断章

「さて、今後俺はどう動くべきか」


 薄暗い船室で、その男、ドクター・ケイオスは深々とソファーに腰を下ろしながら1人呟く。

『原罪』の適合者5人と別れた後、彼は転移魔術で直ぐさま自分が指揮する研究チームが待つ船へと帰還していた。


「ふむ、とりあえずはに適合する素材を見つける事から始めてみるか?」


 再度彼は独り言を呟くが、決して誰かに話しかけているわけでは無い。

 彼にはアヤメのように魂の中に存在する他人もいなければ、この部屋には誰も近付かないよう厳命しているため誰かが訪れることも決して無い。

 だからこそ、この独り言はただ単純に自身の考えを整理するための儀式のようなものでしか無かった。


「そうなると、何処からその素材を見付けて来るか、だが・・・・・・」


 そう呟きながら、彼はディスクの上に置かれタブレット端末を手に取り、その画面に表示される様々は情報へと視線を落とす。


「今までの研究により、より効率的に力を行使するには人間の強い感情をキーとする事が最も望ましいのは判っている。となると、強い感情、それこそ奴らとぶつけるなら魔人に強い恨みを持っている人材が適切か」


 そうして、彼は一つ一つ確認を取るように呟きながらもタブレット端末に記憶された情報を次々と確認していく。


 現在、魔力による通信電波の乱れの影響か、はたまた魔獣による破壊の影響か通信網はほぼ壊滅しているため、このタブレット端末も特殊な環境下でのみ閲覧可能な独自ネットワークにしか接続されていない。

 しかしそれでも、この端末の中には彼が指揮する組織の情報部が各地から集めてきた情報が記録されており、定期的に独自ネットワークを介して情報が更新されるため、かなり最新の世界情勢についてまでこの端末1つあれば確認が可能なのだ。


「・・・・・・なるほど。今のところ、魔人により『新人類至上主義』の活動が盛んなのはヨーロッパの方か・・・・・・となれば、そちらを当たれば適切な素材を確保出来るか?」


 一度タブレット端末の操作を止めながら彼はそう呟く。


 彼が今漏らした言葉、その中にあった『新人類至上主義』と言うのは、言葉通り魔人とはこの狂った世界の中で神により魔力と言う戦う力を与えられた特別な存在であり、魔力を持たない旧人類を統べるべき存在なのだと主張する者達だ。

 魔人化した者の中には力有る者の義務ノブレス・オブリージュとして、魔力を持つ魔人が人類の守護に当たるのは当然だと主張する者もいるが、大半の場合は残念ながらそうでは無い。

 大抵の場合であれば、力有る魔人の庇護を受けたければそれ相応の見返りを要求する者が常であり、その見返りとは食料や水だったり、庇護を受けようとする者の忠誠であったり、相応の快楽であったりだ。

 そして、力では非能力者は能力者である魔人に太刀打ち出来ないため、ほとんどの場合は数百から数千人単位の魔人が支配する独裁国家が誕生する結果になる。


「やはり、『アーマゲドン』が俺に見せたように人間とは愚かなものだな。このような状況にあっても人間同士で無益な争いを繰り返すとは」


 彼はそう深くため息を吐きながら零すと、タブレット端末をディスクの上に戻して今度は設置された電話の受話器を取る。

 そして、受話器越しに何度かコール音が流れたところで音が途切れ、代わりに若い男の声が聞こえてきた。


『如何されましたか?』


「今回の失敗を受け、当初の計画を変更しようと思ってね」


『それでは、このまま研究所には戻らず次のポイントへ移動と言う事ですか?』


「ああ、そうだ。一先ず、次はフランス辺りを当たってみよう。そこで我々が確保している6つの宝具パオペイに適合する素材を調達する」


『わかりました。そう言う事であれば直ぐに指示をいたします』


 電話口の男がそれだけ答えると、彼は直ぐさま受話器を下ろして再びソファーに深く座り直す。


「まさか、外部からの雇われでたまたまと出会い、このような事になるとは思いもしなかった」


 感慨深げに呟きながら、彼は何処を見つめるとも無く視線を天井へと移す。


 そもそも、彼は元々停滞していた神器研究をどうにか進めたかった中国政府により、外部の研究所からほぼ誘拐のよう状態で連れて来られただけだった。

 そして、そこで彼は西王母シィアンムゥと呼称される少女から変じた剣、神器『レーヴァテイン』と出会う事となった。


「最初は、何故あの深紅の剣にあれほど心を奪われたのか理解出来なかった。だけど、今ならわかる」


 そう呟きながら、彼は過去を思い出すように瞳を閉じる。

 その当時、その剣に触れた者の尽くが紅蓮の業火に焼かれて命を落としてしまうため、誰一人としてその剣に近付こうとする者はいなかった。

 だが、政府からの命令によりその原理を調べないわけにはいかなった研究者達は相当苦悩していたという。

 そのため、多少の非人道的な強引な研究がまかり通っており、彼がその施設に連れて来られたのもそれが要因としてあった。

 だが、そんな中彼は誰に言われるでも無く、気が付いた時にはその剣を手に取っており、そして幸運な事に他の研究者のようにその体を炎で焼かれる事は無かった。


「あれは、『レーヴァテイン』の中に封じられていた『アーマゲドン』の意思が俺を呼んでいたんだ。それをあの時、俺の中にこことは違う世界で異なる人生を歩んだ俺の記憶が流れ込んできた時に確信した」


 そう告げた後、彼はゆっくりと瞳を開き、そして暫くの沈黙を経てスッとソファーから腰を上げる。


「だからこそ、俺は決意した。多くのために全てを犠牲にし、そして失敗した俺と同じ道は歩まないと」


 険しい表情を浮かべながら、船室に設置された窓まで彼は近付く。

 そして、その窓の外に広がる夕焼けの海に視線を向けながら、まるで自分に言い聞かせるかのように言葉を発する。


「この力で、俺は俺の理想とする平和を実現する。その過程でどれだけの命が犠牲になろうが、その結果にどれだけの不幸が訪れようが、それでも決して人類の全てを消させはしない」


 既に彼は、今の彼が持つ技術と異なる世界に存在した彼の記憶とを総動員し、『アーマゲドン』の中に存在する『永遠の平和を実現するために争いを起こす人類を粛清する』と言う使命をねじ曲げていた。

 そもそも、その使命の発端となったのは『永遠の平和』と言う一人の男の願いだった。

 だが、それは様々な主義、主張を持つ人間では到底実現出来ないような夢物語だ。

 だからこそ、人類を平和に導くはずのシステムはエラーを起こし、『アーマゲドン』と言う人類を滅ぼす強大な力を生み出してしまったのだ。


 しかし、どれだけ目的が変質していようが、その根幹にあるのは『平和を実現する』と言う当初の使命で有る。

 ならば、現在の『アーマゲドン』に『人類の粛清』以外の平和の実現を提示してやればこの暴走を止める事が出来るはずなのだ。


「人類を守るため、俺はこの力を使って人類を支配する神となる。そうすれば、俺の力で人々の平和な世界を管理出来る」


 そう呟く彼の顔には憂いの色が浮かんでいた。


「だが、それが決して正しい行いだとは俺も思っていない。それでも、この力を滅ぼしたところでその先に待つのは新たな力の奪い合いと人間同士による醜い争いの連鎖だけだ」


 そう呟くと、彼は1つため息をついた後で窓から視線を外す。


「どちらにせよ、既に賽は投げられた。後は、俺が勝つかそれともあの『原罪』の適合者達に天が味方するか・・・・・・フフフ、これから神になろうという俺が言うのもおかしな言葉だが、全ては神のみぞ知る、と言ったところだな」


 最後に彼はそれだけ呟いた後、そのまま一言も発さずに船室のドアへと向かい、同士達の待つ司令室へとその足を向けるのだった。

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