこぼれ落ちてしまったのでは無いかと不安になるほど広がっていた。

 更に、気のせいで無ければ少しずつ召喚されている天使の数も減っており、僕の魔眼が映すアヤメの魔力も時期に尽きようとしてた。


(ジャスティスは・・・・・・ダメだ、確かに相当のダメージは負ってるけど、まだ余力は有りそうだ)


 ボロボロながらも魔力に余裕の有るジャスティスの姿を見つめながら、僕の心の中にひたすらに焦りが生まれていた。

 このまま行けば、間違い無くジャスティスを倒しきれないままにアヤメの魔力が尽きる。

 そうなれば、ここまで手傷を負わされたジャスティスがアヤメを見逃すとは思えないため、間違い無くトドメを刺しに来るだろう。

 それに、もしもそのまま見逃したとしても、あの傷ではいくら強大な魔力を持つ僕ら『原罪』の適合者で有っても直ぐに治療をしなければ生存は絶望的だ。


(いや、そもそもあの出血量だと、例え直ぐに治療してもどうなるか・・・・・・)


 一瞬、そんな不吉な思考が頭の片隅を過ぎったものの、『聖杯カリス』の影響で僕ら『原罪』の適合者の中でも圧倒的な自己治癒能力を持つアヤメの生命力を信じなければと、不吉な思考を振り払う。


(今の僕は、どうやってアヤメを助けるかだけを考えれば良い! 余計な思考に頭を使う余裕なんて無い!)


 そう気持ちを切り替えた直後、とうとうアヤメの魔力が底を突き、召喚された天使達が光となって消え、体を支えていた旗が消滅した事でバランスを崩したアヤメがその場に膝を折る。

 そして、その好気見逃すまいとジャスティスは直ぐさま体勢を整え、そのまま拳に光を纏いながらアヤメへ向かって駆け出した。


(このままじゃ! 動け! 動け!! アヤメを助けないと!!!)


 焦る心に比例するように、周りの景色が段々とその速度を落としていく。

 そして、その間延びした時間の中で必死に状況を打破するための策を探るように思考が巡り、極度の集中状態から周りの音や色が姿を消す。

 だが、それだけの集中状態に有っても、決して僕の脳裏に画期的な打開案は浮かぶことは無い。


(諦めるものか! 僕が諦めればアヤメは助からない! 絶対、絶対にアヤメを死なせはしない!!)


 そう強く願った瞬間、ふと色も音も時の流れも何もかもが無くなった空間に奇妙な色が浮かんだ気がした。


(え?)


 そして、そのボンヤリとした色はやがて人の形を取り、気付いた時には30代くらいの赤毛の男が僕の目に前に立っていた。


(この人、何処かで会った事がある気がする)


 そう思うが、目の前の男に会ったのは随分前なのか、それともさほど会話を交わしたことは無かったのかどうしても何処で会っているのかを思い出せない。


「貴男は、いったい?」


 ポツリとそう呟いた僕に、その男は穏やかな眼差しを向けながらも問いに答えるわけでも無く、ただ己が伝えるべき事を淡々と告げるように口を開く。


『君は、この状況を打破するための力を望むかい?』


「! 勿論です!」


『もし、その力を使えば君の命が危険に曝されるとしても?』


「構いません!!」


 一切の迷い無くそう答えた僕に、男は少し寂しそうな笑みを浮かべるながらも言葉を続ける。


『分った。だったら、君の力に施された封印を解除しよう。でも、くれぐれもこの力を多用してはダメだよ? 強大な力の行使は、その代償として術者の身を滅ぼすことに繋がるのだから』


 そう言いながら、男が僕に手をかざした瞬間、僕の中に有った何かの力が解き放たれるのを感じる。

 そして、それと同時にこの絶望的な状況を打破するための力についての記憶が僕の頭の中に浮かんで来た。


「これなら、この力ならアヤメを救い出せる!」


 そう歓喜の声を上げる僕とは対照的に、男は浮かない表情を消す事は無かった。

 それでも、今の僕にはそれを気にしている余裕など無い。

 一刻も早く力を解放し、アヤメへと迫るジャスティスを止めなければいけない。

 だからこそ、僕は力の代償をしっかりと理解しながらも迷わずにその言葉を口にした。


「術式反転。天の護り手よ、我が魂を燃やし、絶対なる守護の力を! 顕現せよ、《ミカエル》!」


 瞬間、僕の内側から絶対的な力が溢れ出す。

 反転術式《ミカエル》。

 その力は《サタン》と同じく絶対的な能力の向上と、あらゆる能力や武具を生み出し使い熟す力。

 そして、その代償として力を使えば使うほど僕の魂は世界の理から外れ、いずれは燃え尽きると同時に輪廻の輪にすら戻れずに世界の外側に弾き出されてしまう事になるだろう。


(それでも、僕の大切な人達を守る事が出来るのならば!)


 そう覚悟を決めると、僕はアヤメに迫り来るジャスティスを止めるべき飛び出す。

 その時には既に世界は音や色を取り戻し、いつの間にか赤毛の男は姿を消していたのだった。

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